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ふたりの勝負が終わるとシレントがやってきた。トドメでも刺すのではないかとヒヤヒヤしたが、アルバートにまったく殺気がないのに気付いて、あえて近寄らなかった。そして今度は自分の番だとアルバートと向かい合う。
「彼女はそのままでいいのかね?」
「自分で動くさ。そこまで手を貸したら彼女が傷つく」
「うむ、よく分かっているようだ」
帽子を脱ぎ、胸に当てながら哀れな視線をシレントに送った。
「それだけに惜しい。君は仲間をなんだと思っているのか」
「……? すまない、言ってる意味が分からないんだが……?」
「その心がありながら、君は仲間を信頼できていない」
一瞬で距離を詰められてシレントが後ろに下がろうとすると、その頭に帽子をぽんと被せて、アルバートが回し蹴りを放った。
避け切れない。そう判断して腕で受ける。強い衝撃が全身を電流のように駆け抜け、床がまっすぐ罅割れていくのを横目に見てぎょっとした。
「なんて威力だ……。ご高齢とは思えない」
「コツがあるんだよ、何事も」
教えを乞う間もなく顔面に拳が叩き込まれて吹っ飛んだ。
シレントはそれでもまだ平気そうに転がりながら立て直す。
「随分と僕のときは手ェ抜かれるんですね、アルバートさん」
「……やれやれ。やはり君は無自覚らしい」
何度かぎゅっ、ぱっ、と拳を開いたり閉じたりしてアルバートは呆れた。
「私は手を抜いていない。紛れもなく彼女に打ったものを二度、君は当たり前のように受け、喰らっても平気な顔をして立ちあがっているのだよ」
思わずシレントは信じられないと口に出して構えを緩めた。
二度も喰らった打撃の威力は見ればわかる。全身を突き抜ける感触と、その衝撃ひとつで頑丈な床を罅割れさせるほどなのだ。だが、耐えた。クローディアのときとは絶対に違うとシレントは思った。
「冗談がキツいよ。僕は彼女と違って前衛に立てるような人間じゃあ……」
「それだな、原因は。レオがよく君の面倒を見れたものだと笑えるね」
帽子の埃をばしばしと払いながら、両手でスッとかぶり直して位置を整える。わざとシレントから視線を外して、隙を晒した。
「レオは最初から強い子の面倒しかみない。そういう子だ、私の知る限りはね。おそらく君も、その例に漏れなかったはずだ。────どうして自分は弱いなんて言えるのかが分からないね。無意識に相手を傷つけないようセーブしてるのか?」
シレントは動かなかった。どう出るのかばかりを窺って戦おうとしない。自分に戦う力がないと思っているのか、あるいは戦う気がないのか。いずれにしてもアルバートには、あまりに愚かで、退屈で、滑稽だった。
「君は誰かと対峙したとき、まともに戦おうとしたことがないだろう」
「……それは」
「荷運び人であれば戦わなくていいとでも。誰かを傷つけるのは怖いかね?」
「そうは思っていないが、戦わずに済む相手ならその方が」
「────馬鹿馬鹿しい。だから君は仲間を道具のように扱っているのだ」
正面から突っ込んできたアルバートの素早い身のこなしを、今度は見切って躱してみせた。必死に見えるが、シレントは相手の動きを捉えている。対応している。本人が無自覚で行う異常性を認識できていない。
瞬間、アルバートの速度があがってシレントの顎を平手で打ち抜く。
「ほう。倒れないかね」
「ぐっ……、お返しだ!」
腕を掴んで引き倒そうとするが、老人の身体は、そのスマートな体つきからは想像もできない。太い根を張った巨木を引っ張っている感覚に唖然とした直後、彼の身体は逆に地面に落とされた。
踏みつけようとする足を間一髪で躱して距離を取り、呼吸を整える。汗が滲み、恐怖心が胸の内に小さく芽生える。間違いなく殺そうとした、と。
「ちょっと僕のときだけ殺意増してるんじゃないか」
「それでも君は死なないだろう。私の動きについてこれるんだから」
「じゃあ話の続きだ。僕が仲間を道具のように扱ってるって?」
「その通りだね。だって君は戦わないのだろう」
「僕が戦う必要がない。皆が僕より強いんだから、むしろ邪魔になる」
この男は、とアルバートは本気で呆れて肩を竦めた。
「そうだ。君はそうやって自分の身を守りながら後方で指を咥えて見ているだけだ。戦うだけの強さがあるにも拘わらず、自分は弱いといって殻の中に閉じこもり、強い仲間がいるという信頼とは名ばかりの関係で盾にしているのだよ」
さらに彼を責めるようにアルバートが続けて言い放った。
「いつも危険な場所に仲間を立たせ、いざというときしか動かない。仲間が太刀打ちできなかったときはどうするつもりだ。狼狽えて助けてくれと敵に懇願でもするのか。四十年も生きてきた男が戦場で甘えたことを……」
痛いところを突かれたように、シレントは記憶が蘇った。
エッセレが立ちあがれば安心して、死にかければ狼狽えた。助ける手段も簡単に奪われたとき、ただ見逃されたことばかりに目を向けて、自分が取った行動の意味については考えもしなかった。
『怒られてくれないと困りますが。あなたは少々ばかですので』
身勝手で、浅慮で、無謀で。自分が矢面に立っているようで、いつでも前線にいたのが彼女たちであることを振り返り、胸を槍で刺された気分だった。
「君はあれかね。言葉が交わせる相手とは常に分かり合えるとでも思っているのかね。だとしたら相当の愚か者だ。暴力が嫌いなのは結構。それを悪いとは言わない。だが、嫌いなら嫌いで使い方くらい熟知しておきたまえ。常に君に選択肢があるとは限らない。命のやり取りとはそういうものだよ」
返す言葉がひとつも喉から出てこない。なのにシレントは自分でも不思議なほど笑みが浮かんでいた。真っ向から否定されて、それを認めた瞬間。どうしようもない嬉しさが湧き上がってきた。
「……じゃあ、あなたと戦えば僕の答えは見つかるのか?」
「保証はしない。だが、少なくとも切っ掛けにはなるかもしれないな」
直後、初めてシレントから仕掛けた。打って変わっての攻防が始まり、シレントとアルバートは互いに拳を交えた。百戦錬磨のアルバートに比べれば、今までに逃げ回っていたシレントの動きなど鈍いものだが、その動きに付き合った。
「君はいつも誰かの後ろにいる。前に立っていてもそうだ。誰かの影が常に君の前にいて、安心できる場所で話す雰囲気がある。だが、それではいずれ仲間を殺す。魔族とやらがではない。助けようとしなかった君が殺すんだ」
うわべだけの善意。うわべだけの理想。どこかで何かがズレている感覚はあったが、何が悪いのかが自分では気づけなかった。周りも気を遣って言わなかった。否定したうえで叩き直してくれる存在のありがたさが身に沁みる。
拳を受け止められたとき、シレントはぼつりと言った。
「僕の理想は魔族との対話による共存だ。あなたの言うように、僕は仲間を盾にしながら、彼らに理想を語った。それで受け入れられるわけなかったんだ」
端から相手にされていない。強さを、理想を理解されていたとしても。それが叶えられる人間かどうかなど他人であればよく見えてくるものだ。
見逃されたのは、エッセレの首を差し出すくらいであれば死んでも構わないという精神に敬意を示されたに過ぎない。だが裏を返せばそれは自分で戦うことへの放棄。言論という名の欺瞞に満ちた理想のカタチだけを、彼らは認めない。認めるはずがない。だが可能性だけは感じたから、ひとまず見逃したのだ。
「彼らの武力に拮抗できなければ彼らは対話の道を開かない。過去にそれだけの道を閉ざしてしまう理由があったのを聞いておきながら、僕は自分の理想だけをべらべらと……。本当に情けないと思う」
瞳の奥に宿った熱を感じ取って、アルバートはようやく本心で微笑む。
「ああ、良い子だ。やればできるじゃないか。────では、ここからは言葉は不要だろう。君の可能性を拡げていこう、全力でね」
コメント
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えぇ〜〜!!!今回めっちゃ熱かった!!🔥😭 アルバートさんの「仲間を道具のように扱ってる」って言葉、めっちゃ刺さったんだけど…!シレントはずっと自分は弱いって思い込んでたけど、実際は無意識にセーブしてたっていう衝撃の事実!「戦わない=信頼してない」ってなるの、めっちゃ深いなぁ〜 最後にシレントが自分から仕掛けた瞬間、鳥肌立ったよ!!自分の理想を語るだけじゃなくて、ちゃんと力をつけようとし始めたのがエモすぎる🥺💕 アルバートさんの厳しくて温かい指導、めっちゃ尊い…!2人の関係性がこの回でガラッと変わった感じがして、次の話が待ちきれないよ〜!!📖✨