星々の彼方へと飛び立つ、巨大な船……
そこに描かれた印の意味を理解できる者はいないだろう。
星の輝きが失せる時……
それは始まりを告げる鐘の音となる。
海の底からやってきた異形の怪物たち……
それらは、星神の代理人として地上に現れた。
彼らは、ヒトを創造した神の代わりに、 その罪を裁いて罰を与えはじめたのだ。
それは、まさに天上の地獄であった……。
彼らは、人の心を暴き、惑わせて弄ぶことを好み、 また、人の心に潜み、人を喰らって堕落させることを好んだ。
彼らこそは悪そのものであり、人類にとっては敵である。
だから、彼らが滅びることを願うことは間違ってはいないはずだ。
それでも……
その願いが、叶うかどうかは別問題なのだ。
今はまだ、誰も知らない……。
星神よ、私を導いてください!……
空を舞う鳥たちの羽音を聞きながら、 彼女はゆっくりと目を覚ます。……まるで眠り姫のように。
天窓から差し込む光が、彼女を照らす。
それは、まぎれもない現実なのだけれど。
彼女が望めば、いつでもその光を失うことができるのだ。
ふらりと立ち上がって、 彼女は部屋を出る。……そして、また戻ってくる。
少し疲れているようだけど、 いつも通りの様子に見える。……
あの日のことは忘れないわ……。
だって、あなたが来てくれたんですもの……。
私はね、あの時とても嬉しかったの。
だから、あなたのことも覚えていたかったの。……ごめんなさい。
本当はもっと早く気づいていたはずなのに……。
あなたはとても優しい人だったから、 きっと無理をしていたのよね。……でも、それも今日までです。
もう、迷う必要なんてありません。
さあ、行きましょう。……私たちの新しい家に。
ずっと前から用意していたんですよ。
素敵なお庭もあるんですよ。
みんなで一緒に遊びましょうね。……
彼女の足元には、血溜まりがある。
そこに沈んだ少女の姿が見える……。……
ねえ、どうしてそんなことを言うの?……私が嫌いになったの? お願い、答えて……。……
そう。……それじゃ仕方がないですね。……
いいえ、いいんですよ。……あなたが決めたことなら。……
そうですか。……そうでしょうね。……お気遣いなく。……それは、とても嬉しいですわ。
ありがとうございます。……えぇ。はい。もちろん。
私もあなたを信じていますよ。……では、また後ほど。……いえ、気になさらないでください。
私のほうこそ、無理を言って申し訳ありません。……わかりました。それでは、お願いします。……ごめんなさい。……でも、やっぱり私は行けないんです。……本当に、すみません。……はい。……そうですね。……おっしゃるとおりだと、思います。……あぁ、こちらこそ失礼しました。……はい。……どうぞよろしくお願いします。……えぇ。……どうか、お元気で。……そういえば、あなたはいつも笑っていた気がします。……ふとした時に見せる笑顔が印象的で……。……そうでしょうか?……そうかもしれませんね。……えぇ、私もよく覚えていますよ。……あなたのことを。……ありがとうございます。……あの時、私がもう少し早く決断していたら……。いえ、なんでもないです。忘れてください。……そんなことはありません。……あなたは優しい方です。……はい。……では、またいつか会いましょう。さようなら。
月明かりの下……
夜の海を進む船上……
穏やかな風を受けながら、 少女は甲板の手すりにもたれていた。
「こんな時間に何をしている?」
背後からの呼びかけに振り返ると、そこには船長がいた。
少女は小さく微笑み、「少し考え事を」と答えた。
「悩み事なら相談に乗るぜ」と船長。
少女は首を振ると、空に浮かぶ月を見上げた。
「大丈夫ですよ。大したことではありませんから……」
船長もつられて月に目をやる。
すると突然、少女は何かを思い出したかのように言った。
「……そういえば、聞いたことがあります。月にはウサギがいるって」
「なんだそりゃ?聞いたこともないな」
呆れた顔を見せる船長に、少女はクスッと笑うと言った。
「実は私も知らないんですけどね」
船長の顔に困惑が広がる。
「おいおい、勘弁してくれよ……」
苦笑いを浮かべる彼に、少女はいたずらっぽく笑って見せた。
そして再び月へと目を向ける。……不思議そうな顔をして、船長もその隣に並ぶ。
ふたり並んで見上げる夜空には、 煌々と輝く満月が浮かんでいた。……いつの間にか、雲に隠れて見えなくなってしまったけれど。