『樹。仕事終わった? 今日は美咲んとこ寄って帰るね~。樹ももし来れそうなら待ってるね』
透子からそう携帯にメッセージが入ったのは、今から一時間前。
オレはそのメッセージを確認しつつ、急いで修さんの店へと今急いでいる途中。
透子と籍を入れて家族になってから約一年。
一年経った今も、オレと透子と二人で過ごす時間の多くは、家以外では相変わらず修さんの店。
結婚して二人の時間が増えると思っていたのも束の間、オレは親父の会社で副社長として今ではいろいろと任され、最近は社長の代わりにオレがやることが増えて勉強の日々。
だけど今は自分が成長する為、その副社長としてのポジションに甘えたくなくて、逆にそのボジションを活かして、最近は新しいプロジェクトも発案して任されている。
それと同時に自分で立ち上げた会社の方も支店を今少しずつ広げていってる状況で、どちらの両立も実は案外毎日大変で。
そんな毎日を送っているせいで、実は結婚して一年経つのに、そこまで透子と一緒に過ごす時間が全然増えてないのが今の現状。
そしてそんなオレと同じくらい、今透子も新しい部門での部長として抜擢され、今までとは違う環境の中で、だけど実は前からやりたかったらしい仕事が出来て、透子も毎日楽しみながら頑張っている様子。
オレたちは、結婚してもお互いの仕事は尊重して優先させるというカタチを取っているだけに、お互い仕事は順調でやり甲斐を毎日感じつつも、夫婦としての時間は案外今まで思ってたよりも過ごせていなくて、実は最近すれ違っていることも多い。
というのも、実はそれはオレが今仕事以外である計画も同時にずっと進めて忙しくしているから。
これは透子には今は言えない計画。
今まではお互いの仕事で新しいこと始めたり、少し行き詰まったりすると、必ずお互い相談し合ったりしていた。
だけど、今オレが一番忙しくしている計画は、透子には内緒の計画なだけに、何も言えなくて。
オレが毎日忙しくしていることで、当然透子は心配して自分に出来ることはないかとか声をかけて気遣ってくれるんだけど、何もまだ言えないオレは、透子にも言えない内密なプロジェクトを今進めているからと言って、そこはあやふやなままにしている。
だけど、そんなオレに少し寂しそうにしている透子がいるのも実は気にかかってもいながら、何も言えなくて少し胸が痛む。
だからオレがなかなか一緒にいられない分、透子は修さんの店へ足を運び、美咲さんと一緒の時間を過ごして気を紛らわしているようで。
修さんから逐一その報告が入って来て、正直オレはそこでオレと会えない時間はその時間を楽しんでくれていることに、少し安心する。
実際家に帰っても二つの会社と今の計画、すべてを同時にこなすことで家に帰る時間も日付が変わる深夜になることも最近は多くて。
結婚した当初は透子もそんなオレを待って起きててくれたんだけど、透子も今の仕事が忙しくなっていろいろ任されていることで、日々疲れも多いみたいで、最近は先に寝ていることが増えた。
オレ自身、透子にも透子らしくバリバリ仕事をしてほしいから、ずっと起きてくれていることは嬉しい反面、無理させたくなくて早く寝てほしいと思ってたから、そこは少し安心した。
だけど、やっぱりオレは透子が足りないと当然仕事も頑張れないワケで。
深夜に帰って先に寝ている透子の寝顔をこっそり眺めて、疲れてなかなか起きないのをいいことに、我慢出来なくなった時は、こっそり透子の手や頬にキスして満足していることは、透子には内緒の話。
例え今忙しくて結婚したのになかなか一緒に過ごす時間がなくても、オレは同じ家に帰って、眠りに就く透子を毎晩眺めることが出来るだけで幸せだったりして。
ずっと想っていた透子と、ようやく結婚出来て、一緒に今いれることがオレは何より幸せ。
そしてずっと隠し続けていた透子に贈る最後の秘密の計画が、ようやくカタチになる準備が整って、オレはいつもの店で待っている透子にいつものように会いに向かう。
「ごめん。透子。お待たせ」
修さんの店に着くと、いつものカウンターの場所で待っている透子が見えて、すぐに謝りながら透子の隣に座る。
「お疲れさま」
だけど、透子はそう言って笑ってオレを迎え入れてくれる。
何度聞いても、この透子の”お疲れさま”の言葉は癒される。
「透子、かなり前から来てたの?」
「うーうん。私もさっき来たとこ」
「そっか。修さん、ビールちょうだい」
「はいよー」
「樹、もっと遅いかと思ってた」
「そのつもりだったんだけどね。透子がオレ恋しくて待ちわびてるだろなぁ~と思って急いで片付けた」
なかなか会えない分、会えた時はいつものようにオレの想いを相変わらずぶつける。
結婚してから更にそれを遠慮することなく伝えやすくなったのは、オレ的にはかなり嬉しい。
「そうでもないよ? 修ちゃん相手してくれてたから」
なのに、透子はオレと同じようにオレを恋しがってくれるどころか、今日は真逆のつれない反応をする。
「えっ? 修さん?」
「はい。ビール。心配すんな樹。お前のあれやこれやを透子ちゃんにお前の代わりにいろいろ教えてやってただけだから」
修さんはそう言いながら面白そうに笑って注文したビールを置いてくれる。
いやいや、修さんのあれやこれやはマズいでしょう。
オレの黒歴史から透子への重すぎる愛まで全部修さんは知ってる。
何言われてもおかしくないだけに動揺し始める。
「何聞いたの? 透子」
思わず気になって透子に問い詰める。
「秘密~」
すると、透子はまだ負けじとオレに対抗してくる。
「秘密~」
そしてなぜか修さんも透子に乗っかって同じようにおどけて煽って来る。
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