「ファンイングワンリン」
多分、店員にこやかにいらっしゃいませと言われ、麗はさっそく回れ右をしたくなった。
空港から乗ってきたタクシーとそれに乗ったままの明彦を待たせて、麗は一人、ランジェリーショップに台湾ドルとともに放り込まれたのだ。そう、明日からの下着がないから。
それにしても、ものすごーーーーく、派手な店構えで、中も実際、派手だ。
セクシーなお姉さんのポスターがこれでもかと掲げられており、ついでに音楽も五月蝿い。
それに、赤い下着が多い気がする。
(買うの? ここで、私、買うの、下着を。何かディスプレーのブラジャー透けてるけど? 貧乳の癖にサイズないよ、とか店員さんから思われていない?)
「ジャパニーズ?」
「イェース」
アジア系は互いに何となくどこの国出身かわかるよねと、麗は頷いた。
「ハネムーン、スリーデイズ」
サイトシーイングと言うはずが、またしてもハネムーンと言ってしまったが、3日分の下着が必要だという意味は通じたはずである。
「ハネムーン! オーケぇィ!」
店員さんのテンションがにわかに上った。
器用に眉を動かしニヤリと笑って、パッと首にかけていたメジャーを麗の体に巻き付けてくるので、麗は腕を上げた。
初めての大人用ブラジャーこそ、忙しい姉が時間を縫って須藤デパートに入っている老舗ブランド店にわざわざ連れていってくれ、プレゼントしてくれた。
そう、姉が麗のために選んでくれた大切な下着。勿体なくて、普段はタンスに大切にしまっており、姉とお出かけするときだけ使っていた。
今は段ボールの一番上で眠っているはずだ。
だが、その一つ以外は、ドギツイ緑やショッキングピンクなど、とんでもない色のため売れ残った結果、大幅に値引きされ大型スーパーで投げ売りされていた下着をギリギリまで着潰しているような麗には、サイズを測ってもらうのはなかなかない体験で、ちょっと緊張してしまう。
「オーケー、オーケー!」
「シェイシェイ!」
ぐっと親指を立てた店員に、何故か麗もテンションをあげなければいけない気がして追随した。
「セクシー」
ヒラヒラと店員がちょっとおしりを振って踊りながら出してきた下着は真っ赤で、それなのに、スッケスケで、麗は慌てて手を横に振った。
「ノーセクシー、ノーセクシー!」
あまりに扇情的なブラジャーに麗は声が裏返りそうになりながら、何とか希望を伝えた。
「……ノー、セクシー?」
「イエス、ノーセクシー!」
信じられない、新婚旅行なんだろう? という顔をされたが、こっちはお気づきだろう、貧乳である。
(姉は大きい、母もそこそこあった。なのに何故?)
麗は姉に連れて行ってもらった老舗メーカーの店員曰く、シンデレラバストというものらしい。
当時、シンデレラに貧乳のイメージはないが何故だろうかと考えすぐに解決に至った。
ガラスの靴はシンデレラの足にしかフィットしない。他の女性たちにはガラスの靴は小さすぎるから。つまり、そういうことである。
「オーケー、オーケー。ソーリー、ユー、ユーズイン、トリップ。ユーウォント、イージー」
旅行で使うもんね、楽な方がいいんでしょ、と言われた気がして麗は頷いた。
多分互いに文法はめちゃくちゃだろう。でも、きっと言葉というものは伝えたいという気持ちが大事なのだ。
「イエス、イエス!」
すると、新しいブラジャーが出てきた。
「リトルセクシー」
すごーく残念そうな顔をしながら出されたリトルセクシーな下着に麗は勝利のガッツポーズをした。
多分これがこの店のノーセクシーの限界値である。
「イエス!」
ハーフカップの上にレースが乗ったそれは、やっぱり赤で、セクシーではあるが、先程より断然マシに思え、麗は頷いた。
「センキュー!」
本当はもう少し選びたかったが、タクシーに明彦を待たせており、その間にも刻一刻とメーターは上がる。
「カラー、ツープリーズ!」
「オーケー!」
そうして、麗はショーツはついてこないようなので、箱入りで三枚セットで売っている中から一番地味そうなものも選び、セクシーの守護天使か、セクシー大臣か、なんかとりあえず、セクシーの権化と別れたのだった。
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