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有賀さんと水原奈緒さん。有賀さんの態度からかなり親しいんだと思われる。
もしかしたら湊はこのことを知っているのかな。
だから、マンションに住み続けたり、私と寄りを戻したいような発言をしたのかな?
「秋野さん、どうかしたの?」
「い、いえ。すみませんぼんやりしてしまいました」
不審そうな有賀さんにはそう言って誤魔化したけど、仕事に戻ってからも、気になって仕方なかった。
湊は水原さんに振られたのかな。
そうじゃなかったとしても、有賀さんがライバルだと厳しそうだ。
それにしても、水原さんは何を考えているのだろう。
湊も有賀さんも彼女を評価し、信用している様子だけれど、私にはフラフラと不安定で自己中な人と感じる。
浮かない気分で資料を作成していると、雪斗からメッセージが届いた。
「会議室で待ってる」
……何の用だろ。担当替え依頼、こんな連絡が来るのははじめてだ。
文面がやけに素っ気無いのは、機嫌が悪いからかもしれない。
私は急いで作成途中のファイルを保存し、会議室に向かった。
「遅い」
扉を開けると直ぐにそんな言葉を投げつけられた。
八人程度しか入れないこじんまりした部屋の長机の端に、雪斗は気だるげな顔で座っている。
うわ……やっぱり機嫌が悪い。
「返信くらいしろよ」
雪斗は机に置いたノートパソコンを見ながらボソリと言う。
急いで来たから、返信は不要だと思ったのだけれど。
「ごめん。それでどうしたの?」
雪斗の隣の椅子に座りながら問う。
ちらりと見たノートパソコンの画面はメール受信の一覧だった。
……まさか私の返信を待ってた訳じゃないよね。いくらなんでもそんな暇は無いはずだけど。
「昼、有賀と一緒だったろ」
「うん、何で知ってるの?」
「聞いたから。それで、どうして有賀と二人で行ったんだ?」
「偶然同じタイミングで休憩に入ったから」
ランチのこと誰に聞いたんだろう。
お店に会社の人居たのかな……店内の様子を思い出していたら、雪斗が苛立った様な声を上げた。
「俺が誘うとすぐ断るくせに、有賀の誘いは簡単に乗るんだな」
「そういう訳じゃ無いけど」
雪斗と居ると噂になりそうだから初めは避けてしまったけれど、今は予定が合わないだけなのに。
そんなことは雪斗だって分かってそうなのに、何で今日はやたらに絡んで来るんだろう。
まさか……ヤキモチ? 雪斗が?
そんな訳はないだろうと思いながら彼を見る。
相変わらず、完璧なイケメンだ。少なくとも私の事で、嫉妬して感情的になる様には見えないけど。
「有賀さんと二人で食事をしたことを怒ってるの?」
一応聞いて見ると、雪斗は迷わず頷いた。
「当たり前だろ? 自分の女が他の男とこそこそ二人きりで出かけて不愉快にならないやつはいない」
こそこそって……。
自分の女って……。
何だかドキっとしたり突っ込みたくなる言葉ばかりだけれど、要はやっぱりヤキモチってこと?
「何で黙ってるんだよ?」
「だって……」
雪斗は私を、本気で好きな訳じゃ無いはずなのに。こんな言い方されたら、勘違いしてしまいそうになる。
怒られているのに、私は少し喜んでいる。でもそれを素直に伝えることはできなくて……。
結局、雪斗は苦笑いを浮かべながら、私の頭に手を乗せた。
「今度からは俺を誘えよ」
「うん……ごめんね」
私は間違った行動はしていないと思っている。それなのに、素直にそんな台詞が出てきたから不思議だった。
翌日。有賀さんは、朝から機嫌が良いように見える。
水原さんとのデートが上手くいったのかな?
ということは、湊とは別れたのかな?
こんなに短期間で……彼女は湊に本気じゃなかったの? そんな人に私は負けてしまったの?
何とも言えない嫌な気持になる。もう湊のことで惑わされたくないのに、考えずにはいられない。
私が感じた苦しみを、今頃湊が受けているのかと思うと、複雑だ。
因果応報だと思う気持ちと、水原奈緒さんに対する憤り。
私たちが別れる原因になったのに、自分だけさっさと新しい幸せを掴もうとしているなんて。
どうして彼女ばかりが愛され大切にされるんだろう。
私と彼女の違いは何?
「秋野さん、この製品の試作品を作りたいから見積もりを取ってくれる?」
有賀さんが、私の席まで来て、資料を手渡した。
「はい……」
水原さんが私に何をしたのか何も知らずに、張りきって働く有賀さんを見ていると、もやもやする。
でも、こんな暗い感情からは早く抜け出したい。
自分が幸せなら過去の事なんて気にならないと言う。私も早くそう思えるようになりたい。
金曜日の夜、雪斗に誘われて夜景の綺麗なレストランに行った。
「ほら、今日は遠慮無く飲めよ」
雪斗は魅惑的な笑みを浮かべながら、綺麗な赤色のワインを勧めてくれる。
「ありがとう」
スマートな動作。
さり気無い気遣い。
初めは大嫌いだった雪斗だけど、今は些細な動作にも魅力される。
こうして向き合って食事をして、会話をして……楽しくて時間はあっと言う間に過ぎて行く。
食事が終わると、雪斗は仕事の話を切り出して来た。
「来月の展示会、美月は出られそうか?」
「どうかな……私は会社で留守番のようなな気がする」
新製品を発表する展示会は会社にとっても大きなイベントだ。
当然雪斗は行くし私も参加したい気持ちはあるけど、留守番役も必要だから行きたいとは言い辛い。
「美月も出られる様に言っておく」
「え、本当に?」
「せっかくなら美月と見て回りたいし」
……なんか、雪斗って本当に私の気持ちを浮上させるのが上手い。
「今日は元気そうだな」
雪斗は相変わらずの洞察力で言う。
ここ最近私が沈んでいるのなんてお見通しの様だった。
「聞いてやるから言えよ」
雪斗はグラスにワインを注ぎながら言う。
「自分でも意味無い事で悩んでるって分かってるんだけど……」
甘口のワインを口に運びながら、有賀さんと湊、それから水原さんの事を話す。
私が話してる間、雪斗は口を挟まない。顔色も表情も変えないで聞いている。
「私にはもう関係がない話だと分かってるんだけど、気になっちゃって……」
ため息まじりに零すと、雪斗はそれまで手付かずだったグラスを掴んだ。
「確かに、美月にはもう関係がない話だ」
そう言うと一気にワインを飲み干す。
「前の男のことは気にするな。女に振られていたとしても、つまらない相手を選んだ自分の責任だ」
「そうだよね」
雪斗の言う通りだった。それは私にも言えることだけれど。
「美月、今日泊まらないか?」
「え? いいけど……」
「たまには気分変えてホテルがいいな」
雪斗は椅子から腰を上げると、私に誘いの手を差し伸べだ。
雪斗に連れて行かれたのは、以前も泊まったホテルだった。
最近は雪斗の家に行くのがパターンだったのに、急にどうしたんだろう。
酔いでぼんやりした頭でそんなことを考えながらシャワーを浴びる。
髪も身体も洗って、そろそろ出ようかと思っていると、背後に有るシャワールームの扉が前触れ無く開いた。
「えっ?」
驚いて振り返る。
そこには雪斗の姿が……他にこの部屋には誰も居ないんだから当たり前なんだけど、でもどうして?
雪斗はもう先にシャワー浴び終えてるのに。
「あ、あの……」
明るい灯りの下で、何も着ていない状態は恥ずかしすぎる。
居たたまれない私に対して、雪斗は冷静だ。
「もう一度入ろうと思って」
「えっ?」
嘘でしょ?
無理!
当然拒否しようとしたのに、雪斗は気にもしないでバスローブを脱ぎ捨て堂々と入って来る。
有り得ない。
この状況どうすれば……。
雪斗はスタスタと足を進め、浴槽に入る。
「美月も早く来いよ」
「いや、私出てるから」
とにかく逃げようとしたけど、素早い雪斗に腕を掴まれて強引に引き込まれてしまった。
「何でそんなに小さくなってんだよ」
身体を隠す私に、雪斗は呆れた様に言う。
「いつも見せ合ってるだろ?」
「見せあってなんて無いでしょ?」
なんてことを、言うんだろう。
ああ、何でこのお風呂は入浴剤が入っていないの?
丸見えだし、明るいし。
確かに今更恥ずかしがるのは変かもしれないけど、ベッドとお風呂は全く違うと思う。
どうして急にこんなこと……今までシャワー中に乱入なんて無かったのに。
広めの浴槽だから窮屈ではないけれど、雪斗が腕を回しているから恥ずかしい位密着している。
でもこの場合、離れている方が良く見えちゃう訳だから逆にいいのかも……。
「何、黙りこんでんだよ?」
耳元で笑いを含んだ雪斗の声が聞こえてきた。
反射的に顔を向けると、水に濡れた艶っぽい雪斗の顔が。
何、この必要以上の色気。それに物凄く余裕の表情。
こういった状況に慣れてるんだろうけど。
「何だよ?」
「……どうして急にこんなことをするの?」
「こんなことって?」
「だから、一緒にお風呂とか……今までそんなの興味無さそうだったのに」
「無い訳ないだろ?」
迷う素振りも無く即答された。
「興味無い男なんていないだろ?」
自信満々で言うけれど、湊は私の入浴には全く関心無さそうだった。
ついうっかりそんなことを考えてしまったけれど、直ぐにハッと我に返った。
今はそんな事思い出してる場合じゃなくて……。
「何か……有ったの?」
雪斗の行動を見てると、どうしてか不安になった。
何を考えてるのか分からない。
雪斗は優しいけど、私に思っていること全てを話してくれる訳じゃ無いから。
でも、いつもと違う行動をするって言うのはやっぱり何か心境に変化が有ったからだろうし。
「何、心配そうな顔してんだよ」
雪斗はそう言いながら私の身体を抱き締めた。
……こうやって強い力で抱き締められると、すごく切ない気持ちになる。
嬉しいのに不安。気持ちが不安定でコントロール出来ない。
「聞きたいことがあるならちゃんと言えよ?」
「……」
「何だよ?」
「……何でも無い」
頭に浮かんだ言葉を声にする勇気が無かった。