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慶子 (けいこ) は俺たちと共に女神像を前に正座していた。
シロは慶子に寄りそうようにお座りしている。
すると茂 (しげる) さんまでがこちらにまわってきて女神像の正面に着座した。
それに手にしているものは 、笏 (しゃく) ?
んん、どっから出した?
いつも持ち歩いているのか?
さすがは神職……なのか。
茂さんの今の姿は作務衣なのだが、笏を持ち正座すると背中がすっと伸び姿勢が良くなるよな。
なるほど、これか!
『笏は持つ人のその姿勢や、さらには心を正すための持ちものである』
以前何かで聞いたことがある。
まぁその昔、笏は役人さんが覚書するための ”書きつけ板” だったと言われているんだけど……。
あの笏だが、ミスリル合金で作ったらかっこよくないか?
――戦う神主だな。
格好はそのまんま神主の平服が良いかな。
履物は当然草履だろう。
安倍晴明みたいな?
いやいや、安倍晴明は陰陽師だから神主とはまた違うのかな?
だけど陰陽師も政治の領域にとどまらず占術や呪術、”祭祀” をつかさどったとあるので、まったくの無関係ともいいがたいのだが……。
俺たちは女神像を前に揃って低頭し祈りを捧げた。
うん、無事に授かったみたいだな。慶子の身体が薄白く光っている。
鑑定してみると……。
ケイコ・タケサカ Lv.1
年齢 70
状態 通常
HP 18⁄18
MP 9/9
筋力 5
防御 6
魔防 7
敏捷 6
器用 14
知力 7
【スキル】
【称号】 変えられし者、
【加護】 ユカリーナ・サーメクス
慶子もまた【加護】を授かっていた。
まあ、そうなんだろうね。
30年近くも付き合っていれば、これはもう立派な家族だよな。
シロにしたって、俺のうしろで守護霊として見ていたならわかっているはずだ。
さてと、今日のところはこんなものだな。
あとはダンジョンが開いてから、一緒に探索してレベリングしていけばいいだろう。
あれれっ、慶子は帰るんじゃなかったか?
「どうした、何か気になることでもあったか?」
「ううん、もう少しお話ししたいかなぁ~って。できたら夕食もここで一緒にしたいわねぇ」
「おいおい、それは少し厚かましくないか」
「いやいやそうだね、こうして出会えたのも神様のお導きだよ。まもなく娘も帰りますし、ぜひ家で食べていってください」
「では、そのように。夕食の準備は私もお手伝いしますので」
――だってさ。
なにを企んでいることやら。……わからん。
………………
「ただいま~。すぐ夕飯の支度するねぇ。えっ、お客さん来てたの? こんにちは~」
「ああ、おかえり紗月 (さつき) 。こちらはゲンさんの知り合いで竹坂慶子さん。そして、こっちが娘の紗月です。今日は夕食を一緒にするからね」
「まあ、紗月ちゃんていうの。いい名前ね~。夕飯の支度は私も手伝うからよろしくね。着替えたら一緒にお買い物へ行きましょう」
「はい、すぐに着替えてきますね!」
紗月は自分の部屋へ飛び込んでいった。
「ゲンちゃ~ん!」
慶子は右掌を俺に差し出している。
「…………」
んっ? ああ~。
ハイハイと俺は1万円札をその掌にのせる。
「うん十分ね。お釣りはちゃんと返すから」
――だそうだ。
もうねっ、昔のまんまで、おじちゃん泣けてくるよ。 はぁ~。
そして二人は近くのスーパーまで買い物に出かけていった。
ちゃっかりシロに頼んで、二人とも浄化を掛けてもらっていたなぁ。
……うん? 浄化のこと教えてたかな?
「なんか元気な方だよねぇ。70歳ってことだけどぜんぜん見えないし、確りと周りのことが見えているようで、とても素晴らしい人だね」
「そうですね……、ああはしてますけど、結構振り回されてしまうんですよ。ハハハハハッ!」
俺は乾いた愛想笑いを茂さんに返していた。
………………
「「ただいまー」」
二人が買い物から帰ってきたようだ。
「慶子さーん早く早く。台所はこっちですよー!」
「はいはい、今日は美味しいものをいっぱいつくるわよ~」
居間に顔だけ見せると、楽しそうに話しながら台所へ消えていった。
「…………」
あの二人はもう打ち解けてしまったようだな。
慶子は昔っから若い娘 (こ) には好かれるんだよなぁ。
まあ、慶子にくっついてるぶんには悪いようにはならないだろうし。
好きにさせとくか。
美味しそうな匂いに誘われてシロまで台所の方に行ってしまった。
――この軟弱者!
俺はやることもないので居間で茂さんとテレビを見ていた。
夕方のこの時間帯はニュース番組ばかりだよな。
やはり地震関連のニュースが多いようだ。
気象庁のデータからも震源地の範囲は限定的で規模は大きくなる一方だそうな。
女神さまによれば一つ目のダンジョンの覚醒が58日後、すでに2ヵ月を切っているのだ。
このまま何もしないでいると対応が遅れて大惨事になるよな。
直下型でマグニチュード8とか9の大地震が起こったら、震源地付近のビルや建物は崩壊してしまうだろう。
そうなると、この福岡だけでも1万人を超えるような死者が出るかもしれない。
地震が連続して続くようなことになれば救援活動も進まないし、その上スタンピードまで発生しょうものなら、犠牲者の数はどの位にのぼるか見当もつかない。
半年程続いている、これまで地震でもかなりの被害がでているみたいだし。
…………う~ん。
助かる命があるなら助けたい。
全てを救うことは不可能なので、それなりに犠牲者は出てしまうだろうが。
あっ、そうそう。月齢も調べておかないとな。
新聞、新聞……と。
う~ん、今度の満月は7月29日だな。
この前後でもいけるんだよな。チェックして頭に入れていおかないと。
こうなるとムーンフェイス付きの腕時計なんかがあると便利だよな。
『ムーンフェイスの付いた腕時なんてどこが良いんだ~?』 なんて思っていた時期もあったけど、今はそれがすーごく欲しいです。
そうこうしいてるうちに夕食の準備ができたようだ。
慶子の手料理か……、久しぶりだなぁ。
何を作ってくれたのかすっごく楽しみだ。
目の前のテーブルに所狭しと並んでいく料理の数々。
肉じゃがに、ハンバーグに、麻婆豆腐と、まったくジャンルの違うものが並んでいくのだが……。
これって俺の大好物ばかりなのだ。
「……………………」
抑えきれない衝動がこみあげてくる。
――ああ、いかん。
ついに涙腺が崩壊してしまった。
目頭を押さえながら喜んでいる俺。
それを見ていた慶子も、ぽろぽろと涙を零している。
そしてたどたどしく声を詰まらせながら、
「うっ……、うううっ。どんな気持ちで今日まで過ごしてきたのかわかる? どんな気持ちでここへ来たのかわかる? 来るのがとても怖かった。夢ならこのまま覚めないでと願ったわ」
「…………」
「でも、これって現実なのよね。あなたは玄 (ゲン) なのよね。この前会ったときに掛けてくれたあなたの魔法はとても暖かくて、身体の痛みと共に心の闇まで消し去ってくれたの……」
慶子は泣きながら俺の前までくると、その場で崩れるようにへたりこんだ。
「おおっと、大丈夫か?」
俺は座ったまま両手を伸ばし慶子を支えてあげた。
「なによ、勝手に死んでしまって。 なによ、別れの言葉も残さないで。 なによ、寂しい想いばかりさせて。 そしてなんなの、突然帰ってきちゃって!」
「……バカッ! ……バカッ! バカ! バカ! バカ! バカ! 玄のバカ――――ッ!」
「もう私より先に逝くことは許さないんだから。もうあんなに寂しい想いをするのはイヤなの……」
涙をこぼし、ふるえている慶子をやさしく抱きしめ、背中をさすってあげた。
………………
どのくらい、そうしていただろう。
俺はゆっくりと周りに目を向けた。
すると、みんなも泣いていた。
紗月は両手で顔を覆い嗚咽をもらしている。
――俺たちのために。
なんて暖かな家なんだろう。
ここにお世話になることができて本当によかった。
この家族と引き合わせてくれたことに感謝いたします。
…………女神さまありがとう…………