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20
あまね🍡💠
75
翌日。
育成プログラム施設。
湊は訓練場の隅で、今日の予定が書かれた端末を見ていた。
その時だった。
視線を感じる。
「……。」
顔を上げる。
少し離れた場所。
如月希が立っていた。
じっと。
こちらを見ている。
湊も如月を見る。
「……。」
如月も見ている。
「……。」
まだ見ている。
湊は耐えきれずに口を開いた。
「……また見てる?」
「見てるよ。」
あっさりと答えた。
「何で?」
「面白いから。」
「だから、その意味が分からないんだけど……。」
昨日も同じことを言われた。
そして。
昨日も意味は教えてもらえなかった。
如月は少し考える。
「私も、まだ分からない。」
「え?」
「何が面白いのか。」
「自分でも分からないの?」
「うん。」
「……。」
湊は言葉を失った。
如月は相変わらず湊を見ている。
「如月。」
「何?」
「人のこと、よく見るの?」
「見るよ。」
「何で?」
「好きだから。」
「人を見るのが?」
「うん。」
如月は当然のように答える。
「話し方とか。」
「歩き方とか。」
「誰といる時に笑うとか。」
「誰といる時に黙るとか。」
湊は少しだけ後ろへ下がった。
「……何か怖いな。」
「よく言われる。」
「言われるんだ。」
その時。
近くにいたメンバーが二人の会話に気づいた。
「如月、また人のこと見てるの?」
「見てる。」
「本人の前で?」
「うん。」
「それ、普通はもう少し隠すんだよ。」
「何で?」
「……何でだろう。」
言った本人まで分からなくなっていた。
湊は如月を見る。
不思議な人だ。
でも。
周りのメンバーたちは、如月のことを怖がっている様子はない。
また始まった。
そんな感じだった。
「集合。」
日下部の声が響く。
メンバーたちの表情が変わる。
「今日は火災現場を想定した救助訓練を行う。」
訓練場の奥。
火災を再現するための専用施設。
その前に全員が集まった。
「今回は全員が同じ訓練を行うわけではない。」
日下部はメンバーたちを見る。
「能力によって、現場で求められる役割は違う。」
「自分の能力が何に使えるのか。」
「何に使えないのか。」
「それを理解することも訓練の一つだ。」
日下部が名前を呼ぶ。
「如月。」
「はい。」
「入れ。」
「分かりました。」
如月が前へ出る。
湊は少し驚いた。
如月の能力。
そういえば。
まだ、ちゃんと見たことがなかった。
「珍しいな。」
隣から声がした。
「え?」
輝羅だった。
「何が?」
「お前があいつを見てる。」
「いや、今から訓練するんだから見るだろ。」
「そういう意味じゃねぇ。」
輝羅は如月を見る。
「いつもは、あいつがお前を見てる。」
「……確かに。」
湊はもう一度、如月を見る。
「如月って、いつもあんな感じなのか?」
「あんな感じって何だ。」
「人のことをずっと見てる。」
「ああ。」
輝羅は短く答える。
「昔からだ。」
「人間観察が好きらしい。」
「やっぱり変わってるな。」
「お前が言うな。」
「何で僕まで?」
輝羅は答えなかった。
「始めるぞ。」
日下部の声が響く。
二人は前を向いた。
――――――――
訓練が始まった。
施設内に警報音が響く。
奥で炎が上がる。
本物の火。
訓練用に管理されているとはいえ。
熱気は離れた場所にいる湊にも伝わってきた。
如月が炎を見る。
表情は変わらない。
ゆっくりと右手を前へ出した。
次の瞬間。
空気が変わった。
「……え?」
湊が目を見開く。
如月の足元から。
白い氷が一気に広がっていく。
床を走る。
炎へ向かって。
まるで生きているかのように。
そして。
炎の手前。
巨大な氷の壁が立ち上がった。
ゴオオッ!
炎が氷の壁にぶつかる。
熱と冷気。
白い蒸気が一気に広がる。
「すごい……。」
湊は思わず呟いた。
如月は動かない。
炎を見ている。
いや。
違う。
湊は気づいた。
如月が見ているのは。
炎だけではない。
床。
出口。
建物の中。
全てを見ている。
如月が右手を少し動かした。
氷の壁が形を変える。
炎を全て覆うのではなく。
燃え広がろうとする方向だけを塞いでいく。
「全部、凍らせないんだ。」
湊が呟く。
「見てれば分かる。」
輝羅が言う。
「何が?」
「全部凍らせたら、どうなる。」
湊は訓練施設を見る。
そして。
気づく。
「……逃げられない。」
輝羅は何も言わない。
如月の氷が、さらに広がる。
しかし。
人が通る場所には氷がない。
避難経路。
救助する人間が走る場所。
そこだけは。
最初から避けていた。
炎だけを見ているわけではない。
建物だけでもない。
そこにいる人が。
どう動くのか。
それを考えている。
如月が左手を上げる。
炎の勢いが強い場所。
そこだけを。
一気に凍らせた。
炎が消える。
白い蒸気が広がった。
そして。
警報音が止まった。
訓練終了。
如月はゆっくりと手を下ろす。
訓練場が静かになる。
湊は何も言わず。
如月を見ていた。
――――――――
訓練後。
如月が施設から出てくる。
湊は近づいた。
「如月。」
如月が振り返る。
「何?」
「すごかった。」
「そう。」
「……それだけ?」
「ありがとう。」
「言い直した。」
「うん。」
やっぱり不思議な人だ。
湊は少し笑った。
「でも。」
「何?」
「訓練中、全部の火を消さなかったよね。」
「うん。」
「輝羅に言われて、途中で気づいた。」
湊は訓練施設を見る。
「全部凍らせたら、逃げ道まで塞いでしまうんだって。」
「うん。」
「でも。」
湊は如月を見る。
「如月は最初から分かってたんだよね?」
「分かってたよ。」
「どうして?」
如月は少しだけ考える。
「人を見てたから。」
「……人を?」
「うん。」
如月は訓練施設を見る。
「全部凍らせたら。」
「床まで凍る。」
「逃げる人が転ぶ。」
「出口が凍ったら、開かなくなる。」
「炎を消しても。」
如月は湊を見る。
「逃げる人が怪我したら、意味がない。」
湊は何も言えなかった。
能力がある。
だから使う。
そういうことではない。
強い能力ほど。
どこで使うのか。
どこで使わないのか。
考えなければならない。
「それに。」
如月が続ける。
「炎だけ見てたら。」
少しだけ間を置く。
「人を見失うよ。」
湊は如月を見る。
さっきまで。
自分は氷を見ていた。
炎を止める力を見ていた。
そして。
輝羅に言われて。
初めて逃げ道のことに気づいた。
でも。
如月は違った。
最初から。
炎の向こうにいる人を見ていた。
「火を消すための訓練じゃないから。」
如月が言う。
「人を助けるための訓練。」
湊は訓練施設を見る。
如月もまた。
能力を使っているだけではない。
見て。
考えて。
その上で。
使わない場所を決めている。
「……そっか。」
湊は小さく呟く。
如月が湊を見る。
また。
じっと見ている。
「何?」
「別に。」
「いや、絶対何かあるだろ。」
「考えてる。」
「何を?」
「やっぱり面白いなって。」
「またそれ?」
湊はため息をついた。
「いい加減、教えてよ。」
「何で僕が面白いの?」
如月は少し黙った。
いつもなら。
「分からない。」
そう答えるのだと思った。
だが。
今回は違った。
「最初は。」
如月が言う。
「輝羅が、あなたを気にしてたから。」
湊が輝羅を見る。
少し離れた場所にいる。
「だから見てた。」
「僕を?」
「うん。」
「でも。」
如月は続ける。
「九条さんも。」
「蒼井くんも。」
湊は如月を見る。
「あなたと関わってから、少し変わった。」
「え?」
「九条さんは、あなたに色々教えるようになった。」
「蒼井くんは、あなたを認めてなかった。」
如月は一度言葉を止める。
「でも昨日。」
「あなたに、持ち方を教えてた。」
「見てたの?」
「見てたよ。」
「……やっぱり見てたんだ。」
如月は気にせず続ける。
「輝羅も。」
「九条さんも。」
「蒼井くんも。」
「あなたと話すと。」
「少しだけ違う顔をする。」
湊は何も言わなかった。
自分では。
そんなことを考えたこともなかった。
「僕が変えたわけじゃないよ。」
湊は言う。
「うん。」
如月はすぐに答えた。
「だから面白いの。」
「……え?」
「あなたが変えたなら、分かりやすい。」
「でも。」
如月は少しだけ首を傾ける。
「そうじゃない。」
「何かが変わる。」
「でも、何で変わったのか分からない。」
「だから。」
如月は湊を見る。
「見ていたい。」
湊はしばらく黙っていた。
そして。
「……やっぱり如月って変な人だな。」
如月は少し考える。
「よく言われる。」
「気にしないの?」
「悪口?」
「いや。」
湊は少し笑う。
「多分、違う。」
「じゃあ、いい。」
如月も。
ほんの少しだけ笑った。
――――――――
その日の訓練が終わった。
湊は施設を出る。
空は少しずつ夕暮れに変わっていた。
「朝霧。」
後ろから声がした。
振り返る。
如月だった。
「何?」
「やっぱり。」
如月は言う。
「あなた、面白いね。」
「だから、何が?」
「まだ分からない。」
「まだ分からないの?」
「うん。」
如月はそのまま歩いていく。
「……。」
湊は後ろ姿を見る。
「如月って。」
小さく呟く。
「本当に変な人だな。」
「お前もな。」
「うわっ!」
すぐ後ろから声がした。
輝羅だった。
「いつからいたんだよ。」
「今来た。」
「じゃあ、何で僕まで変な人なんだ?」
「自分で考えろ。」
「分からないから聞いてるんだけど。」
輝羅は答えない。
湊はため息をつく。
その時。
ポケットの中で。
スマートフォンが震えた。
画面を見る。
小春からのメッセージだった。
『育成プログラム、どう?』
湊は少しだけ足を止めた。
最近。
学校にいても。
育成プログラムのことばかり考えていた。
九条。
蒼井。
如月。
日下部。
現場で見たもの。
学んだこと。
新しい世界。
でも。
湊の世界は。
ここだけではない。
画面を見ながら。
湊は少し考える。
そして。
返信を打ち始めた。
第22話 見ていたもの 完
コメント
1件
第22話、読み終えました! 如月さんの「人を見る」というクセの内側を初めてちゃんと見せてもらえて、すごくしっくりきました。訓練で火を全部消さず逃げ道を残す判断も、あれは能力の強さじゃなくて「誰を助けるか」を常に見てるからできるんだなって。 それに、湊くんと関わった人たちが「少し違う顔をする」から面白いっていう如月さんの視点が、とても繊細で好きです。自分を変えたわけじゃないのに、周りが変わる——湊くん自身に気づいてほしいなと思いました。 如月さんがほんの少し笑ったシーン、じんわりしました🌷