コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
たぶん寝た。いつの間にか寝ていた。
一応、男として一緒にいるから、襲われるとか考えるだけ無駄なのだけれど、落ち着かなかったのは事実ね。
昨晩と同様、朝食は食堂から持ってきてもらって、今後の行動の打ち合わせをする。私は予定通り物資の買い出しに。レクレス王子はクリストフと町長の家を訪問するという。
「ここまで来たのだ。挨拶はしておかないとな」
ついでに最近の情勢についての話し合いもしてくるという。王子は、この領地のトップだから筋は通っている。
「先触れは出したのですか?」
いついつ訪ねますよ、というのを事前に伝えておくことを、先触れという。
「……いや、非公式な訪問だからな。事情は察してくれよう」
レクレス王子はそう言ったけれど、迎えるほうはとんでもなく大変なことになる。私は貴族の家に生まれたから、偉い人が来るというのは前もって伝えておくのが礼儀だと知っている。失礼があったら、とんでもなく面倒なことになるので、相手に準備期間を与えるのは当然の配慮である。事前に連絡しなかったために、いざ訪れたら相手が留守だった、ということもあり得る。
この場合、王子様が来たのに当主不在とか、たとえ王子側がいきなりだったとしても、迎えられなかった方も醜聞が立つことになってしまう。
そんな私の視線に気づいたか、レクレス王子はばつの悪い顔になる。
「非公式だ。留守だったとしても、町長は悪くない」
「……」
いいのかな。いくら王子様でも……むしろ王子様だからこそ、しっかりしないといけないところではないかしら?
「妙なところで貴族的な儀礼を気にするのだな」
レクレス王子は疑うような目を私に向けた。
「お前、実は貴族の生まれか?」
「い、いえ、そんな……ただのしがない冒険者ですよ、ボクは」
貴族の出なんて勘ぐられるのは潜伏している身としてはよろしくない。王族だから、貴族についてはある程度、聞いたり知ったりしているに違いない。私が侯爵家の出など悟られたりするきっかけになってしまうかもしれない。
時には無知を演じる必要もある、ということだ。
私は物資の調達に。青狼騎士団の制服って、地元商人に対して身分証明以上に役に立つと実感することになった。
なお、商人のひとりには、私が女に見えた模様。
『女嫌いで有名な王子様が騎士団に女を入れるわけないですよねぇ』
あはは……。私も苦笑いするしかない。
なお、行商だという商人が、城に戻るなら荷物運ぶついでに護衛してもらえないかと持ちかけられた。行きはいいけれど、帰りは護衛つけられないですよ、と言ったら、それでもいいというので、了承する。帰りは積み荷がなくなっているから身軽だから、と言っていたが……本当に大丈夫? お金持っている時が一番危なくない?
調達した物資をアイテム袋に入れ、さらに橋が直ったのなら、と商人たちがグニーヴ城へ行くというのを取りまとめる。――こんなところかなぁ。
同行する商人たちと、お喋りをして時間を潰す。
魔の森が近くにあるが、ここ最近被害がないのは青狼騎士団のおかげ、とか。
王子様は真面目な方で、女性嫌いではあるけれど、騎士たちをきちんと統率しているから、町や村で騎士が問題を起こすことがない、とか。……それで私に対しても、割と応対が柔らかいのか。
青狼騎士団が地元から嫌われていたら、確かにこんなにすんなり商談がまとまったりしない。レクレス王子は、統治者としては、好意的に見られているほうなのね……。女嫌いだけれども!
少ししたら、フードで頭を隠しているレクレス王子と、いつもの様子のクリストフと合流した。商人が同行します、と言ったら、王子様は「わかった」とだけ答えた。
そして、私たちはレドニーの町を出て、グニーヴ城への道を進んだ。町や村を出たら、盗賊やモンスターに気をつけろ、とはよく言われているけれど、レクレス王子領を歩いて、その手の存在と今のところ、出くわしていない。
比較的治安がいい印象。魔の森からの魔物を青狼騎士団が抑えているというのが本当なら、確かに騎士団への好意も理解できるわね。
かくて、私たちはグニーヴ城へ帰還した。アルフレド副団長が出迎えてくれる。
「お帰りなさい、団長。クリストフ、アンジェロもご苦労でした。……馬車が来たということは、橋は直ったのですね」
「ああ、アンジェロが魔法で橋を直した」
レクレス王子が告げると、眼鏡の副団長は驚いた。
「アンジェロが?」
「うむ、魔法だ。戦場で攻撃魔法や回復魔法は見てきたが、まさか石の橋を繋げてしまうとは思わなかった」
「にわかには信じられない話なのですが……クリストフ?」
「ええ、俺も見ました」
クリストフは強く頷いた。
「大したものです。値千金の働きをしてくれました」
「いや、そんな……」
そんなに褒められると照れてしまう……。男の人って、魔法とか派手なのが好きで、地味ーな魔法はあまり評価してくれないものだと思っていた。
「そうでしたか。それは素晴らしい! アンジェロ、よくやってくれました」
いえいえ……。赤面してしまう私。
「ともあれ、継続して物資の補給路が再び繋がったのは喜ばしいことです。アンジェロに魔法の才があるなら、前線でも働けますね」
へ? 前線……? 話が見えないのは私だけ……ではないようで、クリストフが言った。
「アンジェロを前線って、飯はどうなります? 俺はあの不味い飯はもう嫌です」
「それなら心配ありません。実は今朝、城に就職希望者の集団がきまして、その中に王都で貴族の料理担当をしていたという人材がおりましたので、専属の料理番として雇いました」
「王都で?」
レクレス王子も首を傾げる。
「よくそんな人材が、こんな辺境くんだりまで来たな」
「何でも雇用主とトラブって王都にいられなくなったとか。就職先を探して放浪していたらここにたどり着いたようで」
「その新しい料理番は、腕はいいんですか?」
不味い飯は食わないぞ、と言う顔をしているクリストフである。アルフレドは肩をすくめた。
「ええ、腕はアンジェロに引けを取りません。あの料理で舌が肥えてしまった団員にも受け入れられるレベルです。これでアンジェロも希望の通り前線で行動できますよ」
スマイルを浮かべるアルフレド。私は別に戦いたくてここに来たわけじゃないんですけどねー……。
「そもそも、戦うために来てくれたのに、料理番を任せるようなことになっていて、君も不本意だったでしょう」
「え……ええ、まあ」
そうだよね。普通に考えたら、冒険者としてやってきた人間なら、前線希望と思われるよね。
「アンジェロは魔法に長けているからな。一緒にいてくれるのは心強い」
レクレス王子が、さらりと言ってのけた。わ、私がいると心強い? うわ、どうしましょ。ちょっと気分がよくなってきた。
そんな風に思われているなら、私、頑張っちゃうよ!