テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
「ええ子やね」
そう言って、頭を撫でられるのが好きだった。
暖かくて大きな手に安心した。酷く殺伐とした俺の内面に、一筋の光を差してくれる柴さん。
この人は俺を地獄から救いだしてはくれないけど、共に地獄に居ることを選んでくれた大切な人。
俺の好きな人。
ツキンと一つ、頭痛がする。
いつものこと。起き抜けと同時にじくじくと痛む煩わしいそれにはもう慣れた。鏡を見ると自分の顔に走る大きな傷痕。また今日も新鮮な憎しみを持って1日を始められる。
いつもと同じ感覚。
いつもと同じルーチン。
それでも以前より気が軽いと感じてしまえるほど、俺は仲間に恵まれた。
「あ、チヒロ!おはよう!」
「おはようハクリ」
「俺がチヒロより早起きなのすごくないか!?」
「……確かに珍しいな」
「だよな!」
軽く会話を交わしてキッチンに立つ。ハクリが早目に起きたということは腹が減るのも早そうだとすぐに予想ができた。さっさと作って美味しいと笑ってくれる顔が見たい。
柴さんは帰って来るだろうか…。夜通しなにかを調べると言って消えてしまった彼を俺は心配してはいない。朝には帰るって言っていた。だから…。
突然、そくそくとわき上がる寒気にどっと汗をかいた。焼ける目玉焼きを見つめながら冷や汗が止まらない。これはそう、嫌な予感というやつ。
俺の嫌な予感は大抵外れない。
「…ッ……」
冷静に火を止めて、水を飲みたいからコップを…と振り返ったところ、座って待っていたハクリが真っ青な顔をしていた。
「…………ハクリ…」
「ッ!チヒロ!」
嫌な予感が巡る。ハクリも俺と同じ感覚に襲われているようだった。
頭に思い描くは彼の顔。
彼の心配はしていなかった。していなかったのに……。
「チヒロ…!もしかして…」
「ッ柴さ…」
「おはようさん、どうしたん?二人固まってしもて」
「「!?」」
ドバッと血液が身体を駆け抜ける思いがした。はっはと浅くなっていた呼気を大きく吐き出した。
なんだ。
「柴さん~~なんだよ、良かったー!」
安心したようなハクリの声に安心する。
「ん?ん?なんや?なんのこと?」
二人の顔を交互に見る柴さんがなんだかおかしくてふはッと口角を上げてしまった。
集まる二人の視線になんとなく恥ずかしく思った。
「あー、チヒロが笑った!なんだ今日ラッキーじゃん!」
「そやね、可愛らし。なんやったん?今の」
「なんだか嫌な予感がしてたんスよー!」
「あらら、緊張が伝播してたんやね。嫌な予感、そういう感覚大事にせなアカンよ」
唐突に柴さんに頭を撫でられた。
猫のように目を細めてしまったことはしょうがないと思う。溢れる多幸感。…良かった。良かった…。
「チヒロくん、汗が引いてへんよ」
「スミマセン……汚いから触らないでください」
「汚くはあらへんけど」
粗っぽく拭った汗。
次々と溢れだして正直困った。彼は居る。何を怖がることがある。
「ちょっとタオル取って来ます」
そう言って部屋から一歩踏み出した時だった。
「え」
メラメラと燃え上がる俺の身体。
熱くは無い、熱くは無いのだけれど。
「チヒロく」
意識が遠く飛ばされる。
柴さんが自分を呼ぶ叫び声を聞いた気がした。
「随分と…楽しそうにしていたな」
自分の首が絞まっている感覚がする。
目は開かない。手は自由だ。自分の首を絞めている何かに俺はガリガリと爪を立てた。
「痛いじゃないか」
そう言って首を解放される。一呼吸吸ってまた絞まる。これは殺さずに体力を奪う気だと、頭の隅で警報が鳴る。
止めさせなければ。
しかし、それを繰り返されて、段々と力が入らなくなっていった。
「…ふむ」
楽しくなさそうな声が聞こえたと同時に手が完全に放された。いきなりの酸素にひきつる肺。状況に着いていけない。
「ごほッ!がは!はあはあ、はぁ、…ッ…おま、え…」
無理やりにでも目をこじ開ける。生理的な涙が止めどなく溢れた。ボヤける視界。それでもわかった。
「おま、え!!」
コイツは毘灼。毘灼の統領。父さんの仇。俺が殺したい男。
全身に鳥肌が立ち、身体が戦慄く。力が入らないなりに込めた力で胸ぐらを掴むと、男はたまらないとばかりに笑った。
「自分が今、どんな顔をしているか分かるか?随分と可愛らしいぞ」
「殺す」
そう啖呵を切ったは良いものの、胸ぐらを掴んでいた手は両端に縫い止められ、腰が跳ね上がる。
……腰?
自覚した途端ぶわりと身体の感覚が鮮明になる。
「あッ…ッ……は?ぁ、…………あ?」
熱くて熱くてたまらなかった。腰から下がぐずぐずに溶けていきそうだと、本気で恐怖した。
「ア、なに、………あ、あ、ァ、」
男は戸惑う俺の顔中にキスの雨を降らせる。そんなこと気にならない、気にしていられないほどの腰の違和感。
「分かるか?」
そう耳に言葉を吹き込まれる感覚にすら、ビクンと震えた。
「う、あ、ア!……ぅ、そだ、…ア…やだ」
ゾッと背筋が震えた。腰に違和感。尻に違和感。そんな感覚、露ほども知らない。
「ッーーーーー!?」
え……俺はイッたのか?
軽いパニックに陥る俺を男は酷く楽しそうに見ていた。わざとらしく、ゆっくりと形を確かめるように動く。
「そう喜ぶな、食いちぎられそうだ」
「ヒッ!なに、……あぁァ……いやだッ!…ァ……ッう」
知識としてたどり着いた答え。
犯されている。
体験したこともされたことも見たこともなにもない。治安が悪いところには多いから気をつけろとは誰の言葉だったかすら、思い出せないほど自分には縁遠かった。
「フッ……しっかりしろ。まさか初めてだとは思わなかった。あの男が手を出していないとは意外だったが僥倖だ。薬を使わず痛みを味あわせても良かったな。初めての男というのは殊更印象的だろうから」
饒舌になった男が謳うように溢す言葉に思考さえも侵食される。ただただ巨大な恥辱に身を焦がした。
「ぅ、ァ……ァ……………ん」
頭痛がした。だから少し冷静さを取り戻し、声を抑えた。従ってたまるか。喘いでたまるか。好き勝手にされた俺は、信じられないほど無様だったから。
「ほう?頑張るものだな」
「うるさ……ッあ!………ッ…ッぅ…」
口を開くと喘がされる。堪らなく悔しい。
必死に睨み上げた。気圧されたくない。怯えたくない。負けたくない。
俺はこの男を、本気で殺したいのだから。
「いい目だ…」
「ぅッ」
なんでこのタイミングでデカくなるのか、毛ほどにも分からない。視線だけは外さない。憎しみで人が殺せたなら…。
「それでいい。良い子だな」
そう言って頭を撫でられる。まるで慈しむように。
思い出すのは。
『ええ子やね』
彼の……。
血が沸騰したかと思った。
「………るな……ッ!ふざけるな!ふざけ……ッう、あ!くそ………ころすッ……ころッアぁ!」
狂ったように頭を振る。屈辱感でいっぱいだった。
大切な思い出を汚された気がした。
ほどなく解放された俺は、一人東京を歩いていた。
大雨の中、俺は痛む腰を騙しだまし歩いた。
早く。会いたい。
彼に。柴さんに。
俺は大丈夫。柴さんが居るから平気だ。
なんだって何をされたって、俺を、俺の心を、殺すことはできない。
喫茶ハルハルが見えた。まだまだ随分と先だが、俺の気配を感じてか、柴さんが勢いよく飛び出してくるのが見えた。
「…」
安心して力が抜ける。水溜まりに落ちる前に柴さんが抱き止めてくれた。
「チヒロくん………良かった…良かった」
ぎゅうぎゅうと抱きしめられて正直痛い。
「しばさん、濡れますよ」
「良かった…ホンマに…」
多幸感に包まれて、泣きそうになるのをごまかすように目元を手で覆った。
「雨だから見えへんよ」
そう言って撫でられた頭。
俺はひゅっと息を飲んだ。
強張る全身。正真正銘汚された。
大切な記憶すらも。
ドクンと治まらない頭痛がした。