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どうして湊が?
この前会ったばかりで、話も済んでるはずなのに。
電話はすぐに切れてしまったが、何の用だったのだろう。
気になるがかけ直す気にもなれなくて、スマホをバッグ仕舞い部屋に入る。
誰も居ない部屋は暗くて冷え切っている。灯りりを点けてバッグをいつもの場所に置いて、コートを脱いだとき、また着信のメロディーが鳴った。
また湊からの着信だ。二度もかけて来るなんて、何か大事な用なのかな。
少しだけ迷って、応答した。
「美月、今話せるかな?」
電話越しの湊の声は穏やかだった。
「少しなら。どうしたの?」
こちらは期待も喜びも驚きも嫌悪も無い、ごく普通の声が出せたと思う。
「ちょっと聞きたいことが有って」
「聞きたいこと?」
「ああ。美月、土曜日に荷物を取りに来るって言ってただろ? 何時になるか時間を教えて欲しい」
「ああ……午後二時くらいになると思う、連絡できてなくてごめんね」
湊は私がマンションに居る間は、どこかに出かけるつもりなのかな。
湊なりに気を遣ってる? つい先日までは、罵り合ってばかりいたのに。
彼が穏やかになったのは、私が居なくなったからだろうか。
私達は、本当に相性が悪かったのかもしれない。
しみじみそんなことを考えていると、湊は分かったと言い、他に余計なことは言わずに電話を切った。
湊との会話を終え、なんとなくボンヤリしたままでいると、今度は雪斗から着信が入った。
「もしもし」
「美月、もう家か?」
低くてどこか甘い雪斗の声が聞こえてくる。
「うん。雪斗はまだ仕事?」
「ああ。明日の会議に使うデータのチェックが有るからまだ帰れない」
「そう、大変そうだね……」
雪斗とはチームが別になってしまったから気軽に手伝えなくなってしまった。
「無理はしないでね。私も手伝えたらいいんだけど……」
「大丈夫だ。データは真壁がサポートしてくれている夫」
「……そっか」
真壁さんとならかなり完璧な仕事ができそうだ。彼女は凄く仕事が出来るから。
でも、彼が今、真壁さんと一緒に居るのだと思うと落ち着かない。
「雪斗と真壁さんって……ただの同期だって言ってたよね?」
帰り際の真壁さんとの会話が思い浮かび、ついそんな言葉が零れた。
「そうだって言っただろ? 美月、またヤキモチか」」
雪斗はからかう様に言う。
「そんなんじゃ無いけど……」
じゃあどうして真壁さんは雪斗の奥さんを知ってるんだろう。
「どうしたんだ?」
黙る私に雪斗は心配そうに声をかけてくる。
「何でも無いよ……」
気になるけどやっぱり聞けなかった。
雪斗のプライベートにどこまで踏み込んでいいのか判断出来ない。
特に元妻関係には気を遣う。寂しさや虚しさを慰め合う相手の私が、悩みの元凶を思い出させるわけにはいかないから。
でも……私が一番心配しているのは、「美月には関係ないだろ」と彼に拒絶されてしまうことかもしれない。
土曜日。湊に伝えてあった時間丁度にマンションに着いた。
鍵を開けて部屋に入る。今日は必要な物を持ち出すだけだけとはいえ、のんびりはしてられない。
湊が帰って来たら嫌だし、すっかり他人の家になったこの部屋に長居はしたくなかった。
まずはクローゼットを確認して……頭の中で段取りを組みながらリビングの扉を開けた瞬間、心臓がドキンと跳ねた。
リビングのテーブルに湊が一人座っていた。
「……何で? 私時間を間違えた?」
思わずそんな言葉が零れてしまった。
湊は私の顔を見ると、少し気まずそうな顔をした。
「間違えてないよ。予定通りだ」
「じゃあどうして? 出かけてるんじゃなかったの?」
責める様な口調になりそうなのを抑えて言う。
「そう思ってたけど、やっぱり美月と話したくなった」
「話?」
気分が沈んで行く。
今の湊には同居していた頃の様な危険な雰囲気は無いけれど、だからって二人きりで居るのは落ちつかなかった。
湊に対する未練とか執着が消えた今でも、恐怖は忘れてない。
湊の言葉を信じて一人で来たのは間違いだったかも……でも、今更嘘を吐くとは思ってなかった。
「座ってくれるか?」
湊に促され、しぶしぶテーブルに着く。
「話は、引越しのこと?」
早く切り上げたくて私から話かけた。
「いや……美月さ、同じ会社の藤原って男と付き合ってるって聞いたんだけど本当か?」
「……え?」
まさか雪斗の話をして来るとは思わなかったから、驚いた。
「その反応は、本当だってことだな」
「……誰から聞いたの?」
湊に知られたって構わないけど、どこからの情報なのかは気になった。
変な噂になってるとしたらやっぱり嫌だし。
湊はさり気無く私から目を反らした。答えたくないからだろう。
私には踏み込んだ質問をしながら、自分にとって都合が悪いことは隠したがるなんて卑怯だ。
反感を覚えていたそのとき、ふと気付いたことがあった。
湊の情報は彼女からのものかもしれない。
彼女は雪斗だけであく、有賀さんとも知り合いだし。
「あの藤原って男は止めた方がいい」
「……どうして?」
「良くない噂が有る」
「どんな噂?」
「女にだらしないって話だ。美月なんて遊ばれて捨てられるに決まってる」
湊はどうしてこんなことを? とても気分が悪い。
「私が誰と付き合おうが、湊には関係無いでしょ? 話がそれだけなら、私は片付けがあるから」
冷たく言い放ち、少し前まで自分が使っていた部屋に足を向ける。
「美月!」
湊はしつこく追いかけて来る。
無視をして必要な物を探していると、湊はイライラした様子でつかかってくる。
「どうして話を聞かないんだよ!」
「聞いてるよ。でも、湊と話す必要はないことだから」
もしも雪斗が噂通りの男だとしたって、湊には関係無いのに。
それに、雪斗が女にだらしない人だとは思わない。
私も初めはなんて適当な人だろうと思っていたけれど、今は違うと分かる。
私との付き合いは本気の恋愛じゃないけれど、彼はいつも私に気を使ってくれている。
ましてや、私が立ち直れない程傷付く様なことをするはずがない。
それなのに湊はしつこく言い募る。
「俺は美月を心配して言ってるのに、どうして分からないんだよ?」
「心配?」
「そうだよ。このままじゃ美月が会社にも居づらくなるかもしれないと思って……」
「水原さんから何を聞いたか知らないけど、そんなことにはならないから」
私はため息まじりに告げる。
「それに今更湊に心配して欲しくない。私が一番必要としてる時は何もしてくれなかったのに」
私が心配だなんて、よくそんな事が言えると思う。私を誰より傷付けたのは湊自身なのに。
全く自覚が無い発言は無神経としか思えない。
「彼は今の私には必要な人だから。湊の話を聞いても気持ちは変わらない」
早口で言いながら手早く支度をした。
早く帰りたい。湊と居ると負の感情に飲まれそうになる。
立ち尽くす湊の隣を通り、玄関に向かおうとした。
その瞬間。
「……ごめん」
湊が小さな声で、でもはっきりとそう言った。
私は、その場で立ち止まった。
今……湊が謝った?
「どう……したの?」
「……美月に酷い事を言ったから」
湊は言いづらそうに,言葉を探すようにそう言った。
でも私は余計に混乱した。
酷いことと言うのは、どの言葉を指しているのだろう。
今までの争いの中の発言について? それとも今日の会話の中での無神経な発言について?
分からない。それに、なぜ急にそんな気持ちになったのかも。
湊は頑なで私の気持ちなんて少しも考えてなかったのに。
……水原奈緒さんと何か有ったのかな?
それで湊は感傷的になっている?
あれこれ考えて黙ったままの私に、湊は顔を曇らせながら言う。
「謝罪も受け入れる気無いのか?」
「あっ、そうじゃないけど……湊が謝って来るとは思わなかったから驚いちゃって」
「俺だって自分が悪いと思ったら謝る」
「じゃあ……今まで謝らなかったのは悪いと思ってなかったからなの?」
浮気して裏切ったのなんて、湊にとっては大した事じゃ無かったって事?
湊は私の言いたい事に気付いたのか、少しふてくされた様な顔をした。
「美月と結婚の話までしてたのに心変わりしたのは悪かったって思ってる」
「……」
「でも美月はそうなった原因を考えないでただ俺と彼女を責めて来ただろ? 自分が悪いなんて思ってもなかったみたいだし……そんなところを間近で見てたら謝る気になんてなれなかった」
「……じゃあ、なんで今になって謝る気になったの?」
「離れたことで冷静になれたのも有ると思う。それに美月が出て行ってからいろいろ考えたんだ。このまま美月と他人になって後悔しないのかって」
湊は私を真っ直ぐ見つめながら言った。
心臓がドキリとする。湊にこんな風に見つめられたのは本当に久しぶりだから。
それに湊の言葉はまるで復縁を望んでいる様にも聞こえる。
そんなわけないのに……湊の言葉に惑わされちゃ駄目なのに。
「今日、落ち着いて話したら美月との関係も良くなると思った」
湊は私の目の前に立ち見下ろしながらそう言った