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「へーぇ。こんな可愛いbar、私初めて来ちゃいました」
『rocking star』というオシャレとは言い難い居酒屋の二階。
そう、飛鳥さんのあの居酒屋の二階に無理を言って、観葉植物で壁を作って簡易個室を作ってもらった。
――過保護な侑哉は一階で一人で飲みながら待っているし。
どうしてこうなったんだろう。
『今からそっち向うから』
そう一方的に電話が切れて放心状態の私を、侑哉は心配げに覗きこんでくる。
とっくに電子レンジの中のお弁当は温く(ぬるく)なっているし、明日はまだ仕事がある。
なのに、不安でお腹が痛くなってきた。
「上司が今からこっちに来るみたい」
まるで他人事のようにそう言うと、ドライヤーを探しに洗面台へ向かう。
時間厳守で、遅れたらうるさい元上司。
身だしなみにもうるさかった。
長年、あの人に指導して貰っていたから分かる。
完璧にしないと……。
「こんな時間に、みなみに会いに来るの? 何で?
てか非常識じゃん」
「私も分からないし、そう思うけど妙な勘違いされてたら嫌だしちゃんと話してみる」
あの人は私の考えの更に上をいくから、予想なんて出来ないもん。
心配そうに見てくる侑哉に、ニヘっと力なく笑って見せたが、逆効果だった。
すぐに唇を尖らせて、ソファに投げ置いていたブルゾンを羽織り、テーブルの上にあった鍵を握りしめる。
「送っていくよ」
その言葉に、今度は心から笑顔がこぼれ落ちた。
「ふふ。福岡から大分までそんなに早くは着かないよ」
ワンピースのファスナーを上げて、髪を編み込みピンで固定する。
後は化粧のみだから、再び電子レンジのボタンを押す。
「それまで腹ごしらえしますか」
私より慌ててくれる侑哉のおかげで少しだけ心に余裕ができた。
大丈夫。上司は福岡の人だもん。長居できないし、事情を説明したらきっと気まずくなって帰ってくれる。
仕事もそんなに出来なかった私を、上司が連れて帰るとうには思えないから。
今度こそ電子レンジからお弁当を取り出して、食べはじめた。
二回も温めたお弁当は、蓋が少し歪んでしまっていたが、中身は無事。
「……」
「……」
もし、さっき。
上司が電話をくれなかったら。
その電話を私がとらなかったら。
私と侑哉は、どうなってしまっていたんだろうか。
赤ん坊の頃から知っている。
声変わりだって、初恋の人だって。親に怒られて泣いたら一緒に寝たりした。
私が小学校に入学する時は、一緒に行くって暴れて泣きわめいていた。
可愛くて、元気がよくて、ちょっぴりおバカな弟だったのに。
――今、私の目の前にいる弟を私は利用しようとしている。
だれか、だれか、今ならまだ、引き返せるの。
神様、神様、どうかお願い。今度こそ、嘘、つかないで。
温めすぎて、パサパサになったコロッケを頬張りながら、願う。
神様どうか、これ以上私の大切なものを奪わないで。
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