TellerNovel

テラーノベル

アプリでサクサク楽しめる

テラーノベル(Teller Novel)

タイトル、作家名、タグで検索

ストーリーを書く

シェアするシェアする
報告する

「救いたいか?」


神様の、いつにない真剣な顔と声に、ターラは緊張した。

ここは安易に答えてはいけない場面なのだと、伝わってきた。

ターラは、妹のメリナを思い出す。

メリナは母を亡くした寂しさから、ターラの物をなんでも欲しがる悪癖を身につけてしまった。

その結果、ターラの婚約者を奪うという暴挙に出たが、死産を経験し、己の死を前にして、改心した。


(もしかしたらメリナの魂も、悪癖を身につけてしまったときに、少し黒ずんでいたのかもしれない)


しかし、神様を信仰し、祈りを捧げたことで、メリナは安らかに旅立った。

悲しいことに、シャンティはターラを恨んで死んだが、もし違う未来があったのならば、そちらに導いてやりたかった。


「救いたいです」


だからターラは、毅然と答えた。

それを聞いた神様の蒼い瞳が、ふっと和らいだように見えた。


「ターラと離れている数十年の間に、私に祈りの力が集まり、何度か神格が上がった。ターラと神殿長が、布教活動を頑張っているのだろうと思った。おかげで心根や魂の色が分かる以外にも、新たな能力を身につけた」


そこで言葉を途切れさせた神様は、別れた日の前日と同じく、ターラを腕の中に囲った。

久しぶりの抱擁に、ターラの顔は急激に赤くなる。

続いて何を言われるのか、ターラには想像がつかない。

だからしっかりと、神様の口元を見つめた。

そこから紡がれる言葉を、決して聞き逃さないように。

しかし神様の唇は、ゆっくりと下りてきて、ターラの唇と同じ高さにやってくる。

背を屈め、目線を合わせた神様は、囁くようにターラに話しかけた。


「私と同じ神になれるとしたら、どうする? ターラが新たに、魂を救う神になるのだ」


言われたことは確かに耳に届いたが、ターラがそれを理解するのに少しの時間が必要だった。

それほどに神様の提案は、想定外だったのだ。


「私が……神様と同じ?」

「配下の眷属ではなく同等の神だから、ターラの意思はそのままだ。命の長さは、人々の祈りの力に依存する。もしかするとターラの方が、私より人々に望まれ、長く生きるかもしれない。そして神としての格が上がれば、さまざまな能力を身につける」

「……本当に、神様みたいですね」

「大切なことを言おう。――神になれば、私と夫婦になれる」

「っ!!」


神様の腕の中で、ターラの体が跳ねる。

すでに真っ赤だった顔が、さらに赤くなった。

首をちょこんとかしげた神様が、蒼い瞳で尋ねてくる。

『どうする?』と――。


「神様、私は……」


ターラが神様を恋い慕っているのは、間違いない。

この数十年、神様がいない間も、神様へのあふれる想いと信仰を、心の拠り所にしてきた。

歴代の神殿長と、二人三脚で頑張ってきたのも、神様のためだった。

とこしえの神様の幸せを願って、ターラは今日まで駆け抜けてきた。


神様の哀しみを知ったときから、毎晩、神様の心の安寧を祈り続けた。

いつでも笑っていて欲しくて、人々の信仰が深まるよう構想を練った。

孤独な神様に寄り添う存在がいればいいと、神様の神格を上げる努力をした。

愛してやまない神様の隣が、今、ターラに差し出されようとしている。


ターラは娘同然のシャンティの振る舞いに、嫉妬してしまった。

醜い感情のまま、神様の眷属になりたいと望んだこともあった。

あれから反省して、初心に帰り、神様のために身も心も捧げると誓った。

そんな過去のあるターラが、神様と同じ神になるのに相応しいだろうか。


ターラの脳裏には、これまでの神様との思い出が去来する。

どれもこれも、大好きな神様との情景だ。

その一場面を切り取って、新たな神様の姿絵として、パッチワークで布絵にしてきた。

この試みの結果、神様の神格が上がり、ターラを神にする能力に目覚めたのか。


神様の腕の中で、ぐるぐる考えを巡らせていると、ターラの鼻につんと、神様が鼻を押し当ててきた。

より一層の近距離に迫った神様の麗しい顔に、ターラの頭が思考能力を手放してしまう。


「私は、ターラを愛している。ターラに死んでほしくない。これからも、夫婦神として私の傍らにいてくれないか?」


人の世の夫婦の誓いを、神様なりの言い回しにした、ターラへの求婚だった。

いろいろなことを難しく考えていたターラだったが、もう駄目だった。

コクコクコクと高速で頷くだけの、人形になってしまう。

それを見て、微笑んだ神様が、ターラの唇を奪っていく。

これまで痛いばかりだったターラの胸が、違う苦しみを訴えてきた。


(神様が、私を愛しているって。ずっと、傍らにいて欲しいって――)


嬉しくて、幸せで、昂って、神様への愛がターラの心からあふれ出す。

ターラはそっと、神様の体に腕を回し、自分の気持ちを伝えるように、抱きしめ返した。


◇◆◇


「ターラを神にするために、私の魂とターラの魂を、半分ずつ交換する必要がある」


そう言うと、神様は自分の胸に右手を当てた。

ぽわっと光ったかと思うと、神様の手のひらの上に、クリスタルのように透き通った丸い珠が現れた。


「これが私の魂だ」


そうして次はターラの胸に、神様は左手を当てた。

ターラの心臓がドキドキしているのが、きっと神様に伝わっているはずだ。

ぽわっと光って出てきたターラの魂は多面体で、銀色の星が散りばめられた紫色の輝石のようだった。


「これが、私の?」

「美しいだろう? ターラの魂の形は球に近く、濁りがなくて透き通っている。いくつかある銀色の星は、ターラが傷ついたときに出来たものだ。心の傷、とでも言おうか」


神様の手のひらにあるターラの魂の中には、ひときわ輝く大きな星がある。

きっと、シャンティの死と、その真相を知って生まれた、新しい傷だろう。


「多くの傷は、時間と共に癒えていく。小さな傷も、以前は大きな傷だったのだ」


例えば、母との別れだったり、妹との別れだったり、父との別れだったり。

先代の聖女や、先々代の神殿長とも、ターラはお別れをしてきた。

それがこうしてターラの魂に残って、星となっている。

ターラは、星のひとつひとつが、大切な人がいた証なのだと思った。


神様がそっと、両手の上にある魂同士を、くっつける。

硬質に感じられた外見に反して、魂たちはふんわりと隣り合い、そして接したところから溶けて、混ざっていった。

お互いの抱擁するものを交換するように、しばらく行き来した魂たちは、やがてまた二つに分かれていく。

そうして神様の右手の上には少し色づいた球状の魂が、左手の上には傷が小さくなった多面体の魂が、出来上がったのだった。


「これをターラに戻せば、ターラは神になる。神になる瞬間、おそらく激痛に苛まれるだろう。それは人々の欲望が、無遠慮に突き刺さるからだ。そこで意識を失ってはいけない。その欲望の中をかき分けて、人々の祈りを探すのだ。本当に救わなくてはいけない魂を、見逃さないために」


神様の忠告を、頷きながらターラは真剣に聴く。

もしかしたら神様も、この世に生まれたときに、経験したのかもしれない。

生まれてすぐは癇癪持ちだったと伝わっているが、話を聞く限り、神様が激痛に耐えていた姿だったのだろう。


「分かりました。頑張ります」


ターラは握りこぶしを作って見せた。

これは、ベテランのパッチワーク作業班から教わった、やる気を漲らせるときの動作だ。


「では戻すぞ。それぞれの魂を、それぞれの元に」


神様は右手の魂を自分の胸に、左手の魂をターラの胸に、近づけた。

そうすると魂はふわりと浮いて、すうっとお互いの胸に吸い込まれていく。


ガガンッ!

ガガガガガガガンンンッ!!!!

ガガガガガガガガガンンンンンッ!!!!!


その瞬間、ターラの頭蓋骨の中に、何万本もの矢が乱反射しているような痛みが走った。

神様に人の倫理は通じない~溺愛からの裏切り、そして失墜の先へ~

作品ページ作品ページ
次の話を読む

この作品はいかがでしたか?

0

loading
チャット小説はテラーノベルアプリをインストール
テラーノベルのスクリーンショット
テラーノベル

電車の中でも寝る前のベッドの中でもサクサク快適に。
もっと読みたい!がどんどんみつかる。
「読んで」「書いて」毎日が楽しくなる小説アプリをダウンロードしよう。

Apple StoreGoogle Play Store
本棚

ホーム

本棚

検索

ストーリーを書く
本棚

通知

本棚

本棚