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3
〜綾小路清隆の独白〜
図書室の窓際。
静かな午後の光が、
机の上に柔らかく差し込んでいた。
ページをめくる音だけが、
穏やかに響いている。
隣には、
天白ひな が座っていた。
本に視線を落としながらも、
時折こちらを気にしているのが分かる。
少し目が合うだけで、
慌てたように視線を逸らす。
耳が赤くなる。
ページをめくる手元がわずかに震える。
分かりやすい。
あまりにも分かりやすい。
最初は、
単に話しやすい相手だと思っていた。
静かで、
読書が好きで、
必要以上に踏み込んでこない。
一緒にいても疲れない、
珍しい存在だった。
だが、
気づくのに時間はかからなかった。
ひなが、
俺に特別な感情を抱いていることに。
視線の向け方。
名前を呼ばれた時の反応。
些細なことで嬉しそうに笑う表情。
そして、
俺が他の女子と話している時に見せる
ほんの少し寂しそうな顔。
隠そうとしているつもりなのだろう。
だが、
ひなの気持ちは驚くほど素直だった。
だからこそ、
俺は気づかないふりをした。
気づいてしまえば、
答えを出さなければならなくなる。
中途半端な優しさは、
かえって相手を傷つける。
それに当時の俺には、
誰かの想いに真正面から向き合う余裕はなかった。
恋愛感情というものを、
まだよく理解していなかったのかもしれない。
それでも――
ひなの存在は、
少しずつ俺の中で大きくなっていた。
図書室で自然と隣に座ること。
おすすめの本について話すこと。
静かな時間を共有すること。
それらは、
気づけば日常の一部になっていた。
ひながいない図書室は、
どこか物足りなく感じる。
ひなの笑顔を見ると、
わずかに胸の奥が温かくなる。
それが何を意味するのか、
当時の俺は明確に言葉にできなかった。
だがひとつだけ、
確かなことがあった。
天白ひなは、
俺にとって特別な存在になっていた。
「綾小路くん」
名前を呼ばれ、
顔を上げる。
少し照れたように笑うひな。
その笑顔を見た瞬間、
無意識に口元が緩みそうになる。
俺はそれを表に出さないよう、
静かに本を閉じた。
「どうした?」
何気ない言葉。
いつもと変わらない態度。
気づいていないふりをしながら、
本当はずっと気づいていた。
そして、
気づかないふりをしていたのは、
ひなの想いだけではない。
自分自身の気持ちにも、
俺はまだ目を逸らしていたのかもしれない。
窓の外では、
夕陽が静かに傾いていく。
隣に座る少女の存在が、
いつの間にか
かけがえのないものになっていることを、
この時の俺は、
まだ認めようとしていなかった――。
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