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テラーノベルの小説コンテスト 第4回テノコン 2025年1月10日〜3月31日まで
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「ねえ、何で有賀さんに言ったの?」


雪斗の部屋に帰ってすぐに問いただした。


「嫌だったのかよ?」


雪斗は不機嫌そうに眉を顰めながらも、コーヒーを淹れてくれる。


「ありがとう。嫌というよりも、仕事がやり辛くなりそうで心配」


「そうか?」


「そうだよ。有賀さんが変な気を遣うようになるかもしれないじゃない。他の人にも知られて噂になるかもしれないし」


「有賀が仕事で遠慮することはないから心配するなよ。あいつは穏やかそうに見えて結構気が強いし、自己主張激しいからな」


「そうなの?」


全然、そんな風には見えなかったけれど。協調性の塊って感じで、どちらかと言うと雪斗の方が気が強くて主張するタイプだと思う。


「でも、これで美月は俺のだって分からせたからな。何か有ったらすぐ報告しろよ」


「もう……」


何かなんて有る訳ないけど、何だか気恥ずかしくなった。


美月は俺のだって……そんな台詞、実際言われた事無いから照れてしまう。


でも雪斗は全く気にしてないし、実際そう言う時のニヤリとした顔はさまになっているから困ってしまう。




翌日。有賀さんと少しきまずい気持ちで顔を合わせたけれど、雪斗の言っていた通り、彼は昨日の事には触れずに、いつもの人の良い笑顔で話しかけて来た。


「おはよう秋野さん。今日のスケジュールだけど……」


全く何も言われないのもちょっと気になるが、あえてスルーしてくれているのかもしれない。


資料作成や伝票処理をこなしていると、あっという間に定時になった。


少し残業してからロッカーに向かう。


うちの会社は私服勤務で着替えの必要はないのだけれど、昔は制服着用だったため、その名残でロッカールームがある。

社員は個人ロッカーを与えられており、コートや私物が置いたりメイク直しが出来て便利だ。仲がいい同期と鉢合わせたときは、しゃべりこんだりするリラックスした空間だ。


しかし、今日はドアを開けた瞬間、ぴりりとした緊張の襲われた。


ロッカールームには真壁さんが居て……私の顔を見ると不機嫌そうに目を細めたのだ。

タイミング悪く、他には誰もいなくて、すごく気まずい。


気のではなく無く、重い空気が流れているし、よりによって私のロッカーは真壁さんのロッカーと背中合わせの配置で、避けて通れない。


「お疲れさまです」


私は控えめな声で言うと、鍵を取り出し自分のロッカーそっとを開けた。


メイク直しはせずに、さっさと立ち去るつもりでいた。ところが。


「秋野さん」


背後から真壁さんの声が聞こえてきた。


「はい」


無視する訳にもいかずに振り返ると、真壁さんが険しい表情で私を睨んでいる。


「ちょっと聞きたい事が有るんだけど」


いきなりけんか腰の口調に、私はごくりと息をのんだ。


「……何でしょうか?」


早くも嫌な予感しかしない。


「秋野さんって、藤原君と親しいみたいだけどプライベートでも関係が有るの?」


……ああ、やっぱり。いつか言われるかもしれないと思っていたけど、ついに来た。


雪斗の態度や私の反応を見ていたら、鋭い真壁さんなら気付くと思っていた。


そして、絶対に不快になるだろうと。真壁さんは、雪斗に同僚以上の気持ちを持っているだろうから。


私は返事に迷い、視線を落とした。


本当の事を言ったら、更に関係が悪化するのは目に見えている。


だからと言って、ここで黙っていてもいつかはばれる。既に有賀さんにも知られてるのだ。


今嘘を吐いたら、後々自分の首を絞めることになるだろう。

考えをまとめた私は、真壁さんと向き合った。


「藤原さんとは、プライベートでも付き合いがあります」


友人付き合いとも取れる内容だが、真壁さんなら察しがつくはずだ。


予想通り、真壁さんはくしゃりと顔を歪めた。


「藤原君とは同期で長い付き合いだけど、あなたと本気で付き合うとは思えないわ」


真壁さんの明らかに悪意があるいいように、私は内心驚いていた。


心の中でそう思っていたとしても、本人目の前にして、ここまではっきり言うなんて。


ただ真壁さんの言い分は、私も自覚していることだった。


雪斗は多少性格に問題があるとはいえ、文句なしにいい男だ。

客観的に見て、私は彼に釣り合っていないだろう。

しかも私たちは、お互い惹かれあってはじまったのではないく、傷の舐めあいのような関係だ。

今の私には雪斗との関係が必要だけれど、本気の付き合い言えないだろう。


私が黙っているから、真壁さんは勢いを得たようで声を大きくして続きを口にする。


「ねえ知ってる? 彼は結婚していたのよ」


「え……」


「あら。かなり驚かせちゃったみたいね」


確かに驚いた。真壁さんが雪斗の結婚の事、知ってるとは思わなかったから。


「彼、離婚が成立したみたいで今は独身よ。その辺は心配しなくていいわ」


私はますます驚愕した。

離婚まで知っているとは。もしかして、真壁さんは雪斗の奥さんについても知っているのかな?


「元妻はあなたとまるっきり違うタイプの女性だった。だからあなたとは本気で付き合ってるとは思えないわ」


……やっぱり。


真壁さんは雪斗の奥さんを見たことがある……なんだかザワザワとした気持ちになった。


これまで現実感が無かった雪斗の奥さんが、急に目の前に現れたような気分だ。


「ごめんなさい。ショックを受けたみたいね」


真壁さんは申し訳無さそうな顔で言うが、私を見る目に歪んだ喜びが滲んでいる。嫌な人だ。


「……失礼します」


むかむかする気持ちを怒りを真壁さんにぶつける訳にはいかず、私はその場から逃げ出した。



すっかり暗くなった帰り道。


いつもより早いペースで歩きながらも、真壁さんの言葉を記憶から消すことは出来なかった。


どうして真壁さんは雪斗のプライベート……それも完全に隠していた結婚と離婚について知っているのだろう。


それに雪斗の奥さんのことも気になる。


結婚して直ぐに雪斗を捨てて出て行ったと聞いているけれど、どんな人なのかな。


あの完璧な雪斗をあっさり捨てる女性。その傷が癒えずに自棄になって私と付き合ってしまうくらい、未だに彼を悩ませている女性。


どんな女性なのか凄く気になる。


真壁さんとのやり取りが原因なのか、心が重くて久しぶりに憂鬱になる。


こんな気持ち、早く忘れてしまいたいのに……。



重い足取りで自宅に帰り着くと、見計らったようやタイミングで電話が鳴った。


雪斗からかと思い、急いでスマートフォンを手にする。けれど着信の相手は思ってもいなかった相手、湊だった。

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