ゼゲルの拷問呪文が激痛を呼び、イリスが悲鳴をあげる。
「【痛みを《ペイネス》】!!」「【痛みを《ペイネス》】!!」
さらにゼゲルが次に狙ったのは、ドワーフの少女だった。
無差別に連発している。
「嫌、嫌っ。いやあぁあああ!!」
半狂乱になってヒュームの少女が叫ぶ。
愉快げに笑ったゼゲルが「動くな」と言った。
「動けば、また呪文を唱える。まずは俺様の縄を解け」
奴隷を人質にとったつもりらしい。
聖堂騎士団、何をぽかんとしている。
お前らが速やかにゼゲルを殺せばそれで済む話ではないか。
あんたらならゼゲルが10回呪文を唱える前に口を塞ぎ、息の根を止めるくらい簡単だろ? まさか、自分より弱い者を痛めつけることばかりで、実戦経験がないのか?
「副団長。どうしましょう」
「動くな。今、考えている」
バ、バカ過ぎる。
冗談だろ。その剣は飾りか?
オレに指揮をとらせろ。
こんな事態5秒で解決してやる。
ああ、身体中がむず痒い。
バカとバカによるへたくそなチェスを見せられている気分だ。
「早くしろ! ガキを見捨てるつもりか?」
ゼゲル。
ああ、ゼゲルよ。
お前はどうしようもないクズだ。
頭が悪いばかりか道徳心に欠けていて、瞬間的にしか物事を考えられない。
まさか、オレが奴隷商人であることを忘れているのだろうか。
「【第三奴隷魔法……起動。】」
オレの言葉に呼応して、リズの懐が眩く光る。
ふん、そこにあったのか。
「【対象、ハガネ。ベルッティ。ミーシャ。リネイ。イリス。】」
リズが取り出したのは輝く羊皮紙。
イリスが届け、オレが確認し、ルーニーが教会へ預けた。
嘆願書であり、奴隷契約書だ。
「【指紋完全一致。契約文、承認。】」
オレの行動の意味を理解したゼゲルが騒ぎ始めた。
人の奴隷を奪うつもりか、だと?
笑わせる、お前に主人たる資格はない。
「【聖痕刻印(スティグマ)!】」
奴隷たちに刻まれた奴隷刻印が茨の形をとる。
ゼゲルからオレへと契約が変更されたのだ。
「ペ、【痛みを《ペイネス》】!!」
「【痛みを《ペイネス》】!!」「【痛みを《ペイネス》】!!」
ゼゲルが拷問呪文を唱えるが、不発に終わる。
対象となる奴隷がいないからだ。
「クソ! クソが!! 俺の、俺の奴隷が!!」
奴隷の意思確認が取れる書類。
奴隷本人。
そして、元主人と新しい主人。
立会人となる教会の人間。
奇しくも最も正式な形で奴隷契約を変更できた。
法廷で証拠として扱えるレベルだ。
「クソ。運が、運が悪かったんだ!」
「もう一度、もう一度やり直せたなら、こんなことには」
はぁ?
何を言っている。
「謝る! この通りだ! 何でもする! 何でも!!」
言っている事がコロコロ変わるやつだ。
この男は今なら靴だって舐めるだろう。
「これほどの外道は見たことがない」
「完成されたクズだ」
「剥製にして展示するべきじゃないか?」
「そうだ、後世に残すべきだ」
性癖のねじ曲がった聖堂騎士団どもが興奮している。
ゼゲルはありとあらゆる苦痛を与えられて死ぬだろう。
だというのに、だというのに。
なぜか心がスッとしない。
むしろイライラする。
「今更謝ってももう遅い」
「そこをなんとか!」
すげえイライラする。
なぜだ。なぜこんなに。
そうか、そういうことか。
完全に理解した。
オレはまだ。
あのクズの尊厳を踏みにじっていない。
ただ殺すだけでは足りないのだ。
「リズ・ロズマリア様。ゼゲルの保釈金を払います」
俺の口が冷酷に動く。
絶対零度のような冷たさだった。
「どうやらゼゲルは改心したようです。ここは一つ穏便に取り図っていただけないでしょうか」
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!