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アスカの無垢な疑問により大ダメージを負ったものの、シャーリィ達は川を下りルイスが待つ下流の野営地を目指して移動を開始した。
「敵は居ないのですか?」
「……あの後、なんだか騒がしくなってた」
「騒がしく?」
「お姉さま、『オータムリゾート』が作戦を開始したのかもしれません」
「『オータムリゾート』が?」
「はい、今回の騒ぎに乗じて十六番街を手に入れるために攻勢を準備していましたから。お姉さまを見付けた旨は伝えていますし、それに合わせたものかと」
「レイミは『オータムリゾート』と関係が?」
「私を拾ってくれたのはリースさんです。それからは『オータムリゾート』でお世話になっています」
「そうだったのですか。お義姉様には最大限の感謝を送らないといけませんね。それと、出来る限りの便宜を図らないと」
シャーリィは恩返しを考える。
「それでしたら、果物をもっと安価で取引させてください。リースさんは甘いものが大好きで、最近は農園産の果物ジュースを飲んでいますから」
レイミはそれに対して方法を提案する。
「お安いご用です。お義姉様個人には無料で提供するのも悪くはないでしょう」
「リースさんも喜びますよ。それよりお姉さま、脚は痛くはありませんか?それに肩も」
「とても痛いですよ。今すぐにでも鎮痛効果のある薬草を食べたいくらいです」
肩の傷は氷で覆って止血しただけであり、なにより裸足のまま河川敷を歩くのだから石などが容赦なくシャーリィの素足を傷つける。
「……シャーリィ、履く?」
アスカは自らのサンダルを指しながら提案する。
「いけません、アスカが怪我をしてしまいます。今は我慢しますよ」
明らかに痩せ我慢ではあるが、それでもシャーリィはしっかりと歩いていく。
真夜中で月明かりのみが頼りの河川敷を歩くこと一時間、一行はようやく下流に到着した。
「この辺りは厳重に警備されていたはずですが」
シャーリィは辺りを見渡しながら首をかしげる。周囲は静けさを保ち、夜の虫が僅かに鳴く程度である。
「お姉さま達を包囲するために全戦力を投入したのだと思います」
「それで失敗したから逃げられると。教訓にしなければいけませんね」
「……匂いがする。こっち」
アスカに先導されて少し進むと、下流にある斜面に誰かが立っているのが見えた。
自然とレイミは身構えるが。
「レイミ、大丈夫ですよ」
「……ルイス、シャーリィを連れてきた」
アスカが影に声をかけると、緑髪の青年が姿を現す。
「シャーリィ、無事だったんだな」
「ルイ、心配をかけました」
「いや、こっちこそ守れなかった。ベルさんに会わせる顔がねぇよ」
悔やむルイス。
「それを言うなら私の短慮が招いた事態です。全ての責任は私にあります」
「……わかった、この話は無しだ。歩けるか?」
「まだ歩けますよ」
「強がるなよ。ほら」
ルイスは背を向けてしゃがむ。
「ルイ……?それは……」
「ほら、早く乗れよ。じゃないと俺は一歩も歩かないからな」
シャーリィの性格をよく知るルイスは先んじて行動を起こす。
「……ありがとうございます」
そのままシャーリィはルイスに背負われる。脚の痛みが限界に来ていたのも事実なのだから。
「それで、お姉さんは?シャーリィの知り合いか?」
シャーリィをおぶったルイスはレイミを見る。
「ルイ、レイミですよ。私の大事な妹です」
シャーリィが自慢げに紹介する。
「へぇ、生きてたんだな。それは良かった。ルイスだ、宜しくな」
ルイスは敢えて発育の違いから目を逸らした。
「レイミと申します。お姉さまと随分親しい様子。詳しくお話を聞かせてくださいね」
レイミは笑顔だが圧を感じたルイスは、正しく地雷を踏み抜いたことを実感した。
あのシャーリィが溺愛する妹なのだ。当然熱烈に姉を慕っている可能性を考慮すべきだったとルイスは後悔した。そしてその可能性は的中しているのだが。
「ぉ、おう」
「どうしました?ルイ?」
背負われたシャーリィは首をかしげる。
「妹さんに宜しく紹介してくれ、頼むから」
冷や汗を流しながらルイスは答える。
それを見てシャーリィは少し考えて自分とルイスの関係を最愛の妹に伝える。
「彼氏です」
「ギルティ」
「待て待て待て!」
この姉にしてこの妹である。
「詳しい話は落ち着いてから問い質すとして」
「問い質すのかよ」
「どうされますか?お姉さま。このまま脱出を目指したいところではありますが」
「ええ、このまま脱出して農園へ向かいます」
「シスター達はどうするんだよ?シャーリィ」
「シスター達なら心配は無用と判断します。先程の騒ぎにも気付いている筈ですから」
「まあ、滅茶苦茶強いからな。それで、どうやって抜けるんだ?」
「市街地には戻らずに一度町を出て大きく迂回しながら農園を目指します。郊外にあるのが幸いしましたね」
シャーリィのプランを聞いてレイミが懸念を伝える。
「お姉さま、それですと『ラドン平原』を進むことになります」
ラドン平原。それはシェルドハーフェン周辺に広がる広大な平原で、有数の港町らしく大きく整備された街道が通っている。
だが街道以外の場所は強力な魔物が住み着き、更に野盗が跋扈する帝国有数の危険地帯である。
「覚悟の上です。私達を取り逃がして『エルダス・ファミリー』は死に物狂いで探しに来る筈。市街地を通るのは危険です」
「どっちがマシなんだろうな?」
「直接私達を狙っていないだけ平原の方がマシですよ。私はこの有り様なので足手まといになってしまいますが」
「ずっとおぶっててやるさ」
「いえ、町を出ればお姉さまの移動手段を用意できますよ」
「えっ?」
一行は下流を進み遂に見渡す限りの大草原に出る。
そしてレイミはピィイイイッ!と指笛を鳴らす。しばらくすると立派な黒毛の馬が駆け付けてきた。
「私の愛馬、ダッシュです」
「……ダッシュ?」
アスカが首をかしげる。
「……速く走るからダッシュです」
ちょっと恥ずかしそうにレイミが紹介する。
「いや、妹さん。その名前は……なあ?シャーリィ」
「可愛らしい名前ですね」
姉は花が咲いたような笑顔である。
「あっ、だめだ。これ妹のやること全部認める奴だ」
「私はレイミの姉ですよ?私が肯定しなくて、誰がレイミを肯定するのですか?私が全てを認めてあげるのは当たり前です」
「お姉さま!」
堂々と宣言するシャーリィ、感激するレイミ、我関せずでダッシュに触れるアスカ、いつもと違いテンションが高いシャーリィに頭を抱えるルイス。四人の逃避行は最終局面を向かえていた。