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鷹槻れん

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#極道
鷹槻れん

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月詠 涼
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吹き付けてくる風に乗って漂ってきたのは、玲奈が纏う香水のにおいだろうか。果実のように瑞々しくて甘い香りは、まるで今が食べ時だよ? と誘い掛けているようだった。
玲奈が身に着けた深いボルドー色のコートは、ウエストのくびれを引き立てるデザイン。胸元がV字に切り込まれたセーターから覗く豊かな胸の谷間もとても蠱惑的で、同性の芽生から見ても思わずドキッとしてしまうような妖艶さだった。
玲奈が動くたび、彼女の耳元で揺れる大ぶりのピアスが、陽光を受けてキラキラと光る。
その立ち姿も仕草も、〝女性〟であることを全力で誇示し、謳歌しているようだった。
芽生と同じように小柄な身体と幼い顔つきなのに、メイクの仕方もあるんだろう。玲奈は、自分とはまるで別の生き物みたいに見えた。
(男性の視線を集める方法を、この女性は知ってるんだ……)
玲奈と同じぐらいの大きさをした自分の胸が、服の上からでも目立ってしまうのが恥ずかしくて堪らない芽生と違って、彼女はそれを男性を虜にする武器として使いこなしている。芽生は玲奈を一目見るなり、そんな風に感じた。
コロコロと表情を変える玲奈の笑顔は可愛らしいのにどこか計算高さが滲んでいて、その目が時折芽生を品定めでもするかのように流し見てくるから、芽生は居た堪れなさに小さく縮こまってしまう。
「ねぇ、そっちの子、ひょっとして相良さんの新しいセフレ?」
クスクス笑いながら投げかけられた言葉は、芽生のことをどこか小馬鹿にしているように感じられた。
「うーん。確かに相良さん好みの巨乳ちゃんだけど……なんでかなぁ? 信じられないくらい色気が感じられないよね? ねぇ、相良さん! 同じような体型なら、絶対そんな子より玲奈の方があなたのこと、満足させてあげられると思うよ? そうでしょう?」
玲奈は猫のような目で京介を見上げると、遠慮なくその腕に手を伸ばした。
「玲奈ね、相良さんに愛してもらった日のことが忘れられないの」
芽生のことなんてまるで眼中にないかのように、目の前で甘えた声を出した玲奈が、
「ねぇ、京介さん。あなたもでしょう?」
芽生ですら呼んだことのない〝京介〟という名前。それを得意げに口の端に乗せて、京介の胸元へ顔を寄せようとする。
芽生は呆然とそれを見つめながら、心の中で懸命に『やめて!』『京ちゃんに触らないで!』と叫んだ。
だが、玲奈の指先が京介に触れる寸前、京介が彼女の手をスッと躱す。
芽生が思わず見上げた京介の表情は、氷のように冷たかった。
「……何度か寝たくらいで何を勘違いしてんのか知らねぇが……俺、てめぇに下の名で呼ぶ許可を与えた覚えはねぇんだがな?」
芽生は、前に京介のこういう声を聞いたことがある。あれはたしか、家を焼け出された夜。京介が電話で千崎雄二を責めていた時と同じ――。
芽生が京介の変化に立ち尽くしたまま動けずにいたら、京介の手が伸びてきて、芽生の腕を取った。
「行くぞ、芽生」
言って、さっさと踵を返した京介に、だがハッキリと彼から拒絶されたはずの玲奈は納得がいかないらしい。さらに縋りつくように一歩詰め寄ってきた。
「どうして玲奈のこと、そんな邪見に扱うの? 相良さん、ちょっと前まではどんな女の子にも平等に優しかったじゃない! だから玲奈もあなたのこと、沢山悦ばせてあげようって思えたのに!」
キッ! と京介を睨みつけるようにして投げつけられた玲奈の声音は、さっきまでのような甘ったるい猫撫で声とは一変、嫉妬の滲む醜いものに変わっていた。
「玲奈、相良さんのことが忘れられないの! ここ数ヶ月、電話しても出てくれなくなっちゃったのは何で!? 玲奈、相良さんを怒らせるようなこと、何かした!? それともやっぱり、そこの女のせい!?」
悲痛にすら聞こえるその金切り声は、怒りの矛先を芽生へと転じた。芽生は肌を刺すような敵意に、耳を塞いでその場にしゃがみ込みたくなる。でも京介に片手をギュッと握られていて、叶わないのだ。
玲奈に比べたら、自分が女性としての魅力で劣っていることなんて、分かりすぎるくらいに理解している。
でもこの数ヶ月間、京介があんなに綺麗な人を無視していた理由があるとすれば、それはやっぱり自分のためなのだ。
(私が……京ちゃんを独り占めしてたから……?)
かつて京介にとって、芽生は娘みたいな存在だった。
だから家を焼け出されていき場を失った芽生を、京介は放っておけなかったのだ。
今は女性として見てくれていると言ってくれるけれど、その自信すらぐらりと揺らいでしまう気がして、芽生はすぐさまこの場から逃げ去りたい衝動に駆られる。これ以上、玲奈の言葉を聞いていたら、京介の横に立っていていいと思えるなけなしの矜持が、根こそぎ奪われてしまう気がした。
「その女の何がよくて一緒にいるの!? 相良さんみたいに女の子の身体のこと、熟知した抱き方をしてくれる男の人なんて滅多にいないのに! その子だけ貴方を独り占めしてるだなんて……ずるい!」
それはきっとそういう意味での話だ。さすがに性体験のない芽生にだって、ここまであからさまに言われたら分かる。
そうして、そんな〝手練れ〟の京介が、芽生に対してはそういうことを仕掛けてくる素振りなんてなかった。
「玲奈さんは……おいくつですか?」
不意に、彼女は若く見えるけれど、実は自分より年上なのかも知れないと淡い期待をしてしまった芽生である。
玲奈が自分より年上だったなら、京介に性的な目で見てもらったことがない自分のことを少しは慰めることが出来る気がした。
「はぁ? いきなり何よ! 二十一だけど何か文句ある!?」
……ということは、芽生より年下だ。
(京ちゃんは……私より若い玲奈さんのこと、大人の女性として扱ったってこと、だよね?)
そう思った芽生は、一度も京介からそういう目で見られたことのない自分のことが、酷く惨めに思えた。こうして触れられていることすら申し訳ないような、居た堪れない気持ちに突き動かされて京介の手を振り解いて逃げようとしたけれど、京介が芽生の手を掴む手指に力をこめてきて、それすら叶わない。
「京ちゃん……お願……放して?」
泣きそうになりながら京介に手を放して欲しいと懇願した芽生だったけれど、まるで聞こえていないみたいに無視されてしまった。
そればかりか『放さない』と意思表示をするかのように芽生を腕の中へ抱き寄せる。京介に閉じ込められた腕の中で、芽生は地を這うような低い声音を玲奈に投げかける京介をただオロオロと見上げることしか出来なかった。
「……俺に抱かれたことがそんなに重要か?」
「当たり前じゃない! 私、自分が認めた男にしか身体、預けないもの! この意味、分かるでしょう!?」
「は? 認めてくれて光栄です、とでも言わせてぇのか? 生憎だが俺の方はそうじゃねぇ。抱きたかったから抱いただけに過ぎねぇんだが?」
京介が、まるでその先を芽生に聞かせたくないみたいにグッと芽生の頭を抱え込んでくるから、芽生は京介の腕の中で緊張に身体を固くした。
「……ただ単に、そういう欲求に駆られた時、たまたまお前が俺にすり寄ってきた。それだけの話だ」
「京ちゃん!」
思わず芽生が京介を呼んでしまったのは、これ以上言わせたくないと思ってしまったからだ。
「京介さん、酷い!」
なのに、さっきそう呼ぶことを許可していないと断言されたばかりの呼び名で玲奈が京介を非難する。それは、まるでその名を呼ぶことで京介を自分に引き付けたいみたいな悲痛な叫びだと、芽生は思った。
だが、玲奈が京介をそう呼んだ瞬間、京介の中から温かみのようなものがスッと消えたのが、芽生には分かった。
「京ちゃん、ダメ!」
今の京介はきっと、玲奈を完膚なきまでに叩きのめす言葉を平気で告げてしまう。さっきまでの言葉だって十分に酷い文言だったけれど、それよりもっと決定的な言葉を――。
直感的にそう思って京介の胸元をギュッと握って止めようとしたのだけれど、遅かった。
「お前を抱いたのは別にお前が特別どうこうってわけじゃねぇ。お前が俺にとってただの欲望のはけ口だったっての、まだ分かんねぇのか?」
京介にそう言われた瞬間の玲奈の表情。彼女は芽生にとって、歓迎すべき相手ではないはずなのに……それでも情を寄せた相手から言われるのに、これほど辛い言葉があるだろうか? と考えてしまったら、胸の奥がズキンと痛んだ。
「あとな、さっきも言ったが俺は下の名を呼ばれんのが好きじゃねぇ。自分の感情押し通すためにそう呼んでくる女は虫唾が走るくらい嫌いだ。一回忠告してやったのに、二度も同じことをするようなバカ女とは話す価値もねぇわ。とっとと俺の前から失せろ」
京介の声はどこまでも冷たい。芽生は、子供の頃から京介のことを知っていて、何となく彼が自分の名を他人から呼ばれることを嫌悪している気配は薄々感じていた。どんなに親しい間柄の相手でも、彼のことを京介と呼んでいるのを聞いたことがない。あの長谷川社長でさえ〝相良〟と苗字で呼んでいる。
京介が自分のことを揶揄うように〝子ヤギ〟と呼ぶから……だから芽生は彼のことを〝相良さん〟や〝京介さん〟ではなく〝京ちゃん〟とあだ名で呼ぶようになった。
だが、もしかしたら京介のことを〝京介さん〟と呼んで拒絶されていたのは自分かも知れないのだ――。
そう思うと、他人事とは思えなくて、胸の中の柔らかい部分がじくじくと疼いた。
「待たせたな、芽生。行くぞ」
さっきまでの声音とは打って変わって、いつも通りの優しい声に戻った京介が、芽生の手を引いて歩きだす。
芽生は京介に連れられて歩きながら、その場に呆然と立ち尽くす玲奈を視界の端に捉えた。彼女が纏う雰囲気から、玲奈は本気で京介のことを慕っていたのだと伝わってきて、誰にも触れられたくなかった心の奥のひだを不意に撫でられたような気がした芽生は、京介の手をギュッと握り返していた。
「なぁ芽生。さっきの……もしかして気にしてるか?」
しばらくの間、手を繋いで無言で歩いていた二人だったけれど、京介がポツンとそう問い掛けてきて、芽生は思わず京介の横顔を見上げた。
京介はこちらを見ないままにまるでひとりごとででもあるかのように続ける。
「俺がお前に求めてるのは、身体じゃねぇ。……芽生、お前そのものだ」
京介の言葉の真意を測りかねて芽生が思わず「……え?」と落とすと、京介が歩みを止めた。
「これからも、もしかしたらああいう女が出てくるかも知れねぇ。俺はお前とこうなるまで、そういう付き合いの女を何人も囲ってきたからな。けど――」
それは、京介が千崎さんにとっての百合香さんみたいな〝情婦〟を何人も抱えていたということだろうか? そう思って不安に揺れる瞳で京介を見上げたら、京介がまるで芽生に表情を見られたくないみたいに芽生を引き寄せると、ギュッと腕の中へ囲い込む。
「今から先ずっと……俺の隣はお前だけのモンだ。金輪際ほかの誰もそこへ入れるつもりはねぇから」
言って一歩下がって芽生から距離を取ると、京介がどこか不安そうに芽生の顔を見下ろした。
「だから……過去のことでお前を傷付けちまったこと、これから先もそういうことがあるかも知んねぇこと……どうか許して欲しい」
自分の不始末はその都度きちんと処理をするから……と付け加えながら、京介が芽生に頭を下げる。
芽生はそんな京介に、「これからは……私だけ?」と問い掛けずにはいられなかった。
コメント
2件
まぁ京ちゃんも男だもんね。 そりゃ発散相手は必要だったでしょう。 でもめいちゃんと一緒になるからにはもうそういうのは無しだと思っていいんだよね!?
わあ…今回もすごく心に響きました。玲奈さんの登場で芽生ちゃんのコンプレックスが浮き彫りになって、読んでいて胸がぎゅっとなりました。特に「自分は京ちゃんから性的な目で見られたことがない」って気づくシーン、切なかったです。 でも京介さんの「俺がお前に求めてるのは、身体じゃねぇ。芽生、お前そのものだ」という言葉には本当に救われました。過去の自分を認めつつ、これからは芽生だけだと伝える覚悟が感じられて。玲奈さんへの冷たい対応も、芽生への真剣さの裏返しなんだろうなと。 2人の距離がまた一歩縮まった回だったと思います。続きが気になります!