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20
あまね🍡💠
75
『育成プログラム、どう?』
スマートフォンの画面。
小春から届いたメッセージを見ながら、湊は少し考えていた。
どう。
そう聞かれると。
何と答えればいいのか、少し迷う。
大変だった。
何度も驚いた。
自分にできないことを知った。
怖い思いもした。
でも。
それだけではなかった。
湊は画面に指を置く。
『大変だけど、楽しいよ』
送信。
すぐに既読がついた。
『そっか!』
その文字を見て。
湊は少しだけ笑った。
そして。
もう一度、文字を打つ。
『明日、話す』
少しして。
小春から返信が届いた。
『うん!』
湊はスマートフォンをポケットにしまった。
――――――――
翌日。
昼休み。
湊は弁当を持って廊下を歩いていた。
教室で食べてもいい。
最近は。
そうすることが増えていた。
育成プログラムに参加するようになってから。
昼休みも。
昨日の訓練を思い返したり。
教わったことを考えたり。
気づけば。
屋上へ行くことも減っていた。
でも。
今日は。
階段の前で足が止まった。
上を見る。
この先には。
屋上がある。
「……今日もいるかな。」
小さく呟く。
そして。
階段を上っていった。
扉を開ける。
風が吹く。
何日か来なかっただけなのに。
少し久しぶりに感じる。
学校の屋上。
「……あ。」
声がした。
見る。
いつもの場所。
小春が座っていた。
膝の上には弁当。
そして。
少し離れた場所。
輝羅が寝転がっている。
「湊くん。」
小春が笑う。
「今日は来たんだ。」
「うん。」
湊は小春の近くへ歩いていく。
「ここで食べてもいい?」
「もちろん。」
湊は小春の隣に座った。
少し離れた場所から。
輝羅の声が聞こえる。
「俺には聞かねぇのか。」
「輝羅の近くじゃないだろ。」
「ならいい。」
「何なんだよ。」
小春が少し笑った。
何も変わっていない。
小春がいる。
輝羅がいる。
風が吹いている。
でも。
何だろう。
何日か来なかっただけなのに。
ずいぶん久しぶりに感じた。
「育成プログラム。」
小春が言う。
「どう?」
昨日と同じ質問。
湊は弁当を開けながら答えた。
「昨日も言ったけど。」
「大変。」
「うん。」
「でも。」
少し考える。
「楽しいよ。」
小春は湊を見る。
「そっか。」
「うん。」
「どんなことするの?」
「えっと……。」
湊は言葉を止めた。
育成プログラムへ参加した時。
最初に説明されたことがある。
訓練の詳細。
施設の情報。
参加者の能力。
国からの要請。
外部へ話してはいけないことがある。
「それは……。」
湊は少し困った顔をする。
「話しちゃ駄目なんだ。」
「そうなの?」
「うん。」
「ごめん。」
小春はすぐに言った。
「知らなかった。」
「いや、小春が謝ることじゃないよ。」
「そっか。」
小春はそれ以上聞かなかった。
何をしているのか。
誰といるのか。
気になるはずなのに。
話せないと言えば。
それ以上は聞かない。
湊は少し考える。
「でも。」
「うん?」
「変な人はいる。」
小春が首を傾げた。
「変な人?」
「うん。」
「ずっと僕を見てる。」
小春の動きが止まった。
「……ずっと見てる?」
「うん。」
「何で?」
「人を見るのが好きなんだって。」
「……人を見るのが?」
「話し方とか。」
「歩き方とか。」
「誰といる時に笑うとか。」
「誰といる時に黙るとか。」
小春は少し黙った。
「……女の子?」
「うん。」
「……そうなんだ。」
湊は弁当を食べる。
「変わってるだろ?」
「う、うん。」
「でも、悪い人じゃないよ。」
「そうなんだ。」
「昨日も、僕のこと面白いって言ってた。」
「……面白い?」
「うん。」
「何が面白いの?」
「分からない。」
「分からないの?」
「本人も分からないって。」
小春はさらに分からない顔をしていた。
その時。
少し離れた場所から。
声がした。
「お前。」
輝羅だった。
寝転がったまま。
目を閉じている。
「説明が下手すぎるだろ。」
湊が輝羅を見る。
「何が?」
「全部だ。」
「何でだよ。」
「今の説明じゃ。」
輝羅が片目を開ける。
「ただの変な女だろ。」
「変な人ではあるよ。」
「そこじゃねぇ。」
「じゃあ、どこだよ。」
「自分で考えろ。」
「またそれ?」
輝羅は目を閉じた。
湊は小春を見る。
「何か変だった?」
「え?」
「僕の説明。」
「えっと……。」
小春は少し考える。
「ちょっとだけ?」
「どこが?」
「それは……。」
小春は困ったように笑った。
「私も分からない。」
「ほら。」
湊は輝羅を見る。
「小春も分からないって。」
「もういい。」
輝羅はそれ以上何も言わなかった。
小春が小さく笑う。
湊も弁当を食べる。
しばらく。
三人の間に。
いつもの時間が流れた。
――――――――
「他には?」
小春が聞いた。
「他?」
「育成プログラム。」
「ああ。」
湊は少し考える。
話せること。
話せないこと。
その境目を探す。
「色んな人がいるよ。」
「うん。」
「僕に色々教えてくれる人もいる。」
九条の顔が浮かぶ。
「僕のことを認めないって言ってきた人もいる。」
蒼井の顔が浮かぶ。
「え?」
小春の表情が少し変わる。
「大丈夫なの?」
「うん。」
湊はすぐに答えた。
「最初は嫌われてるのかなって思ったけど。」
少し考える。
「多分、そういうことじゃないんだ。」
蒼井は。
無能力者だからという理由だけで。
湊を嫌っていたわけではない。
守れなかった人。
届かなかった手。
まだ。
蒼井が何を背負っているのか。
湊は知らない。
でも。
「色んな考えの人がいる。」
湊は言う。
「僕が正しいって思ってることが、他の人にも正しいとは限らない。」
「……。」
「でも。」
湊は少し笑う。
「話してみないと分からないんだなって思った。」
小春は何も言わず。
湊を見ていた。
「それから。」
湊は続ける。
「すごい人がたくさんいる。」
「すごい人?」
「うん。」
「能力もすごいけど。」
一度。
言葉を止める。
「ちゃんと考えてる。」
小春は首を傾げる。
「考えてる?」
「能力があるから使うんじゃなくて。」
「どこで使うか。」
「どこで使わないか。」
「そういうことを考えてる。」
昨日の。
如月の姿が浮かぶ。
炎だけを見ない。
人を見る。
「僕。」
湊は言う。
「能力者のこと、分かってるつもりだったのかもしれない。」
「……。」
「ずっと周りにいたから。」
「でも。」
「知らないことがいっぱいあった。」
九条。
蒼井。
如月。
日下部。
美鈴。
知らなかった考え方。
知らなかった世界。
湊は話し続ける。
小春は。
何も言わず聞いていた。
そして。
ふと。
笑った。
「湊くん。」
「何?」
「楽しそう。」
湊の言葉が止まった。
「え?」
「育成プログラムの話をしてる時。」
小春は言う。
「すごく楽しそう。」
「……そうかな。」
「うん。」
湊は少し考えた。
大変だった。
怖かった。
自分にできないことも知った。
それでも。
次の訓練にも行きたいと思っている。
もっと知りたい。
もっと学びたい。
いつからだろう。
育成プログラムは。
自分が無能力者だと証明する場所ではなくなっていた。
「……そっか。」
湊は小さく笑った。
「楽しいんだ。」
自分で言って。
初めて気づいた。
小春も笑った。
「良かった。」
「うん。」
湊は小春を見る。
「小春は?」
「え?」
「最近、何かあった?」
「うーん。」
小春は少し考える。
そして。
「あったよ。」
「何?」
「猫を探した。」
「猫?」
「うん。」
――――――――
数日前。
学校からの帰り道。
小春は一匹の猫を見つけた。
道の隅。
じっと座っていた。
前足には小さな傷。
小春が近づくと。
猫は言った。
『帰ってこない。』
「誰が?」
『子ども。』
猫の子ども。
一匹だけ。
朝から帰ってこない。
「それで探したの?」
湊が聞く。
「うん。」
「一人で?」
「最初はね。」
小春は笑う。
「近くの猫たちにも聞いたけど。」
「誰も見てなくて。」
「それから?」
「鳥に聞いた。」
「鳥?」
「上からなら見えるかなって。」
湊は少し驚く。
「見つかった?」
「うん。」
小春は嬉しそうに答えた。
「空き家の物置に入って。」
「出られなくなってた。」
「怪我は?」
「大丈夫だったよ。」
「良かった。」
「うん。」
小春は笑う。
「お母さん猫も。」
「すごく喜んでた。」
湊は小春を見る。
自分は。
育成プログラムへ行った。
特別な場所。
選ばれた能力者たち。
国からの要請。
大きな災害現場。
そこで。
人を助けることを学んでいる。
でも。
小春は。
いつもの帰り道で。
困っている猫を見つけた。
話を聞いて。
探した。
助けた。
「何?」
小春が聞く。
「いや。」
湊は少し笑う。
「小春らしいなって。」
「そうかな?」
「うん。」
特別な場所じゃなくても。
誰かを助けることはできる。
能力があっても。
なくても。
大きなことでも。
小さなことでも。
困っている誰かがいる。
そして。
手を差し伸べる人がいる。
「湊くん?」
「何?」
「また考えてた?」
「何で分かったの?」
「顔。」
「顔?」
「うん。」
小春は笑う。
「考えてる顔してた。」
湊は少し黙る。
「……小春まで人間観察しないでよ。」
「え?」
小春には意味が分からない。
少し離れた場所。
輝羅が。
小さく笑った気がした。
――――――――
昼休みの終わりが近づく。
風が吹く。
屋上。
湊は空を見る。
育成プログラムへ参加する前も。
ここに来た。
小春がいて。
輝羅がいて。
小鳥がいた。
あの頃と。
何も変わっていない。
はずなのに。
少しだけ。
違って見える。
その時。
一羽の小鳥が飛んできた。
屋上の手すり。
小春の近くに止まる。
「こんにちは。」
小春が言う。
小鳥が鳴く。
「何て言ってるの?」
湊が聞く。
小春は小鳥を見る。
もう一度。
小鳥が鳴いた。
小春は少し驚いた顔をする。
そして。
笑った。
「おかえり、だって。」
「え?」
「湊くんに。」
「僕に?」
「うん。」
湊は小鳥を見る。
小鳥も。
湊を見ている。
育成プログラムには。
知らなかった世界がある。
新しい人たち。
新しい考え方。
自分の知らなかったこと。
これからも。
きっと増えていく。
でも。
ここにも。
自分の大切な世界がある。
小春がいる。
輝羅がいる。
いつもの風が吹いている。
湊は。
少しだけ笑った。
「……ただいま。」
小鳥が。
もう一度。
小さく鳴いた。
第23話 いつもの場所 完
コメント
1件
うわああ23話、めっちゃ良かったです…!!!😭💕 湊くんが「大変だけど楽しい」って言えたのが本当に成長だなって思ったし、小春ちゃんの猫助けた話がもう完全に癒しでした…ああいう日常の優しさが刺さるんだよなあ。 最後の「おかえり」の小鳥の声、もう泣くかと思った…!!屋上に戻ってきた湊くんに、ちゃんと「ただいま」って言わせてくれる鳳蓮荘さん、天才すぎます。 いつもの場所が、ちょっとだけ違って見えるって感覚、すごく分かるし、好きです。次話も絶対読みます!!🌸✨