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空港内にあるカフェはかなり人でごった返していた。搭乗手続き待ちの人も、見送りの人も、逆に迎え待ちの人もいるのかもしれない。シュンは入り口で店内を軽く見渡してから


「暑いかもだけど、屋上の展望デッキのほうがゆっくり話せるかもしれない」


と気づかわしげに俺を見た。俺が暑さを苦手としているのを考慮してのことだろう。


「飛行機の飛ぶのがみれるとこでしょ、いいじゃない。僕ああいうの見るの大好きだよ」


俺が微笑みながら頷くと、じゃあ手続きだけして荷物預けてきちゃうよ、と彼は受付のほうに駆けていった。彼の乗る飛行機の搭乗時刻まで二時間。時間は十分にあった。


猛暑日のせいだろう。展望デッキにはあまり人は見当たらなかった。風も通るし、日陰ならそんなに暑くはないのだが、空港内にはいくらでも快適に過ごせる場所があるから、わざわざここで過ごそうという人は少ないのかもしれなかった。


「おわー、みてみて、あれポケモンじゃない?」


「ANAのポケモンジェットだろ。ほんとポケモン好きだよなぁ」


「えーだってかわいいもの。あれどこ行くのかなぁ、シュン乗るやつじゃない?」


そうだったらここで話してる場合じゃないよ、と彼は呆れたように笑った。俺はぼんやりと色とりどりの飛行機が次々と降りてきたり、飛ぶために走って行ったりするのを眺める。しばらくしてシュンは


「今回はインフルならなくてよかったな」


と言った。


「そうだねぇ」


俺がのんびりとした口調でそう返すと


「本当にインフルだったなんて思わなかったんだよ、あの日はごめん」


珍しく素直だ。俺は苦笑する。


「僕が逆の立場でもそう思ったと思うよ。タイミングが悪すぎたし」


一歩踏み出して、柵の金網に指をかける。かしゃん、と軽く金属が擦れる音がした。真っ赤なジェット機が降りてくる。あれはどこの飛行機だろう。どの国から人を乗せてきたのだろう。そして今度はどこの国へ行くのかな。


「あの日、本当はやっぱり待っててくれっていうつもりだったんだ。言うことを変えてかっこ悪いっていう自覚もあったんだけど、不安定でも現実的じゃなくても涼架との未来を一時の心の安定のために確かなものとして手にしていたかった」


そうだったんだ、と俺は呟いた。前までの俺なら泣いて喜んだだろうか。少なくともあの日、ここに来れていたなら、今の俺たちの関係はもっとずっと違っていただろうという気はした。でも分かんないな。ほら、俺たちっていつもタイミングが悪いからね。


「狡くてごめん」


「……お互い様だよ」


人はどうしても自分勝手な部分を持つ生き物だから。慣れ親しんだ相手ほど我儘に、大事な相手にほど狡く、立ち回ってしまう。それ以上は何も言わずに、また飛行機を見始めた俺の姿を見てシュンは


「向こうの研究室で来年度以降もみてもらえることが決まったよ」


「それは、おめでとう……!」


思っていたよりも自然と祝福の言葉が口をついて出た。素直に嬉しかった。彼がどれだけそれを夢見てきたかを俺は知っていたから。


「ありがとう……だから、来年の夏はこっちに帰ってこれないと思う。大学院も向こうで進学するつもりだ」


「そっか……ちゃんと夢の実現に進んでるんだね。すごいなシュンは」


おそらく俺はまだ心のどこかでほんのりと彼のことが好きで。でももう本当に今度こそ大丈夫だ、と俺は少し寂しそうに笑う彼の笑顔を見ながら思った。


「それは涼架も同じだろ……いや、先に進んでるという意味では涼架のほうが、かな。今日も集まるんだろ?」


「うん、バンド名いい加減決めなきゃって」


まだ決めてなかったのかよ、と呆れたように彼は笑う。


「悪かったな、わざわざ成田まで」


「ううん別に。これで帰ったらちょうどいいくらいだし、久しぶりに空港も来てみたかったし」


そっか、とシュンは頷く。


「じゃあ、大森君にもよろしく言っといて。……俺はもうちょっと飛行機みてから行くよ、元気でな」


そういって彼は手を振ってみせる。俺も、うん分かった、じゃあ元気でねといって手を振り返した。そのまま彼のもとを離れていって、デッキの入り口のドアに手をかけたとき


「涼架!」


と名前を呼ばれ振り返る。遠いので、表情はよく見えない。


「……ドイツは、日本酒ないけどビールはうまいから!」


なんだそりゃ、と俺は笑う。


「いつかツアーで行くよ!チケット送る!」


ごおっ、とジェット機の大きな音がした。ちょうどその時にシュンがもう一度何かを叫んだような気がした。でも気のせいかもしれない。俺は大きく手を振ってからデッキの戸を閉めた。

今から電車に乗れば、待ち合わせまでにはまだ時間に余裕があるだろう。途中で来月誕生日を迎える彼の誕生日プレゼントを探すのもいいかもしれない。なんだっけ、そうそう。タンザナイト。真似っこみたいで芸がないかしら。でもピアスじゃないものにするつもりだし。ふと、右の耳たぶに触れる。慣れた感触がもうそこにはない。今度は、自分のために自分で選んだものをここにつけよう。





「なんか食べ物の名前とか、覚えてもらいやすくていいんじゃない?」


綾華が言う。食べ物か~、とテーブルに置かれていたメニューをぱらぱらと高野さんがめくる。


「なんだろう、明太子スパ……マッシュポテト……」


「それ高野さんが食べたいだけでしょ」


「ウーロン茶、ジンジャエール、アップルジュース……」


若井はドリンクメニューを見ているらしい。分かりやすいやつ。


「なんか爽やかに青りんご……グリーンアップルとかは?」


皆が適当に紙ナプキンに思いつくままに候補を書いていく。俺はふと思いついてペンをとり、ある単語の前にちょっと付け加えてみる。


「こんなのは?」


「ミセス……グリーンアップル」


藤澤さんがその文字をなぞるように読み上げて、ぱっと顔をあげた。皆がそれぞれの顔を見合って、満足げに頷く。誰かが人を愛するときのみずみずしさ、美しさ。甘酸っぱくて、儚くて、切なくて。でも恋はそれだけじゃない。ちょっぴりビターで、時にどうしようもなく救えない。人はそんな経験を積み重ねて大人になっていく。俺たちはそんな音楽を紡いでいく。この『場所』で。それぞれの特等席で。


そう、俺たちの物語はここから始まるのだ。



※※※

いよいよ次回が最終話になります!

涼ちゃんも前に

ミセスとしても大きく動き始め……

えっ、これが最終話なのでは?と感じた方もいらっしゃるかと思うんですが、あと少しだけ彼らの物語を見届けてもらえたらと思います




制作裏話3 : シュンのこと(読まなくても以下略)

シュンと涼ちゃんはタイミングや話し合いがちゃんと出来たら続いてただろうに、と思う人もいるかもしれない(というか私がそうも感じている)んですが、実際人との関係で大事なのってこの2つなんだろうな、それができなかったからふたりはこの結末なんだろうなという気もします

涼ちゃんはシュンとの関係を経て、得た呪いをもっくんに完全にではないけれど解いてもらって、ようやく「自分のために」をできるようになっていくのかなと

だからすぐにもっくんとくっつくのではなく、時間をかけて関係性を築き上げていけるんだろうな……という気がしています

当て馬役がほしいな!とか軽くかんがえて登場させたシュンでしたが、思ったよりも重要なキャラクターになったのは書き終わってみて意外だったことのひとつです()

この作品はいかがでしたか?

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コメント

12

ユーザー

とうとうピアス外せたんだね涼ちゃん😭 そこに代わりの誰かじゃなくて自分のために、ってなれたのが素敵 シュンの代わりとしてのもっくん、じゃないから空いた右耳のピアス穴にもっくんからもらったものじゃなく自分のために新しいものをなのかなーって感じた✨ ミセスの始まり方も素敵😭 最後の更新も楽しみ!

ユーザー

う、ぐふぅ😭なんかね、感動しちゃう。次回最終回、悲しいねぇでも、完結を見れると思うと嬉しいです!

ユーザー

シュン君が素敵だったのはやっぱり人物設定がすごくしっかりしてて魅力的だったからだと思います。rちゃんが好きになるような人にしようと思ったら、そりゃ魅力的な人じゃないとね✨ 私も彼の魅力に途中からやられてましたもん😆このままズルズル関係が続くのもありかも💛とか…コラコラ😅最終回楽しみにしています!!

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