帰る気が起きずふらふらと歩き回り、家とは真反対にある公園にたどり着いた。
風が吹く真冬の夜の公園には誰もいない。
奥まった場所にあるベンチに座れば、ひんやりと冷たい木製の座面が太ももを冷やす。
思わず身震いし、身体を縮こませた。
やっぱりだめだった。
tt、俺には奇跡は起きなかったよ。
urは普通の遺伝子に刻まれたように、当たり前に女の子を選んでる。
もはや気持ちに蓋をするしかないんだけど、結局最後は俺から離れて行くんだよ。
俺じゃない人と、一緒になるんだよ。
urに出逢った日のこと、グループ活動、jpとttの事件、一緒に暮らしはじめたあの家、、
たくさんの記憶がとめどなく、まとまりなく雑然と脳内を駆け巡る。
そうしているうちに左手のスマートウォッチは23時を指そうとしていた。
数時間ここにひとり座っていたことになる。
そう考えると情けなくてバカみたいで少し笑えた。
冷たい空気を胸に吸い込むと、自分に言い聞かせるように声を出す。
「俺めっちゃ落ち込んでんじゃん笑。こんな凹むと思わんかったわー」
「でも言わなくて良かったな!もう少しは一緒にバカやれるんだぞ!」
(泣きたいのに、泣けないな…)
「楽しそうだね」
突然の声に驚くyaの前に、見知らぬ若い男が近づいてきた。
不穏な気配を纏うその姿に、yaは身構える。
「…なんだよ」
「子どもが真冬のこんな時間にひとりでいるって危なくない?」
「とりあえず金出して、そしたら何もしないから」
痩躯なその男は気だるげに言った。
被ったフードから見える目は真っ黒だった。
手はポケットに入れたままだ。
中に何かを忍ばせているのだろう。
「…きっしょ、やだよ」
生来の負けず嫌いに加えどこか投げやりになっていたyaは、引き攣った顔をしながらも挑発的な言葉を投げつけた。
「…はぁ、めんどくさいなあ。さっさと出せばいいのに」
ポケットから出した手にはナイフが握られていた。
一歩近づき、yaの顔に当てる。
「…よく見ると女みたいな顔してるね。高校生? その時計とかスマホでいいからよこしてよ。 かわいい顔に傷つけたくないでしょ」
なぞるように刃が頬から喉元へ移動する。
yaは観念したように目を閉じた。
終わりを前にしても冷静でいられるのは、早く終わらせたいのかもしれない。
あー終わった
jpにttありがとな
まあまあ楽しい人生だったよ
じゃあな、クソみたいな世界
じゃあな、ur
「なにしてんの?」
「ッ!!」
「!?」
聞き慣れた声に目を開けると、音もなくurが立っていた。
後ろから男の首に腕を回し、締め上げる。
不意打ちに男はナイフを落とし、yaはそれを拾いあげた。
「お前だれ?」
「が、、、ッ、くそ、、ッ」
腕に爪を立てる男。
urは表情ひとつ変えずにギリギリと首を締めていった。
徐々に男の抵抗が弱まったのを見て腕を離すと、男はそのままがくりと座り咳き込んだ。
urは襟元を掴み、怪しい笑みで吐き捨てる。
「残念だったな、ここはもう詰んでるんだよ」
通報後すぐに警察が駆けつけ、yaとurへ事情聴取を行なったあと男を連れて去って行った。
騒ぎに集まっていた野次馬達も、少しずつ姿を消した。
静かになった公園に立ちすくむ二人。
urが先に口を開いた。
「…怪我はない?」
「おう…ありがとな」
「yaくん全然帰らねーから。電話でねーし、jpさんに連絡したらだいぶ前に帰ったって聞いて。 悩んでたっぽいってttさんも言ってたからずっと探してたんだよ」
「…ごめん心配かけて。せっかくデート楽しかったのにな、俺が1日を台無しにしちゃった」
「デート?誰が?」
「お前だよ。コンビニの子と帰ってきてただろ」
「あぁ!あの子は駅でたまたま会ってさ、帰る方向一緒だったから少し歩いただけだよ」
「…そうなん?」
「そうだよ。俺ひとりで買い物行ってたんだ」
「…ちょうど0時過ぎたな」
urはコートのポケットから小さな箱を取り出し、yaに渡した。
「誕生日おめでとう、yaくん」
驚いて顔をあげる。
urは優しい微笑みでyaの頭を撫でた。
「今朝はごめんな。サプライズで用意して、お前に渡したかったんだよ」
「でもやっぱりひとりだと左側が寂しいな。次はまたついてきてよ」
yaは自分でも気づかないうちに涙をこぼした。
urに出逢って数年、自分の気持ちを理解して数日。
初めて流す温かい涙は、頬をつたい、yaの暗い不安を溶かしていく。
泣くなよ、とurの手が頬に移動し、涙をすくった。
俺は奇跡を、起こせる?
urを手離したくない。
でも気持ちを伝えたら、urは俺の側から去って行くかもしれない。
それでも、二人を包む優しい空気を味方にして伝えたい。
俺がどれだけurを想っていて、どれだけ求めているのかを。
urに、素直に。
「ur…お前引くかもだけど… 俺…お前のこと、、、」
「…」
声を詰まらせたyaをurがそっと抱きよせた。
yaは頭から足先までフリーズしたように身体が固まってしまって、そこでやっと、抱きしめられた事を理解した。
「…yaくんの気持ち、わかってたよ」
「ほんと素直じゃねーんだから」
「…?」
「俺が触るとこうやって身体固めるだけだろ。ふつうのお前なら怒るじゃん。逆に顔赤らめてさ…。女の子の話したらあからさまに拗ねるし、バレバレだって」
「わかりやすいのに素直じゃないから…ほっとけないんだ」
「俺も言いたかった。yaくん、好きだよ。」
暗闇に落ちた体がふわりと引き上げられる感覚がした。
俺もそうだよ、好きなんだよ。
でも…
「…でも俺、男だよ、、、?」
「女の子がいいんじゃねーの、、、?」
「…そんなの関係ねーよ。好きになった人がyaくんで、yaくんがたまたま男だっただけなんだよ…」
見上げたurは笑っているけど、泣きそうな目をしていた。
urも同じ気持ちだったんだ。
これが奇跡なんだ。
tt、俺、奇跡を起こせたよ。
「…ur、俺も言いたかったんだ。」
「俺もお前が好きだ、ur。俺から離れんなよ…」
風は止み、雪はしんしんと降り積もる。
yaはurの背中に手を伸ばした。
広い背中はとても暖かい。
碧空をうつす澄んだ湖面に、自分が立っているような気がした。