テラーノベル
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ルシンダは今、レヴァイン大渓谷の雄大な自然の中を突き進んでいた。目指しているのは、もちろん国王にかけられた呪いの力の源である悪魔だ。
先頭はクリス、ライルが最後尾につき、その間をルシンダとアーロンが歩いている。
迷いのない足取りで進むアーロンの横顔をルシンダがちらりと盗み見る。
(まさか、アーロンも同行することになるとは思わなかった……)
昨日、ルシンダとクリス、ライルで悪魔の捜索に当たることを伝えたとき、アーロンが自分も一緒に行きたいと申し出たのだ。
何があるか分からない、国王陛下が倒れてしまった今、第一王子であるアーロンまで危険に晒すことはできない──。
クリスとルシンダでいくつも理由を挙げて止めようとしたのだが、アーロンの決意は固かった。
『ユージーン兄上だって父を助けようと尽くしているのに、私だけ何もしないままでいたくはありません。それに、母も責任を感じて塞ぎ込んでいて……。母のためにも、息子である私が何とかしたいのです』
そう言われてしまえば、承諾するほかなかった。
そして今朝支度を整え、馬車に乗って四人でレヴァイン大渓谷へとやって来たのだ。渓谷の中はさすがに馬車では進めないので、入り口で下車して、そこからは徒歩で探索をしている。
「──それにしても、いくら人目を避けるためとはいえ、こんな鬱蒼としていて魔獣もいる場所に隠れるとは……」
アーロンが、木の枝から垂れ下がった蔦を手で払いながら呟く。
「それだけ悪魔の力が強いということでしょうか」
ルシンダの推測にクリスが同意する。
「その可能性はあるな。数ではこちらが勝っているが、油断はしないほうがいい」
「分かりました」
「だが、何かあっても必ず助けるから心配するな」
「は、はい……!」
穏やかに微笑むクリスと、少し頬を赤らめているルシンダ、その光景から目を逸らすように遠くに視線を向けるアーロン。
三者三様の表情を、ライルがひとり静かに見つめていた。
◇◇◇
その頃、王宮ではユージーンが国王の治癒にあたっていた。
魔力を惜しみなく使い、苦しそうに息を荒くしている国王に水魔術による治癒を施す。
しばらくして呼吸が落ち着いたのを見届けると、ユージーンは国王の寝室を出て、庭園に続く外廊下へと向かった。
歩きながら、いろいろなことが頭に浮かんでくる。
ルシンダは今頃どうしているだろうか。危険な目には遭っていないだろうか。悪魔はすぐに見つかるだろうか。国王の呪いを解くことはできるだろうか。それまで自分の治癒の力で持ち堪えさせることができるだろうか。
きっと大丈夫だと思いたいが、どうしても悲観的な考えが頭を占めてしまう。
「はぁ、こんなんじゃだめだ」
「何がだめなんですか?」
突然、背後から声をかけられ、ユージーンはびくりと肩を揺らした。
「……なんだ、ミア嬢か」
そうだろうと思ったが、振り返った先にいたのは、やはり彼女だった。
ミア・ブルックス。
ユージーンの一つ年下で、ルシンダの親友。
そして、ユージーンやルシンダと同じ転生者だ。
ピンク色の髪を風になびかせ、きょとんとした顔でこちらを見ていた彼女だったが、すぐにその綺麗な青い眼をまん丸にして驚きの声を上げた。
「ちょっと、顔が真っ青じゃないですか! どうしたんです!?」
「ああ、少し魔力を使い過ぎたかもしれない」
どうやら、自分が倒れてしまわないぎりぎりのところまで魔力を使ったせいで、顔色が酷いことになっていたらしい。
「少しというか、行き倒れ寸前ですよ。こっちに来てください!」
心配したミアが強引にユージーンの腕をとって近くのベンチへと連れていく。
「ほら、ちょうど今、わたしのお手製ドリンクがあるので飲んでください」
ミアが白衣のポケットから、紫色の液体が入った瓶を取り出す。
「いや、これどう見ても毒──」
「大丈夫だから飲む!」
「えっ、うわ、ちょっ……」
なかば無理やり毒物的な液体を飲まされたユージーンは、けれどその意外と馴染みのある味わいに驚いた。
「……思ってたより美味しかった。前世の栄養ドリンクみたいな味だな」
「そうでしょう、あの味を目指して作ったんですから」
ミアが得意げに胸を張る。
「味だけじゃなくて、効果もばっちりですよ。あなたの顔も血色がよくなってます」
「たしかに、体力が回復した気がする」
「エリアスに訊いて、体力回復効果がある薬草も混ぜましたからね」
「そうなのか、さすがだな。貴重なドリンクを分けてくれてありがとう」
「いえ。徹夜連勤には栄養ドリンクがないとと思って個人的に作ったんですけど、お役に立ってよかったです」
「……なんだか、前世での君の仕事の様子が思い浮かぶよ」
ユージーンが思わず苦笑すると、ミアもふっと笑みを浮かべた。
「そうですね、前世はなかなかハードな職場だったかもしれません。でも今世では一応ヒロインなおかげか、わりとなんでも上手くいくからありがたいですよ」
「ああ、君がヒロインで、ルーが悪役令嬢、僕がラスボスってやつか」
「そうです。結局ルシンダもあなたも転生者だったから、どんどんストーリーが変わっちゃいましたけどね」
ミアが懐かしそうに笑う。
「そうか、君は原作に詳しいんだったな」
「ええ。だから、それぞれ辛い境遇だったみんなが今は立派に成長していて感慨深いです」
「何目線なんだそれは……」
ミアの返事に思わず突っ込みを入れてしまいつつも、乙女ゲームオタクである彼女に、つい訊いてみたくなった。
「……その乙女ゲームで、危機的状況の男キャラがいるとして、彼が救われるにはどうしたらいいと思う?」
「危機的状況?」
「ああ、たとえば暗殺者に狙われている、とか」
暗殺者というか、悪魔と契約した乳母であるが。
「暗殺者に? 『恋まほ』の攻略対象にはそんな設定ありませんでしたけど」
「そうだよな。すまない、忘れてくれ」
首を傾げるミアに謝り、話を終えようとしたユージーンだったが、「でも」というミアの声に振り向いた。
「わたしと結ばれれば、みんな救われてハッピーエンドになるはずですよ。なんたって、わたし、ヒロインですから!」
思いも寄らなかったミアの回答に、ユージーンはぽかんと口を開いたまま固まる。
けれど、ミアの自信たっぷりな表情を見ていたら、なぜだか可笑しさが込み上げてきて、声を上げて笑ってしまった。
「え? そんなに笑って、馬鹿にしてます?」
明らかに笑いすぎているユージーンを、ミアが不満げに睨む。
「いや、馬鹿になんてしてないよ。ただ、僕ももっと楽観的になっていいような気がして」
「それでそんなに笑います?」
「ごめんごめん。でも、笑いたくなるくらい気分が明るくなったってことだよ。たしかに、君と結ばれたらハッピーエンドになれそうだな」
笑いすぎて涙が出てきた目元を拭いながらそう言うと、ミアは「な、なんですか急に……!」と照れたようにそっぽを向いた。
「その栄養ドリンク、また今度もらってもいいかな?」
「ま、まあいいですけど!」
耳を赤くしているミアの横顔を見つめながら、ユージーンは沈んでいた心が浮上してくるのを感じた。
──きっと、大丈夫だ。
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