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3
―図書室で始まった、小さな習慣―
(綾小路清隆 視点)
放課後の図書室。
ここは校内でも数少ない、
静けさが保たれた場所だ。
余計な会話もなく、
誰にも干渉されずに過ごせる。
俺にとって、
都合のいい空間だった。
その日、
本棚の前で小さな背中が懸命に背伸びをしていた。
まだ名前も知らない女子生徒。
後に天白ひなと知ることになる少女だった。
高い棚の本に手を伸ばしているが、
あと少し届かない。
何度もつま先立ちになっている。
助ける理由はなかった。
だが、
何度も背伸びを繰り返す様子を見ていると、
このまま放っておく方が非効率に思えた。
俺は無言で近づき、
彼女が取ろうとしていた本を手に取って差し出した。
「……えっ?」
彼女は目を丸くした。
驚きと、
戸惑いと、
嬉しさ。
感情がそのまま表情に表れている。
「……ありがとう」
本を両手で抱えるように受け取る。
まるで宝物を扱うようだった。
「その本、好きなのか」
何気なく尋ねると、
彼女は少し照れたように頷いた。
「うん。ずっと読みたかったの」
「そうか」
「綾小路くんも、本好きなの?」
名前を呼ばれたことに、
わずかに意識が向く。
「嫌いではない」
「……なんだか、私と似てるね」
そう言って、
彼女は嬉しそうに笑った。
その後、
彼女は少し迷ったあと、
俺が座っている机の隣の席へそっと腰を下ろした。
特に計算している様子はない。
ただ、
自然にそこを選んだように見えた。
隣同士で本を開く。
ページをめくる音だけが静かに流れる。
しばらくすると、
彼女が小さな声で話しかけてきた。
「図書室って落ち着くよね」
「ああ」
「こうして静かに本を読む時間、すごく好き」
「……そうだな」
短い会話。
それだけのはずなのに、
不思議と居心地が悪くなかった。
時折、
隣から視線を感じる。
顔を上げると、
彼女は慌てて本に目を戻す。
だが数分後には、
またそっとこちらを見る。
そこに打算はない。
ただ、
純粋な興味だけがあった。
この学校には、
相手の価値を測って近づく人間が多い。
だが彼女は違った。
本が好きで、
図書室が好きで、
気になる相手と少し話せたことを素直に喜んでいる。
それだけだ。
「変わったやつだな」
心の中でそう思った。
否定的な意味ではない。
むしろ、
この学校では珍しいほどまっすぐな存在だった。
それからというもの、
図書室に来るたび、
無意識に彼女の姿を探すようになっていた。
今日は来ているのか。
また隣に座るのか。
どんな本を読んでいるのか。
どんな笑顔を見せるのか。
高い棚の本を手渡したこと。
「私と似てるね」と嬉しそうに笑ったこと。
そして、
自然に隣へ座ったこと。
そのどれもが、
なぜか記憶に残っていた。
この時点で、
特別な感情があったわけではない。
ただ、
少し変わった存在。
それだけのはずだった。
だが、
後になって振り返れば――
あの日、
図書室で交わしたわずかな会話と、
隣に並んで本を読んだ静かな時間こそが、
すべての始まりだったのかもしれない。
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