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しばらくは部屋での療養の日々が続いたが、医者から言われた一週間を過ぎて、アイリスの生活は少しずつ以前と同じに戻ってきた。


しかし、アイリスが屋敷に閉じこもっている間、巷ではおかしな噂が流れていたようだった。


アイリスのお見舞いに来てくれた令嬢たちが、意味深に声をひそめて教えてくれる。


「実は、皇太子殿下がセシリア様と婚約破棄されるおつもりじゃないかという噂がありますの」

「そしてアイリス様と婚約なさるんじゃないかって……。今巷ではこの話で持ちきりなんですよ」

「殿下から毎日のように贈り物が届いていらっしゃるのでしょう?」


令嬢たちから好奇心に満ちた目で見つめられ、アイリスは返事に困ってしまう。


「いえ、あれは贈り物というか、お見舞いの品で……。皇室主催の狩猟祭で私があんなことになったから、とても責任を感じてしまわれているようなんです。ほら、殿下は真面目な方でいらっしゃるから」


合理的に分かりやすく説明したつもりだったが、令嬢たちはあまり納得していないようだった。


「それもあるかもしれませんが、毎日贈り物をなさるのはやっぱり特別な想いがなければあり得ないと思いますけど……」


別の令嬢もうんうんとうなずいて、自分は最初から分かっていたというような顔で語り始める。


「そもそも、セシリア様とのご婚約も急すぎましたもの。これは非公式な話ですけど、セシリア様が片目の視力を失われたのは、殿下を庇われたためらしいですわ」

「えっ、そうなんですか……!?」


アイリスが驚いて聞き返すと、情報通の令嬢は少し得意げな顔で返事した。


「ええ、そんな事件があったなんておおやけにはなっていないですが、殿下がそのようなことを仰ったことがあったようです。つまり、殿下がセシリア様と婚約されたのは、おそらく罪滅ぼしのためで、想い合っての婚約ではなかったのではないでしょうか」


初めて聞く話にアイリスが呆然としていると、他の令嬢たちが「きっとそうですわ!」「殿下が本当に想われているのはアイリス様なんですよ」とはしゃぎ始めた。


「……そんな噂があったんですね。でも、あまり滅多なことは言わないほうがいいと思いますわ」


アイリスは何とも言えない思いを抱えながら、少し冷めた紅茶に口をつけた。



◇◇◇



令嬢たちが帰ったあと、アイリスはエヴァンに例の噂について聞いてみた。


「今日、おかしな噂を教えてもらったんだけど……イーサン殿下が婚約破棄するかもしれないって話、エヴァンは知ってた?」


いつものように一緒にお菓子を食べながら尋ねてみると、エヴァンは驚いた様子もなく、何でもない表情で返事した。


「うん、知ってるよ。殿下がセシリア嬢と婚約破棄してアイリスに求婚するって噂だろう?」

「そ、そう、それ……」


少し決まりの悪い思いでうなずくと、エヴァンがくだらないとでも言うように左右に首を振った。


「でも、こんなのただの低俗な噂だよ。皇室の婚約者がそんなに簡単に変わるわけがない。恋愛話にしか興味のない令嬢たちの妄想に過ぎないよ、まったく馬鹿馬鹿しい」


エヴァンが痛烈に批判するので、アイリスもたしかに信憑性のない噂だったと思い直す。


「……そうよね。噂なんてあてにならないわよね」

「そうだよ。あることないこと言って楽しんでるだけなんだから、真に受けて悩むことないよ」

「ええ、そうね。ただ、イーサン殿下が困っているんじゃないかと思うと──」


もう一人の当事者であるイーサンを思いやって返事をすると、エヴァンが不機嫌そうに顔をしかめた。


「そもそも、こんな噂が流れたのは殿下の軽はずみな行動のせいだ。これ以上、変な噂が流れないように早く公爵領に戻ろう」


たしかに、これ以上皇都に留まっていては、噂がさらに過熱してしまいそうだ。


療養のせいもあって滞在が長引いてしまったが、もうだいぶ体調も戻ってきたし、一刻も早くイーサンの呪いを解いて公爵領に帰ったほうがいいだろう。


エヴァンがアイリスの隣に来て、心配そうに肩を抱く。


「公爵領に帰ったら、もう皇都には来ないでずっと向こうで暮らそう。アイリスが退屈しないように、僕がなんでも願いを叶えてあげるから」

「エヴァン……」


いざ公爵領に帰ろうと思うと、どうしてかあまり気が進まない。7年前は案外簡単に発つことができたのに。


そんなアイリスの思いを見抜いたのか、エヴァンが肩を抱く手に力を込めた。


「──アイリスが嫌がっても連れていくからね」

「……嫌がったりしないわ」


皇都にいると、イーサンに会うと、やっぱり抑えている気持ちが揺り動かされてしまう。


クリフへの想いを吹っ切れたと思っていたのに、それはそう思い込んでいただけで、実際はなんとか心の奥底に封じていただけなのだと思い知らされる。


前世で相対した古代竜のように、どんなに必死で封印してもたやすく蘇ってしまうのだ。


アイリスがエヴァンの腕にそっと手を触れる。


「でも……帰る前に、殿下の呪いだけは解かせて。命に関わることだから。彼と会うのはそれきりにするわ。お願い、エヴァン」

「……分かったよ」


エヴァンに抱きしめられたまま、アイリスは狩猟祭の日に見たイーサンの赤く染まった顔を思い浮かべた。


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