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結果から言うと、ボコボコだった。打てば返され、守れば崩され。何をしたらいいのかも分からず、最終的にはがむしゃらに挑んで、今では正座して反省の時間だ。顔はすっかり腫れあがり、もはや痛すぎて痛いのかも曖昧になっていた。
レオはそれを見て大喜びで腹を抱えて床を転げまわった。
「いひひ! なんだい、その顔、発酵したパン生地みたいだ!」
喋ろうと口を動かすだけでびりびりと痛みが走り、しゅんとする。ひとつくらい言い返してやりたい気持ちが、瞬く間に沈んでいく。
「レオ、そろそろ笑ってやるのはおしまいにして傷を治してあげなさい」
「ふ……くくっ、そうだな。わかったよ、ほらこっち向い────ブフッ」
下を向いてぶるぶる震えながら、治癒魔法を掛ける。瞬く間に傷は言えたが、シレントは複雑な気分で、半ば怒りが勝っていたが言葉にはせず、握った拳だけが訴える。そんなもの、見向きもされなかったが。
「こんな状態で魔族と対話なんて本当にできるのかなぁ」
「わ、我輩は信じているぞ! 気に病むな、シレント殿……!」
「ありがとう、クローディア。でも君も笑ってたよね?」
空気が和やかになったところで、アルバートは手袋を外す。
「安心したまえ。君に必要なのは相手を叩き殺す力ではない。きっと、その魔族は私よりも遥かに強いのだろう。であれば君が意識するのは倒れないことだ」
「倒れないこと……今ならなんとなくわかるよ。あなたのおかげで」
どっしりと座り込んで、天井をみあげ、笑みが浮ぶ。
「君たちの事情もおおよそ聞いた。闘技場の者たちの説得はなんとかしてみよう。……だが分かってるのかね。皇太子を敵に回せば、君たちがこれから起こす事件はまさに国家転覆とも取れる」
シレントはまっすぐ目を見て答えた。
「もとより覚悟したことだ。友達ひとり見捨てて、対話なんて望めない」
「合格だな。では急ぎたまえ、彼は既に私のところにも来ている」
「はっ!? それは本当か!?」
驚いて立ちあがったシレントに、手を下げて落ち着くよう促す。
「突っぱねてやったよ。あの若造は戦いを知らない。安全な場所から眺めて楽しむだけの男のために働くのはごめんだ。しかし君たちは違う。自分たちの意志で自分たちよりも大きなものに挑もうとする。そこが気に入った」
政治屋は嫌いだ。口八丁で不都合なことを誤魔化して、下々の人間を動かす。自分たちの手は汚さず、他人にばかり任せながら椅子に座り、自分は偉いのだと言わんばかりに権力を見せびらかす。アルバートには受け入れがたい人種だ。
それならば、シレントたちに手を貸した方がよほど面白いと見た。
「君たちは壁をひとつ乗り越えた。背中は任せなさい」
頼もしく温かい言葉に、シレントはしっかりと立って深く頭をさげた。
「ありがとうございます。おかげでようやく信頼する意味を理解できたと思います。これでゼロたちも少しは会話に応じてくれればいいんですが」
「大丈夫さ、今の君なら。さあ、行きたまえ。友達を助けておいで」
シレントはもう一度だけ深く礼をして、クローディアと共に闘技場を出て行く。レオは、その後ろをついていく前に、ひとつだけアルバートに尋ねた。
「ゼロは強いよ、アルバート。君も彼らについていくのかい?」
「そのときはね。多分、そこが私の死に場所になるだろう」
「……もうすぐお別れだね」
「プロポーズは五十年前にしてくれた方が良かった。すっかり枯れたよ」
「わかってる。ウイスキーは持っていってやるから安心したまえ」
そう言い残して、シレントたちの後を追った。
ただ戦いを求めてきた男と生きることを選んだ女は、そこで別れた。
「何を話してたんだ、レオ?」
「酒だよ。極上のウイスキーで一杯やろうって約束さ」
ショットグラスをつまんで傾ける仕草をして、ニタリと笑う。
「君もイケるクチだろ。そのときは誘ってもいいかい?」
「あぁ、もちろん。クローディアもどうだい」
兜を被り直しながら、クローディアもこくりと頷いた。
「酒は好きだ。我輩も許されるのであればぜひ」
「もちろんだとも。何人いたって楽しいものだよ。……さて、と」
闘技場の外に出て、目指すは町のどこよりも立派な場所。皇宮は警備を強化して誰も通す気がないが、レオは強引に通る気満々だ。
「君たちだけは通す気が皇太子にはないだろう。となりゃあ、強引に行くことになる。入ったらボクらは反逆者だ、引き返す道はない。覚悟はいいな?」
残してきた仲間たちはいつでも動ける状態だ。闘技場から使者も行くだろう。となれば、危険な場所に飛び込むのはたった三人だけ。何が起きてもおかしくない。仮に上手く救出できたとしても、自分たちの潔白を証明できなければ、魔族たちとの対話は愚か、自分たちの敵は同じ人間に変わってしまう。
「僕はいいさ。それに、だからこそレオが来てくれたんだろ?」
「……よく分かってるじゃあないか」
あらゆる魔法を極めた最強の魔法使い。その技術は千、あるいは万に至る。無策で飛び込み、争いに首を突っ込むほどレオは戦闘狂ではない。どちらかと言えば戦うのはあまり好きではない。戦いとはあくまで自衛の手段だ。
となれば何か大きな罠を張っている。蜘蛛がひたすら獲物が掛かるのを巣で待つように。それが理解できるのは、長く付き合いがあるからこそだった。
「じゃあまずはボクについてきたまえ。面白いものを見せてあげよう」
自信たっぷりに連れていかれたのは、まさに皇宮の正門前。露骨な嫌悪と警戒の視線が向けられた。レオはそんなもの関係ないとばかりにその場で屈み、地面に手を触れると、青白い光が地面を奔る電流のように輝いて消えた。
「何をしたんだ?」
「結界だよ。少しは騒ぎを抑えとかないと」
異常な行動を感じた門番の兵士たちが十名ほどでやってきて三人を取り囲む。シレントやレオは素手だが、クローディアは常に武装しているため、相手も剣に手を掛けて制圧する気でいた。
「殿下はお前たちを通すなと仰った。此処で大人しくしてもらおうか」
レオはぼけっと突っ立って、大きなあくびをする。
「雑魚の相手は任せるよ。ボクにはやることがあるから、後で会おう」
堂々と歩いてその場を離れようとして、兵士のひとりが捕まえようとする。
「おい、大人しくしてろと言ったばかり────うああっ!」
触ろうと手を伸ばした瞬間、全身に電撃が走って気を失った。レオはゴミを見る目つきで倒れた兵士を鼻で笑う。
「喧嘩売る相手を間違えるなよ。ボクはそもそも君らが触れる相手じゃない。遊びたいなら、そっちの二人にしておきたまえ」
振り返ってレオがバチッと不器用にウインクする。クローディアは剣を抜き、シレントは固く拳を握りしめて構えた。
「やれやれ、さっそく大暴れしろって?」
「良いではないか。さっきの憂さ晴らしだ、適度に痛めつけてやろう!」
コメント
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読み終えました!いやあ、もう第45話、ここまで来たんですね。シレントがアルバートとの修行を経て「倒れないこと」を意識するようになったの、グッときました。それにレオとアルバートの別れのシーン、ウイスキーの約束とか「プロポーズは五十年前」ってセリフ、泣けます……。いよいよ皇宮へ突入ですね。三人の覚悟が伝わってきて、続きがすごく気になります!