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レドニーの町に到着。道中、魔獣と遭遇しなかったのは、騎士団がグニーヴ城で、魔の森の敵を抑えているからだろう。
レクレス王子は、町に入る前にフードを被って臨戦態勢。自分の領民の町や村にも行けないとは、本当に苦労しているよねこの方は。
「まずは宿を取ろう」
クリストフは迷いがなかった。王子の退避場所を早々に確保しておこうということだろう。さすがに慣れているようだった。
初回に来た時と同様、町中を歩いている人の数はさほど多くなかった。それでホッとしてしまうのは、私も王子殿下の騎士団の仲間である意識のなせる業かもしれない。
町にある宿で今日は一泊する。物資を調達して明日、グニーヴ城に戻るのだ。
「一部屋ですか?」
「うむ……大きな声では言えないが、殿下をお一人にして何かあったら困るからな。同じ部屋で休んで、俺かお前のどちらかが側につかないといけない」
いざという時は盾となってでも守れ、とクリストフは言った。確かに第三とはいえ歴とした王子。その身辺警護は重要なのは当然だ。
今回も、お忍びで、一般騎士に擬装していなければ、もっとしっかり護衛もついていたはずだ。
とはいえ、私、ふたりの殿方と同じ部屋に泊まるのか……。どうか何もありませんように!
今日のお泊まりはクリン亭。町ではそこそこ大きな建物で、旅人やレクレス領に来た商人がよく利用しているという。クリストフが、取った部屋は3人部屋。ベッドはひとり一つずつあった。まずはひと安心。
「殿下、お加減は?」
「ああ、心配ない」
女性をあまり見掛けなかったおかげか、レクレス王子の顔色は悪くなかった。事情を知ってしまうと、町娘の姿を一瞬でも見掛けただけで私までビクリとしてしまう。
外はすっかり暗くなっていた。買い出しなどは明日することになった。クリストフは言った。
「アンジェロ。すまんが、1階の食堂で、食事を運んでもらうように言ってきてくれ。3人分な」
「あ、はい。わかりました」
王子殿下の体質もあるから、不特定多数の客がいる場所での食事が難しい。私は了解すると、部屋を出て1階へ。こういう町の宿は、大抵1階が食堂兼酒場となっている。
「おや、あなたは青狼騎士団の方ですかな?」
食堂で、私より年嵩の客から声を掛けられた。マントの下から覗く騎士団制服が見えたのだろう。
「そうですが……」
「騎士団の方がこちらに来たということは、ひょっとして橋の件ですかな?」
橋と聞いて、何人かがこちらを見た。商人とかそっち系の人たちかな? この宿、そういうお客さんが多いって聞いたけど。
「はい。でも、橋でしたら騎士団で修理しましたから、もう通れますよ」
正確には私が魔法で繋げたんだけれど。私に声をかけた男性は、顔をほころばせた。
「それは本当ですか。……おお、意外に早く直ったんですね」
「ご不便をお掛けしました」
「いえいえ、そんな騎士様。橋が直ってよかったですな」
私は騎士ではないんだけど……。それより、ちょっと簡単に頭を下げ過ぎてしまったかな? 相手を恐縮させてしまった。私は令嬢経験で培った笑顔を貼り付ける。
「橋は馬車も通れますから、商人の方いらっしゃいましたら、ぜひ城に物資をお届けください」
聞いていた客の何人かが笑顔を返してくれた。連れと商談に向けて話し合ったり、雑談に戻る客たち。
「お兄さん、美人だね」
「新人騎士さんかい? 頑張ってね」
そんな声を掛けられた。いや、美人とか……照れるなぁ。意外と好意的な声が多くて、悪い気はしない。
食堂で3人分の食事を部屋に持ってきてもらうよう注文して、元来た道を引き返す。何か若い娘たちから熱い視線を浴びているような……。
落ち着かない。でも、やはり食事は部屋に、というのは正解だ。こんな中にレクレス王子を連れていけない。
部屋に戻ると、ふたりともマントを外して、騎士団制服姿だった。……着替えなど持ってきていないから当然か。
「戻りました」
「おう、ご苦労さん」
クリストフは、入り口から一番近いベッドに座って、愛用の剣を磨いていた。レクレス王子はというと、窓際にいて、外の様子を警戒するように見ている。
「……あれ何です?」
小声でクリストフに尋ねる。
「慣らしているのだ。女性を見ても発作が出ないようにするトレーニングというやつだ」
ああ、そういうこと。でも、もう外も暗いから女性が一人歩きするようなこともない気がするし、そもそも暗くて見えなくなりそうだけど……。
とか言ったら、せっかく克服しようと頑張っているレクレス王子には悪いかな。
私もベッドに荷物を……と思ったら、真ん中はレクレス王子が自身の荷物を置いていた。入り口そばはクリストフだから、私は、いま王子が頑張っている窓側のベッドでいいのかな?
部屋で晩ご飯を取る。ドロドロに野菜が溶けたスープと混合パン。
クリストフは「城よりマシだが、アンジェロの料理のほうが美味い」と不満を言った。舌が贅沢になられたようだ。私が調味料を少し追加してやったら「マシになった」と食べていた。
そして日が落ちると、宿の照明の都合上、就寝時間となる。蝋燭などの明かりは、あってないようなもので、暗くなったらさっさと寝るのが常識である。
「寝る前に便所に行くが、お前も来るか? アンジェロ」
クリストフが声を掛けてきた。ゾクリと背筋が凍る。
私は絶賛男装中。トイレも男性用……。しかも複数の穴が並んでいるだけなので、他の誰がいてもお互いに丸見えである。これは女性用でも個室などないから、普通なのだけれど、今の私にそれはマズい……。
「忘れたのか、クリストフ。アンジェロは、人がいるところで用が足せない」
レクレス王子がフォローするように言ってくれたが、どこか呆れられているようにも聞こえた。しかしクリストフは真顔だった。
「そうでしたな。しかし、これ以上、暗くなると便所も危ないですぞ?」
足を踏み外して、下の肥溜めに落下、などという事故も聞く。
「オレたちがトイレに行っているあいだに、備え付けの壺にでもするだろう」
「……」
そうなのだ。夜中に用を足したい時は、専用の壺や尿瓶にするのがこれまた普通だった。……私にとっての不安が、トイレの心配とか。虚しいったらありゃしない。
ええ、しましたとも。ふたりが気を利かせて出ている間に、壺にいたしましたとも。
夜は……隣のベッドで寝ている王子様より、クリストフのいびきが五月蠅かったのがすべてをぶち壊した。レクレス王子は平然と寝ている不思議。仕方ないので、その素敵な寝顔を見つめて、騒音を紛らわした。
……ええ、いろいろ重なって眠れませんでした。