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「…………」
なんでこんなことになってるんだ?
バイト帰り、路地裏を歩いていたら、待ち伏せしてたいっちゃんに捕まって、羽交い締めにされて。何が起こってるのか最近使いすぎた疲れた頭ではよく分からなくてただいっちゃんは暖かいなあって思ってたらアコギを背負ってまた歌っていたであろう葵と家でのんびりしていたみたいな格好をした柚ちゃんが来て。気まづい沈黙がしばらく続いて、お風呂入りたいし、疲れたから、帰っていいかな。元麦茶同好会。今の俺たちの接点といったら、それくらいだろ?
「柚、遅れてごめんな。」
いっちゃんが柚に突然謝罪した。なんで…?
「えっなにが?」
ほら柚ちゃんもわかってない。
「俺、柚の勇気無駄にしないって言ったのに、こんなに遅くなっちまったら、無駄もくそもねえよな。」
「そういうこと。…遅いね、テンポ間違えるとか、いつき珍し。……でもさ、もう遅い。遅すぎるんじゃない?」
…俺のせいでな。
「その事なんだけどさ。ちゃんと話そうぜ」
いっちゃんは話し合いをするために、俺たちを集めた?遅すぎる、そうこぼした柚ちゃんはもうあの時みたいに、俺たちに希望を賭けてはいない。協力してくれると確定したメンバーは誰一人としていない。じゃあもっと早くに言えばよかった。もう一度やり直そう、と。壁が厚くなってばらばらになる前に。
「俺はもうこんな奴と話すことは無い」
葵は怒って語尾を強くしながら言った。そうだよな。お前が真っ当な反応なんだ。柚ちゃんからは怒りはあまり感じないし、こんな最低なヤツも集めて話し合いをしようと言ったいっちゃんもおかしい。
「俺気づいてたんだぜ」
「麦がなんか後ろめたく感じてんの。」
そうだった、いっちゃんはいつでも俺たちを見ていて、兄貴面してて、かっこよくて。今この状況で話し合いをもちかけたのは。俺がこういうことしてるって暴露された後に話し合いをした方が、もしバンド活動に戻れた時に後ろめたさを感じにくいから。
「どんなことしてるとかは知らなかったけど、後ろめたく感じるような事だったら、これからずっと後ろめたく感じるはずだ。……麦、ほんとにやってんのか?」
葵も、柚ちゃんも、いっちゃんも。気になってるんだ。このことに関する真偽を。聞いてくれるんだ、話を。
「…してたよ。さっきまでしてたんだ、まだ柔らかいかもね。ちょっと慣らせば、入るんじゃねえの?」
あくまで笑顔で。3人に俺がもっと最低なヤツだって印象をつけるために。お前らは俺なんかに構ってるだけ無駄なんだよ。
「そんな疲れた顔してる奴に突っ込めるもんか……俺達もそんな非道じゃねえよ」
「……俺そんな顔してんのか?」
やっぱりまた。なんか疲れた表情見せてお情けを…みたいな展開はあんまり好きじゃないから隠してたつもりなんだけど。
「てか好きでやってんのに、やつれた顔してんの、どういうことだよ」
葵は不機嫌そうな態度を隠しもせずに言う。
「疲れるもんは疲れんだよ。」
「あっそ。」
「試してみるか? 気持ちいいかもしんねえよ?」
「そんなこと言って。むぎちゃんは気持ちよかった? ほんとにすき?」
ずっと黙ってた柚ちゃんが口を開いた。柚ちゃんは今も、俺がもう一度音楽やりたいと思ってると信じているのか。答えはやりたい。すごく。柚ちゃんはあの日からなんにも変わってない。それに、あんなことが、行為が好きでやってるんじゃない。ただなんにも考えなくていいのが楽で、それだけだ。気持ちいいことは嫌いじゃないけど、あの行為が気持ちいいなんて思ってない。それに、好きでもない人に触られるなんて、……
「……嫌いだ。…あんなこと、もう、いやだ…気持ちよくねえよお、あんなの…」
初めて、言葉にした。頭の中でもなるべく言葉にしなかったそれに薄々感じてたけど、言葉にするとどうしてもダメになるから、言葉にすることだけは避けた。涙が出そう。幾年か振りにこぼれ落ちた弱音が思いのほか大きくて、耐えるために俺のボーカルと嬌声に大切な唇を犠牲にした。