藤澤さんはしばらく顔を伏せたままでいた。時々しゃくりあげるように肩が揺れる。俺は彼が落ち着くまでそっとその肩に触れていた。
「……わかった」
手の甲で涙を拭いながら、藤澤さんが顔をあげた。先ほどまで戸惑いに揺れていた瞳には、いまは確固たる意志が宿っている。
「大森君の音楽の才能とそのやる気があるなら、バンドの話は現実的かもしれない。さっきの話を聞いてもまだ大森君が僕を必要としてくれて、そのうえであのメンバーで目指そうというのなら、僕も乗る」
よっしゃ。今度こそ俺は実際にガッツポーズを作る。
「でも、その口ぶりからすると、俺が藤澤さんのこと好きって話は受け入れてもらえないんだろうなぁって感じなんですけど……」
おそるおそる上目遣いになりながら彼に尋ねると、彼はうっと言葉に詰まってから
「うん。気持ちはありがたいけれどそれは……」
「でも可能性はゼロじゃないって思っててもいいですか?」
えっ、と藤澤さんは困惑したように俺を見る。
「可能性というか、その、まず現実的じゃないと思うんだよね」
「さっきから現実的とか現実的じゃないとかって言ってますけど、それってどういう意味なんですか?」
何を言ってるんだ、といわんばかりの彼の表情。まぁ何となく彼の考えていることは分かるけれど。ここで物分かり良く引き下がるのはなんだか気に食わない。
「だってまず、俺たち男同士でしょ。だから世間の目とかもいろいろあるし、障壁も多い。正直普通のカップルより付き合っていくのは難しいし、しかもバンドを組むなら仮にそこで別れたりとかして気まずくなったりしたらその後の活動にも関わってきちゃうかもしれない。リスクも大きすぎるよ」
なるほど、と俺は頷いてみせる。
「でも困ったな~俺、藤澤さんのこと本気で好きなのに。絶対幸せにしますよ?」
「っ!そんな簡単に本気で好きとか絶対とか言わないでよ。100%実現することとかありえないのに!大体大森君、男と付き合ったことあるの?」
少し怒ったように藤澤さんが語調を強める。
「ないです。男性を好きになったの藤澤さんが初めてだし。藤澤さんはあるんですか?」
藤澤さんは少し言い淀んでから、吐き捨てるように言う。
「あるよっ、僕は……ゲイだし」
隠してて悪かったけど、と続ける彼に俺は、良かった、と笑う。
「可能性ゼロじゃないって思っていいですか」
「大森君って人の話こんなに聞かない子だったっけ?!だいたい男同士で付き合ってうまくいくわけないじゃんか。しかも君はもともとヘテロ(※異性愛者のこと)だろ」
「別にそんなのやりようはいくらでもあると思うんですよ。人と人との関係性だって音楽と同じで。そりゃ、最初に思い描いてたこと全部現実にするなんて、そんなのはよっぽどじゃない限り無理かもですけれど、少しずつ形を変えながらでも柔軟に当初の目標を達成することはできると思うんです。だから藤澤さんが俺のこと好きになる確率も、その後ずーっと仲良く過ごせる確率も0%である確率は『100%はありえない』ってこと、そうでしょう?」
なんだそれ、無茶苦茶だ、と藤澤さんは可笑しそうに、でも苦しそうに笑った。
「でも、ごめん。今の僕はやっぱり君の気持ちには応えられない。……忘れられない人がいるんだ。多分君も気づいていると思う。だから、君の申し出に頷くことはできない」
「分かってます。覚悟の上ですよ……だからさっきから言ったじゃないですか、俺があの人を超えてみせるって」
藤澤さんの瞳が揺れる。
「藤澤さんが俺の方がいいってなる日がくるまで俺は諦めずに貴方を口説き続けます。貴方に向けて音楽を紡ぎ続けます、貴方に一番近い特等席で」
藤澤さんははっと目を見開いてから、またぼろぼろと涙をこぼし始める。俺はそんな彼を思わず抱きしめた。
「俺、諦めが悪いんです」
いつか、本当の意味で貴方を手に入れてみせる。そう固く心に誓い、俺は彼をしっかりと、しっかりと抱きしめた。藤澤さんの右耳に鈍く光る緑色のピアスを眺めながら。
大森君の言葉ひとつひとつが俺を鋭く刺して、やわらかく包んで、彼の紡ぐ音楽と同じように確固たるものとしてそこにあり続けた。それがなぜか苦しくて悲しくて、子供のように泣きじゃくった。大森君はそんな俺が落ち着くまで抱きしめ、背中をそっと撫でてくれていた。俺が落ち着いてきたころを見計らって
「あぁ、でも、バンドのことオーケーもらえてよかった」
大森君がほっとしたように息を吐く。
「藤澤さんはまっすぐなひとだから」
いつかのシュンの言葉を思い出し、どきりとする。俺はまっすぐだから、やりたいことは曲げないだろうと呪いを残した彼。
「だから、こっちを向かせてしまえれば勝ちだなって」
思わぬ言葉に、ん?と首を傾げる。
「僕が先生になるって進路を曲げないとは思わなかったの?」
その心配もありましたけど、と大森君は少し考えるようにしてから言葉を続ける。
「ピアノ室でもステージ上でも、藤澤さんは本当に楽しそうに音と向き合うから、この人は本当に音楽が好きなんだなって。だから、藤澤さんがこっちを向いてくれるような音楽を提供し続けられますよ、俺といたら飽きさせませんよってことを分かってもらって、「やりたいこと」になってもらえたらこっちにまっすぐになってくれるなって」
ステージの上の藤澤さんを見てたらそれくらい分かりますよ、と彼はいたずらっぽく笑った。また目頭が熱くなって、俺はそれを悟られないようにと慌てて俯いた。
※※※
残り2話です!残りもよろしくお願いしますー!
制作裏話2です
読まなくても(以下略)
この物語は大きく分けたら2つの「呪いをとく物語」になっていて
前半は涼ちゃんがもっくんを、後半はもっくんが涼ちゃんを、過去にした経験にとらわれているものから救い出す物語にしたいなぁと構想したものです。
みんな誰でも過去にとらわれる部分は多かれ少なかれあって、そんな中でどちらか一方が救われる側なのではなく、互いに救われるような存在であってほしい。
そう思ってふたりを描いた物語です。
でもそんなわだかまりって簡単に解けるものじゃない。
少しずつ時間をかけてほどいていくしかないものもあって、今回は涼ちゃんのメインの「呪い」がそれです。彼らが時間をかけて向き合っていく様をどこまで描くか描かないかは迷った部分でもありました。
コメント
14件
もっくんの言葉一つ一つが、、、😭 どうか涼ちゃんの呪いもとけて二人で幸せになれますように 大好きな作品なので残り2話なの寂しいけれど、完結も楽しみでいますごいうわぁぁってなってる(笑)
タイトル回収最高すぎます!!😭😭残り2話も楽しみにしてます!!!🥹❤️💛
もう、小説家になれるよ、てか、小説家だね(´ー`*)ウンウン 伏線も回収も最高すぎるし… 後2話かァ、早いなぁ、私は古参になれているだろうか(なりたいだけぇ これからも、応援してます!