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「あんた……いや、あなたは誰なんですか?」
「それ今聞くんだ。この服装に加えて、王太子殿下を後ろに追いやって場を仕切ってる男なんて……一番最初に突っ込まなきゃダメでしょ」
ノアも先生の変化に気付いたようだ。相変わらず笑顔で物腰は柔らかい。それなのに見つめる瞳……放たれる言葉から受ける精神的圧迫が凄まじい。俺に向けられているものではないのに、ここまではっきりと感じるのだ。このプレッシャーを正面からダイレクトに受け止めているノアの心境は如何にである。
「俺の事は後で教えてあげる。次はこちらが質問する番だよ。コスタビューテに来た目的は? 自己紹介と一緒に答えてくれるかな」
「それは既に知っている事なんじゃ……」
「うん。でも俺は人づてじゃなく、本人の口から直接聞きたいんだよ。確認作業だとでも思って。万が一間違っている情報が伝わっていたら困るでしょ」
「……分かりました」
先生の雰囲気が変わったことで、ノアの方にも影響が出ている。端的に言えばビビったんだろう。言葉使いがいくらかマシになった。ノアの俺たちを舐めた態度は腹に据えかねていた。大人気ないが内心でいい気味だと思っている。レオン様の目元の痙攣も治っていた。
「オレの名前はノア。連れの方はカレンです。歳は俺が17でカレンが13。コスタビューテに来たのは人探しのためです」
「人探しね。その人の名前も教えて。君たちとの関係は?」
「名前は『エルドレッド』です。関係は……主従かな。護衛みたいなこともしてましたけどね」
「君たちがそれぞれ公爵邸と王宮警備隊の中に紛れて生活をしていたのも、人探しの一環なのかな?」
「はい。カレンが公爵邸で働いていたのは旅の資金調達のためです。俺の方は正確な情報収集が目的で……」
ノアは先生の質問に淀みなく答えている。回答内容は我々が事前に聞き及んでいたものと、今のところ差異はない。だが、探し人の情報を得るために警備隊に侵入するのは何度聞いても首を傾げてしまう。憲兵隊の方ならともかく。『エルドレッド』を探す以外にも理由があったとしか考えられない。
「君たちが今このような状況に陥っている原因はきちんと理解できてる?」
「……はい」
「そう、それは良かった」
ノアに対して先生はずっと笑顔で対応している。常時であればその美しさに見惚れてしまうところなのだが……今はとても恐ろしいものに感じてしまう。先生の態度が違うだけでこんなにも印象が変わってしまうのか。
「人探し自体は罪にはならない。でも、君たちがその探し人のために犯した行為は完全にアウトだ。殺人未遂に軍内での諜報活動……相当厳しい沙汰が下るだろう」
「うー! ううっ……!!」
今まで大人しく先生とノアのやり取りを見ていたカレンが反応した。彼女はまだ口の拘束が解かれていないので発言をすることは出来ない。呻き声だけが室内に響いた。
「……何が望みですか?」
「うん? それはどういう意味だろう」
「罪人と言うのなら、さっさと投獄でも打首にでもすればいい。取り調べをするにしても、部下の兵士に命じれば済む。それなのにこの場には、王太子殿下……更にはどう見ても只者じゃない貴方がいる。お偉い方たちが危険を犯してオレたちと対峙している理由……何か特別な思惑があると捉えるのが普通では?」
「あら、もしかして怖がらせちゃった? だったらごめんね。思惑だなんて大層なものはないよ。でも、こちらの事情をくみ取ってくれるのならとても助かる。君たちにとっても悪い話ではない」
先生はわざと煽るような話し方をしているようだ。いつの間にか、ノアのちゃらけた態度もすっかりなりを潜めている。
「それじゃあ、その前に俺の自己紹介をしておこうか。どこの誰かも分からない相手と、腹を割って話は出来ないだろうからね。レオン、例の物をお願い」
「はい」
ここからが本番だな。レオン様に告げた『例の物』とは、メーアレクト様に送って貰ったシエルレクトの羽根。
先生はノアとカレンに羽根を見せれば、自分に逆らうことはないと豪語する。今の段階でも相当萎縮している気もするが、あの羽根の登場で更に追い討ちがかかるだろう。
「先生、お持ちしました」
「ありがとう。ここに置いてくれる?」
レオン様は小さな布包みをテーブルの上に置いた。ノアとカレンは包みを食い入るように見つめている。めちゃくちゃ警戒しているな。彼らは中身を知らないのだから当然か。
「ノア君、この包みを開けてみてごらん。大丈夫。危険なものではないよ」
なんと先生はノアに向かって包みを放り投げた。そして直接中身を確認するよう命じる。得体の知れない物体を強引に押し付けられ、ノアは狼狽えている。完全に先生に振り回されていた。なかなか包みを開くことが出来ない。
「君たちも知っているものさ。本体と違って噛み付いたりはしないから。ほら、早く」
先生に急かされ、逃げ場が無くなってしまったノア。観念して包みを開いた。中から出てきたのは案の定……薄く黄色がかった数枚の羽根だった。
「ね? 危ない物じゃなかったでしょ」
いけしゃあしゃあと……よく言う。ノアの手元が震えている。隣にいるカレンも相当驚いたのだろう。瞳が大きく見開かれていた。この反応で確定だ。先生の予想通りだった。彼らはこの羽根がニュアージュの神、シエルレクトのものであると即座に理解したのだ。驚き過ぎて言葉が出てこないノアを無視して、先生は淡々と会話を続行した。
「俺の名はルーイ。創造神リフィニティのもと、シエルレクトを始めとした神の眷属たちを指導、管理する役割を担っている。今は訳あってコスタビューテで教職をしているけどね」
『よろしく』と、先生は右手を伸ばして握手を求める。提示された情報がまだ飲み込めていないのだろう。ノアとカレンはシエルレクトの羽根を見つめたまま、石像のように硬直している。
伸ばされた先生の手は、もうしばらく放置されたままになりそうだった。