テラーノベル
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芽生が京介とともに帰宅すると、「お帰りなさい。カシラ、神田さん」と佐山がリビングの扉を開けて出迎えてくれた。
「あっ! こら、待て!」
その瞬間、殿様がチャンス到来! とばかりにトトトッとドアの隙間を抜けて駆け出て来て、二人の足元へすり付いた。
佐山の静止の声なんてどこ吹く風。
京介と芽生の間を8の字を描くようにぐるぐると回り続ける殿様に、靴を脱げなくて芽生が弱り顔をしたら、京介が殿様をスッと抱き上げた。
「こら、殿様。いくらなんでも歓迎がしつこすぎるわ」
迷惑気に告げる言葉とは裏腹。殿様の喉下をくすぐるように撫でる京介の人差し指はどこまでも優しい。
芽生はそんな京介の様子を見つめながら、(彼は子供が出来たときもきっと、こんな風に可愛がってくれるんだろうな?)と無意識に考えて、そうするための行為に思い至ってぶわりと頬が熱を持つ。
ギクシャクとした足取りで靴を脱いで玄関の隅っこへ寄せていると、京介が「どうした、芽生。動きが変だぞ? 疲れたのか?」と眉根を寄せた。
京介は芽生が病み上がりなことを未だにとても心配しているらしく、芽生がちょっとでもおかしな素振りを見せると過保護モード全開になる。
今回も玄関先で所在なく立ち尽くしたままでいた佐山へ殿様を手渡すなり、芽生の額へ手を伸ばそうとしてきた。芽生は頬を中心に身体が上気して熱を持っているのを悟られたくなくて、慌てて京介から距離を取ると、フルフルと首を横に振った。
「大丈夫、どこもしんどくないっ。ちょっと色々想像しちゃって……」
馬鹿正直に言って、(しまった!)と思ったけれど後の祭り。
「想像って……何を――?」
当然そう問い掛けられて言葉に詰まってしまう。
玄関先、大の大人三人+一匹でそんなやり取りをしていたら、チャイムが鳴った。
そのお陰で京介からの追求から逃れられてホッとした芽生である。
聖夜 皆でリビングへ戻って、家主である京介がインターフォンへ応答すると、モニター画面に二人の男性が映し出された。
どうやら相良組の面々より先に、特別ゲストが来たらしい。
***
芽生の誕生日は十二月二十五日だ。
日本では二十四日の方を有難がる風潮があるが、いずれにしてもその付近が恋人同士の〝大切な時期〟であることに変わりはない。
(ある意味ズレてよかったのか?)
なんてことを京介が思ってしまったのは、やはり芽生にも関係のあるこの二人に、彼女の誕生日を祝って欲しかったからに他ならない。
「わざわざ年末のクソ忙しい時期に呼び出して悪かったな」
玄関先で社交辞令。そんな言葉を述べた京介に、
「ほぉー。所帯持つとなるといきなり常識人になるんだな、相良。私相手でもそういうセリフが吐けるようになったとは感心だ」
幼い頃からの悪友である長谷川将継がクスクス笑う。
「ちょっ、将継さんっ」
慌ててそんな恋人をたしなめたのは、将継のすぐ横に立っていた朧木静月だ。
「きょ、今日はお招きいただき有難うございます!」
言って、まるで恋人の不祥事ごと水に流して欲しいみたいにガバリと頭を下げる様子が何とも静月らしくて、京介は将継への嫌味も忘れて思わず笑ってしまった。
「ま、玄関先で立ち話も何だ。中、入ろうか」
京介に促されて、将継と静月が靴を脱いで、京介が言うまま。靴を隣の扉の向こう――シューズクロークへ避けていたら、またしてもチャイムが鳴った。
***
「神田さん、すんません。今、ちょっと手が離せないんで出てもらえますか?」
京介は玄関先で将継たちを出迎えている。
必然的に、今リビングには佐山と芽生と殿様しかいない。
キッチンで何やら作業をしていて応じられないと佐山から来客への対応を頼まれた芽生は、殿様を床へそっと下ろしてインターフォンの通話スイッチを押した。
それに連動してモニターがパッと明るくなって、来訪者の姿を映し出す。
「千崎です。あと、連れが一人……」
画面には千崎と並び立つ百合香の姿があった。連れ、とは彼女のことだろう。
百合香と会うのは京介たちが不在だった時、看病に来てもらって以来。
芽生は、――お小言魔人の千崎はともかく――百合香とまた話せるのが嬉しくて、「すぐ開けます!」という声とともに開錠ボタンを押した。これで、一時的にエントランスのロックが解除されて外の二人も中へ入って来られるはずだ。
「千崎さんっすか」
流しの水を止めて佐山が問い掛けてくるから、芽生は「うん」と答えてから、足元にすり寄ってくる殿様をそっと抱き上げた。
「……あと、百合香さんも一緒」
芽生が何気なく告げたら、佐山が一瞬だけ眉根を寄せたのが分かった。
「ブンブン?」
京介がいないのをいいことにいつも通り。呼び慣れたあだ名で呼びかけた芽生を、佐山が「カシラに叱られますよ?」とたしなめる。
それに「京ちゃんがいない時だけ」と答えながら、芽生は恐る恐る。「ブンブンは百合香さんが嫌いなの?」と問い掛けずにはいられなかった。
だって、千崎が百合香と一緒だと告げた時の佐山の表情は何となくそう見えたから――。
「あー、いや、別に嫌いってわけじゃないんですけどね」
歯切れの悪い物言いをして、佐山がほぅっと吐息を落とす。
「あの、逆に神田さんはイヤじゃないんっすか? その……カシラに……自分以外の女がいるってなったら」
佐山のスッキリしない物言いに、芽生は昼間に街中で出会った玲奈のことを思い出した。
「もちろんイヤ。だけど……」
でも、百合香にしても玲奈にしても、京介たちから〝情婦〟と呼ばれる人たちにも、その人たちなりの想いがあるのだと芽生は思い知らされている。
特に百合香に関しては――千崎の正妻をしらないからかもしれないけれど――悪い印象を抱いていない。
それよりもむしろ、千崎を困らせないようそんな立ち位置に甘んじている百合香さんのことを強くてかっこいい女性だけれど、同時になんて悲しい生き方をする人だろう、とも思っている。
中途半端に言い止したまま止めた言葉の先を待っている風な佐山に、芽生は殿様を抱く腕にほんの少し力を込めて、「あのね、上手く言えないんだけど……」と前置きをして言葉を続けた。
「イロって言われる人たちもみんな……私と同じように色んな事を考えて……傷ついたり喜んだり……そういう当たり前の感情を持っているって知ってるから……だから……イヤって理由だけで私、そんな彼女たちを突っぱねられる自信がないの」
「ちょっ、神田さんっ」
芽生の言葉に佐山がなにか言い募ろうとしたと同時、リビングの扉が開いて京介と将継、静月が入ってきた。
芽生はこの話は終わり、とばかりに佐山から視線を外すと、京介たちの方へ駆け寄った。
***
「神田さん、すっかり元気になったみたいで良かったよ」
「……あのっ。でも! 病気は治りかけが一番大事っていいます。む、無理だけはしないで下さい……」
長谷川社長の言葉を補足するように静月が、彼にしては饒舌に言い募る。
そんな二人に、芽生は慌てて頭を下げた。
「あ、あのっ、年末の忙しい時期にダウンしてしまって……本当に申し訳ありませんでした!」
「……いや、それはホント、全然気にしないで? それにしても……せっかくの誕生日とクリスマスに寝込むとか。大変だったね」
長谷川社長からねぎらいの言葉を掛けられて、芽生はフルフルと首を横に振った。
と、そこで玄関前のドアチャイムの音が鳴って、千崎たちの到着を知らせてくる。
これには佐山がすぐさま動いてくれて、一瞬だけ会話が途切れた。
でも、すぐさま気を取り直したように芽生が続ける。
「いえっ。しんどかったのは二日くらいで……あとは割と元気に過ごさせて頂いたので。――それに」
そこで斜め前方に立つ京介をじっと見上げて、頬を赤く染めた芽生が小声で付け加えた。
「……むしろ、京ちゃんと一緒にいられる時間がたくさん頂けて、幸せだったくらいです」
京介は、葛西組に呼び出されて千崎とともに出掛けて行った日以外は当初の約束通り。基本的に芽生の傍へいてくれた。
それが嬉しくて堪らなかったとはにかんだ芽生に、「……私としてはあまり歓迎できる状態じゃなかったんですがね」と至極冷静な声が被さってきて、芽生はビクッと肩を跳ねさせる。
見れば、長谷川社長のすぐ背後に千崎雄二が立っていた。
「もぉ、雄ちゃんってば意地悪なんだから」
すぐさま百合香が助け舟を出してくれて、「お前だって百合香に何かあったら……例え仕事していても心ここにあらずな役立たずになるだろーが」と京介も加勢する。
結局多勢に無勢。千崎が苦虫をかみつぶしたような顔で押し黙る格好になってしまったのだが、芽生は千崎に対してちょっぴり申し訳ない気持ちになってしまった。
「ごめんなさい、千崎さん。私のせいでご迷惑を……」
謝ろうとした芽生を、百合香が「謝る必要なんてないのよ? 大事な女性が大変な時にそばに居られない男性の方がよっぽど問題ありなんだから」とにこやかに阻止されてしまう。
何だかそれは千崎に対する当てこすりみたいで、芽生はソワソワしてしまったのだけれど。
考えてみれば『ランジェリーショップYURIKA』が火災に遭って百合香が火傷を負った時、千崎は彼女の傍へついていたはずだ。
そこでふと佐山の言っていた〝自分以外の女〟という言葉を思い出した芽生は、(その間、千崎さんの奥様はどうなさっていらしたんだろう?)と至極当たり前のことに思い至って、胸の奥がキュッと縮こまるような気持ちに苛まれた。
今まで自分が目の前にいる百合香のことしか見えていなかったことを思い知らされて、会ったことのない千崎の正妻に思いをはせることが出来ていなかったのだと気付かされる。
佐山が、百合香に対して複雑な顔をしていたのはそういうことだったのだ。
水羽凛
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コメント
2件
いろんな立場の女性を見てしまったから、めいちゃんもどの立場の人が悪って思えなくなってるよね、きっと。
わあ〜第40話、読み終えたよ!😭💕 芽生ちゃんが京ちゃんに「子供できたらこんな風に可愛がるんだろな」って想像しちゃうところ、エモすぎて悶えた!!🥺💘 しかもそれで顔真っ赤にして誤魔化すの、めっちゃ可愛い… 佐山くんと芽生の「情婦」の人の話も深かったね…。芽生ちゃんが「みんな私と同じように傷ついたり喜んだりするんだから」って言うシーン、彼女の優しさがじんわり伝わってきて胸がギュッてなった…😢✨ 千崎さんの奥さんのこと、芽生ちゃんが気づいちゃったとこで終わったのも続きが気になりすぎる!次どうなるの?!💦