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ふうと大きく息を吐き出したキャンベルは、きっちりと気持ちを切り替えたらしい。
「……三人の依頼に関しては安心してください。信用できるギルド職員ですので、誠実な対応をお約束いたします」
「わざわざ信の置ける者を選んでくれたんじゃな。礼を言うぞぇ」
「そう言ってもらえると、少しだけ気持ちが楽になりますね……それにしても、貴女とこうして穏やかに向き合える日がくるとは思いませんでした……冷静に考えてみれば、私が一方的に大人げなかっただけでしたね。重ね重ね申し訳ありませんでした」
「いや。妾も意固地になっていたところがあるからのぅ。すまなんだ。主がいると身が引き締まって己の行動により慎重にならざるえないのじゃ。以前よりは幾分か、温柔な対応ができるようになってはおるつもりじゃが……妾も御方の勘気に触れてしまっておるからな。これ以上の醜態をさらしたくないのは、貴殿同様じゃ」
彩絲も大きな溜め息をつく。
彩絲やキャンベル本人がどれほど慎重に行動したとしても、接触する人間全てが同じ行動を取れるとは限らない。
彩絲にとってのクレアしかり、ネマしかり。
キャンベルにとっての不真面目なギルド職員しかり、冒険者しかり。
「奴隷と冒険者は身体的に厳しめの拘束をして、魔法も封じてあります。一時的ですが声も殺しました」
「随分と暴れたようじゃのぅ……」
「かかわった職員が二人おりまして……そちらは声もそのままに一般的な拘束をしました。一人は少しではありますが、同情の余地がある気がしないでもないのですがね」
「しないでもない、のぅ?」
同情はする。
しかし同情が罰を軽くすることはない、そんな副音声が聞こえる。
「では、こちらへ」
「うむ」
別室へ案内される。
三人の目線を感じたので、大丈夫だとわかるように、掌をひらりと振った。
彩絲とキャンベルが部屋に入ると、全員に緊張が走った。
クレアとネマには同様に縋るまなざしを向けられる。
まだ彩絲が自分たちを守ってくれると考えているのだ。
甘すぎる思考には反吐が出る。
「それぞれの主張に齟齬はないのかぇ?」
ギルド職員二人は直立不動。
冒険者たちは手足を拘束されて、正座。
更に太ももの上には重しが置かれている。
クレアとネマも同様だ。
「職員は不正優遇をしていたと告白しました。細かい齟齬はありましたが、概ね正しいようです。しかし、冒険者と奴隷の話にはかなりの齟齬がありますね」
「どんな具合なのじゃ?」
「……説明が難しいので、彩絲さんから状況説明をお願いできればと思ったのですが……」
迷ったが一番手っ取り早い状況把握だと思ったので、彩絲は自分が見聞きしたままを伝える。
冒険者が、奴隷の体を代金として、ダンジョンでの護衛を申し出たこと。
奴隷はそれを了解した上に、関係ない奴隷三人も同じように代金としたこと。
冒険者の暴走によって、クレアが欠損状態になったこと。
冒険者はクレアを完治させると言い含めて、先に帰還したこと。
奴隷には冒険者ギルドに、一連の問題点を伝えて、ギルドで待つように指示したこと。
冒険者は重大な違反行為の罰を受けると言ったこと。
謝罪を許さなかったこと。
「……ざっとこんな感じじゃな」
「関係ない者まで巻き込んでの違法契約、ですか?」
「言い忘れていただけです!」
「黙りなさい! 発言を許可していません!」
職員のうち男性が大きな声を上げる。
女性はぶるぶると震えたままで俯いていた。
「違法契約はギルド内でも、重罪の一つです。しかも、無関係の者を巻き込んだというのならば、慈悲はありません!」
「わ! 私は、脅されてっ!」
涙を浮かべた女性職員が顔を上げて、必死に食い下がる。
「脅された時点で相談しなかったのですから、今更ですよ。閨を共にした男性が態度を豹変させたら驚くでしょうけれど。それも含めて相談していたら、貴女は被害者にもなり得たでしょうね」
体を開いた男に弱い女は多い。
キャンベルの言うとおり、寝るまでは責められるものではないが、相談なく脅迫に屈した時点で同情の余地はなくなった。
「二人とも、犯罪奴隷としてギルドの下働きをしてもらいます」
甘い罰というなかれ。
本来ギルドの下働きという職は存在しない。
外聞が悪いのでそういった呼称がついているだけだ。
わかりやすくいうと、ギルドの奴隷。
しかも貸し出し可能の奴隷、という地位になる。
死なせない、狂わせない、欠損させたら責任を持って完治させねばならない。
奴隷を扱うのに、必要なのはそれだけなのだ。
首には、御方が作ったと伝えられている、奴隷の首輪を嵌められる。
一目でギルドの奴隷とわかる物だ。
「この首輪さえしていれば、死ねず、狂えず、食事も必要ないわ。良かったわね? 生命が保障されて」
キャンベルが笑顔のままで職員の首に首輪を嵌めた。
二人揃って上げ続けた耳障りな絶叫が、ぴたりと止まる。
「さ。行くべき所へ行きなさい!」
キャンベルが、ぱん! と音を立てて手を叩くと、ギルド職員は滂沱しながらゆっくりと部屋を出て行った。
「今下働きは少ないから、想定より早く解放されるかもしれませんね」
「解放されて、真っ当に生きられるとは思わなんだがなぁ」
彩絲の言葉にキャンベルは微笑を深める。
罪を贖い、首輪が外れた次の日には、半分が自殺してしまう。
残り半分もほとんどが生活を立て直せず、一年以内には野垂れ死んでしまうのが現状だった。
それだけ、ギルド職員による違法契約は重い犯罪なのだ。
「二人が迷惑をかけた分は、金銭換算してもよろしいかしら」
「ああ、構わぬ」
「二人併せて100000ギルで、金貨100枚になるわ」
「妥当じゃな」
高給取りのギルド職員ならば貯蓄で十分まかなえるはずだが、さて二人の職員はどうだったのか?
愚かな冒険者たちに言いくるめられて、違法契約という重大な罪を犯すくらいだ。
犯罪奴隷として働く期間が、代金の分だけ大きく加算されただろう。
「……それで、冒険者たちなんですが。奴隷の欠損を治癒する気がなかったみたいなの。さらに、奴隷を売ろうとしたのよ。貴女に頼まれたと言って、ね」
「ほぅ。妾の名を騙ったか! そこまでの愚か者であったか! いっそ愉快じゃな! ならば遠慮はいらんのぅ。これを……使うとしよう」
彩絲は空間収納から拘束輪を取り出した。
豪奢な拘束輪に冒険者たちが大きく目を見開き、無遠慮に拘束輪を観察している。
鑑定する能力はないだろう。
ただどれだけの金額で売り飛ばせるか、どこまでも自分たちに都合良く、取らぬ狸の皮算用をしたのだ。
重犯罪奴隷の拘束輪
一度装着したら、装着させた者が指示しない限り外せない。
両腕、両足用の四個セット。
装着させた者の意に反する行動を取ると、全身に死んだ方がましだというレベルの激痛が走る。
装着中は、死ねず、狂えず、食事及び睡眠を必要としない。
働いて得た金銭は、全て徴収される。
ただし、必要経費は除く。
彩絲は丁寧に拘束輪の説明を読み上げる。
にやにやと気色悪い微笑を浮かべていた男たちの表情からだんだんと笑みが消えて、代わりにじわじわと絶望の色が濃くなってゆく。
「ギルドから受けられるだけの依頼を受けた上で、ダンジョンアタックをさせて、依頼達成したら即時帰還。帰還のちは依頼処理をして、装備などを整えて再出発。妾が満足するまでその繰り返しじゃ。十年程度で金銭による贖罪は終わるじゃろう」
「なるほど! では私は追加で、王都から出られない制限の首輪をつけるといたしましょう」
「完璧じゃな! 何かあったら遠慮のぅ連絡を寄越せばよい。小蜘蛛を貸しておこうぞ」
呼び出した小蜘蛛をキャンベルに渡す。
キャンベルは、彩絲と小蜘蛛を交互に見つめた。
小蜘蛛は、よ! と手を一本上げて気軽に挨拶をする。
猛毒を持ち隠密に長け、忍び寄る絶望という別名を持つ小蜘蛛だ。
「あ、よろしくお願いします」
きちんと小蜘蛛にも頭を下げて挨拶するキャンベルへの印象は、自分でも驚くほど改善された。
それだけ困った奴らにかかわってしまった当事者としての、親近感があるのだと思う。
彩絲が腕輪と足輪を、キャンベルが首輪を嵌める。
冒険者たちは虚ろな目をしながら、失禁と脱糞をしていた。
食べられない、眠れないというのは尋常ではないストレスなのだ。
それほどのストレスを感じても、死ねない、狂えないという枷まで嵌まっている。
絶望するのも無理からぬことだ。
根性があれば拘束具全てが外されても生きていけるだろうが、こいつらは外れた途端に衰弱死しそうな気がする。
アリッサの奴隷を思うままにしようとし、欠損する怪我まで負わせたのだ。
当たり前の厳罰だろう。
「奴隷の方はどうされますか?」
「アリッサ殿に相談じゃな。これだけ同情しようもない奴隷なら、転売にも頷いてくださるじゃろうて……ん? もしかして、ギルドに対して何か不適切な行為をしたかぇ? ならば金銭にて賠償させていただきたいのじゃが……」
「いえいえ大丈夫よ。罰を与えるほどの不適切な行為はなかったわ。ただまぁ……真っ当な冒険者であれば見向きもしないだろうから、もしアリッサ様が今後も奴隷として使われるのであれば、冒険者としては使わない方がよろしいのでは? と僭越ながら愚見申し上げようかと思っただけだから」
「おお! 心配り感謝するぞぇ。キャンベルの手配は主にちゃんと伝えておくからのぅ」
「よろしくお願いします。冒険者や職員たちの今後もしっかりと監視するから安心してください」
うむと頷いた彩絲はキャンベルに向かって手を差し出す。
キャンベルはその手を取って、お互いしっかりと力を入れた握手をかわした。
別室を出れば、冒険者が全員、ローレルたちのように完璧な依頼達成をしてくれたならば、ギルドは果てのない発展が望めます! と熱く、三人の依頼処理をした職員に語られた。
三人は照れたように顔を見合わせている。
彩絲はねぎらいの言葉を与えながら、クレアとネマを空間収納に入れた話は、聞かれるまでしないことに決めた。