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結局、由樹が力尽きたのは、日付が変わり、夜が明けてからだった。
その間牧村が何度達したのかはわからない。
もしかしたら一度も出していないのかもしれない。
それくらい、彼は終始余裕だった。
由樹の顔を観察し、その反応に嘲笑い、意識が飛ぶギリギリのところで手加減し続けた。
達しすぎて意識が裏返ったのではなく、快感と苦痛に筋肉の収縮を繰り返した身体が限界を超え、由樹は眠りについた。
薄く目を開ける。
行為中、はぎとられたインナーと、破られるように脱がされたパンツが、いつの間にか履かされていた。
体中が怠い。痛い。
泣きすぎて腫れた目が重い。
涙で荒れたのか、目じりがヒリヒリする。
やっとのことで上体を起こすと、隣で煙草を吸っていた牧村が横目でこちらを見た。
「……はよ」
由樹は答える気力も起こらず彼から離れようと腕に力を入れた。
「無理すんなって」
彼がその動作を助けようと腕に触れると、身体が勝手に拒否反応を示し、由樹はベッドから滑り落ちた。
「つっ―――」
打ち付けた腰を摩ると、上から牧村が見下ろした。
その目も口も、昨日までとは別人のように笑顔がない。
「何もしないから」
まるで自分が何かをされたように悲しそうな顔をしながら、こちらに手を伸ばしている。
黙ってその手を掴むと、昨夜、徹夜で抱きつぶしたとは思えないほど力強く、由樹はベッドの上に戻された。
「……お前を抱いたこと、俺は謝らないよ。誘ったのはお前だろ」
牧村は眉間に皺を寄せたまま言った。
「でも携帯の電源を切ったこと。その一点については、全面的に悪かった」
言いながら茶色の頭を下げた。
頭を上げながら大きく息を吸い込み、それを長く吐き出す。
「でも俺が電源を切ったのは、居酒屋から出る時だ。少なくてもそれまでの数十分、あの人が電話かけてこなかったのは事実」
「…………」
由樹は言葉を発することが出来ず、太い血管が浮き上がった大きな彼の手を見下ろした。
「………やめとけよ。ノンケなんて」
静かな低い声が、力が抜けて空っぽなくせに、怠く重い身体にしみこんでいく。
「俺は恋愛とか抜きにして、お前のことは好きだし可愛いよ」
牧村の目がチラリとこちらを見上げる。
「無理に口説く気はないけど。俺は冷めるとか裏切るとかはないから。寂しいって言うならお前が望むだけそばにいてやれる」
「…………」
「篠崎と、別れろよ」
「…………」
「会社にいにくいなら、ミシェルで働くっていう選択肢も……」
「俺」
由樹は口を開いた。
「篠崎さんが好きなんです」
牧村が眉間に皺を寄せる。
「それはわかるけど……」
「でも」
由樹は視線を上げた。
「俺は篠崎さんに、嘘はつけません」
「………」
牧村は息を吐いた。
「いいよ。全部正直に言って。俺に無理やりヤラれたって言っていいから」
「無理矢理じゃない」
由樹は彼を見つめた。
「無理矢理なんかじゃなかった」
「…………?」
牧村は由樹を覗き込んだ。
その瞳から涙が零れ落ちる。
「篠崎さんは、きっと俺を許さない。振られると思います」
「新谷……」
「それでも。俺は……」
由樹は布団に突っ伏した。
「俺は―――」
由樹が発した言葉に、牧村がもう一度大きく息を吸い込んだ。
由樹の肩を優しく撫でる。
その温かさ余計に涙が出て、由樹は枯れたはずの目を搾るように泣き続けた。
◇◇◇◇◇
ただでさえ膝にも脹脛にも力が入らないのに加えて、積もった雪のせいで右へ左へよろける身体を、時折牧村が支えてくれる。
やっとのことでコインパーキングに着くと、自分の車は白い雪に埋もれていた。
「あーあーくそ…!ちょい待っとけ」
牧村がトランクを開けて、除雪ブラシを取り出すと、上から綺麗に雪を下ろしていく。
「うまい……」
思わず呟く。
「アホか」
そこで牧村は今日初めての笑顔を見せた。
「雪下ろしに上手いも下手も……」
そこまで言った牧村が言葉を切った。
視線は由樹を通り越した後ろを見ている。
由樹はその視線を追って振り返った。
そこには黒いコートを着た、篠崎が立っていた。
「……篠崎さ……」
言う前に手首を掴まれた。
ぐいと引かれ、そのまま駐車場を引きずられるようにして連れていかれる。
足がもつれる。
靴が雪にとられる。
それでも自分を引く手の力の方が強く、由樹は強制的に足を前に動かすしかなかった。
道路脇にハザードをつけて停まっているアウディが目に入る。
篠崎は由樹を振り返ることなく、そこに向けて直線距離で進んでいく。
「待っ……篠崎さん……!」
唐突にその足が止まり、由樹は篠崎の背中に突っ込んだ。
「…………?」
見上げると、篠崎とアウディの間に、牧村が立ちはだかっていた。
「………何だ」
篠崎が牧村を見下ろす。
「聞かないんですか」
牧村が篠崎を睨み上げる。
「俺に聞くこと、あんたにはねぇのかよ」
篠崎は由樹の手首を握り直した。
「何もない」
言い切ると、止めた足をまた前に踏み出した。
「俺とこいつのことに関して、お前は一切関係がない」
身長はほとんど変わらないのに、篠崎は上から突き落とすように牧村を睨み落とすと、唖然と口を開けた彼の脇を抜け、アウディのドアを開けた。
後部座席に由樹を押し込みドアを閉めると、そのまま自分は運転席に乗り込み、エンジンを掛けアクセルを踏んだ。