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「ドルランかあ。
そりゃあちと、運が悪かったな」
公都『ヤマト』にある冒険者ギルド支部―――
その支部長室で部屋の主が、白髪交じりの頭を
ガシガシとかきながら語る。
サンチョさん・妻たちと一緒に、ドルランから
採取出来る素材を取りに……
現場へ案内してもらった私は、
無害だと聞いていた木の魔物に襲われ―――
何とか撃退し、今はその木ともども採取して
帰還。
そして事の顛末を報告していた。
「運が悪かったって……
何か特別な個体に出くわしたって事ッスか?」
次期ギルド長である、黒髪に褐色肌の青年が
聞き返すと、
「いや、何でもない時は大人しいし、
基本無害なんだよ。
ドルランってのは。
ただなあ、栄養が足りないとか―――
何らかの条件が揃った時だけ、直接捕食に
動くんだ。
まあそれこそ十年とかウン十年に一度、
ってところだけどな。
俺もまだ1回しか見た事はねぇ」
ジャンさんの説明を聞いて、私はがっくりと
うなだれる。
要するに、その十年とかウン十年に一度という
機会に出くわしてしまったと。
どれだけ運が悪いんだ自分は。
「でもその魔物、運んで来たんスよね?
討伐ではなく」
「ええまあ……
欲しかったのはドルランに生る素材そのもの
でしたので。
うまくいけば栽培してもらって―――
それで今、土精霊様に説得をお願い
しています」
レイド君の問いに私は答える。
あの後、比較的まだ小さなドルランも含めて
公都に連れて来ており、例の果樹&各種野菜
栽培エリアに『植樹』したのだ。
「でもよぉ、シンがそこまで欲しがる
ものなんて、久しぶりじゃねぇか?
自らサンチョに連絡して、案内をお願い
したんだろ?」
「へー、それだけシンさんが率先して
動くって、珍しいッスね。
って事は、また何か美味いものでも」
父子のように現ギルド長と次期ギルド長が
期待の視線を向けてくるけど、
「残念ですけど、今回は食べ物じゃありません。
でもこれは……
生活を一変させるほどのものですよ」
「ほう、それはそれは」
「楽しみにしているッス!」
その後、妻や子供について雑談を少しした後、
私は冒険者ギルド支部を後にした。
「こんにちは、パックさん」
次に私が向かった先は、パック夫妻の自宅兼
病院兼研究所で、
「お待ちしていました」
「例の物は実験中ですけど、見ますか?」
銀の長髪を持つ中性的な顔立ちの夫と、
それに負けず劣らずの白銀の長髪を持つ
妻―――
パックさんとシャンタルさんが出迎えてくれ、
「まあ昨日の今日ですし、すぐ出来るとは
思っていませんよ。
それより、問題無さそうですか?」
私の問いに彼らは微笑み、
「大掛かりな実験でもなく、難しい事は
ありませんからね」
「しかしあまりにも長さがあるので……
大量に用意するのなら、場所が必要かも」
そのまま私は、施設の中庭まで案内されると、
そこにはテーブルを何台も繋げて長くした
台のようなものが設置されていて、
その上には、例の―――
ドルランの素材が載せられていた。
それはとても長く、十メートルくらいは
ありそうで、
「あれの洗浄……
殺菌をお願いしたのですが、大丈夫そうで
しょうか」
「水に弱く溶けやすいという特性から、浄化水に
ひたす事は出来ませんでしたが」
「ああやってのばしておいて、少量ずつ
浄化水をかけて―――
その後、乾いた後に熱風で仕上げれば、
問題無く殺菌可能だと思います」
すでに菌という概念を承知している夫婦は、
私の会話に問題なくついてくる。
「でも用途は何なのですか?
非常にもろい素材ですので、緊急時の
包帯や血止めくらいにしか使えないと
思うのですが」
「布巾代わりに使おうにも……
水に弱いのでどうにも」
パック夫妻が不思議そうに首を傾げる中、
「それは出来上がってからのお楽しみで―――
多分、子育てにも役立つと思いますよ」
そして数日後、それらの試作品が完成し、
また土精霊様からも、魔物ドルランの説得に
成功したと報告を受けた私は、
サンチョさんやカーマンさん巻き込んで、
大量生産への協力を依頼。
手始めに家族、知り合い、各施設で使って
もらう事となった。
「シンさん!」
「あ、どうも。
それで、例の試作品の使い心地を聞かせて
もらおうかと」
後日、私は家族と一緒に公都の児童預かり所を
たずねたのだが、
出迎えてくれた女性職員を皮切りに、バタバタと
足音が向こうの方から聞こえて来て、
「シンさん!
あれスゴイですよ!」
「あんな便利な物、もう手放せません~!」
タヌキ顔に丸眼鏡の女性、ミリアさんと、
亜麻色の髪を後ろで三つ編みにした、
ルーチェさんが駆けてきて、
「そうだよねえ。
そーだよねぇ」
「わかるぞ、その気持ち」
アジアンチックな童顔の妻と、西洋風な
顔立ちのドラゴンの方の妻がウンウンと
うなずく。
「取り敢えず、シンイチとリュウイチを
乳幼児室に連れて行こー!」
そこで黒髪ショートに赤い瞳の娘、
ラッチが元気良く手を挙げて、
ひとまず乳幼児専門の部屋へと向かう事に
なった。
「いや~、職員さんたちもリベラ先生も
言ってましたけど……
あれもう便利過ぎて便利過ぎて!」
「洗う必要もなく、トイレにそのまま
捨ててもいいって―――
ドルラン紙に並んで、画期的なんて
ものじゃないですよー!」
ミリアさんとルーチェさんがこぞって
絶賛するのは……
トイレットペーパー、そして『紙オムツ』だ。
手触りは悪くなく、さらに水に溶けやすいという
特性から―――
『これしかない!!』と思いついたのである。
確かにトイレ事情は自分自身の尽力もあって、
現代のそれにかなり近付いたのだが、
ふく物はというと、専用の葉っぱなどであり……
それを手で揉んで柔らかくして使う、というのが
異世界ルールなのだ。
ウォシ〇レットがあるので、ガマン出来ない
ほどではないけれど、やはり不満はあり、
そこでドルランから取った素材で作成した
トイレットペーパーもどきを使ってみたところ、
手触りが比べ物にならず―――
またトイレットペーパーより少し分厚くした
形状で、『紙オムツ』も作ってもらい、
それをまずメルとアルテリーゼに使って
もらってみたところ、
『何コレー!?』
『後はトイレに捨てるだけとな!?』
と、二人とも手放しで喜び……
少しは赤ちゃんの面倒の苦労を肩代わり
出来たかと、自分も喜んでいた。
実際、布製のオムツだと―――
当たり前だが、取り替える際に排泄物を
処理しなければならないわけで……
その精神的負担は決して軽いものではない。
でもこの『紙オムツ』なら、捨てる前提で
使ってもらい、処理はトイレに流すだけ。
赤ちゃんの体を綺麗にするのも、ドルラン紙、
つまりトイレットペーパーで拭ける。
水分には弱いけど、濡れた瞬間に溶けるという
事はないし、十分実用に耐えられるのだ。
また鼻をかんだり、ちょっとした汚れを
拭くという用途でもドルラン紙は使え、
万能的な使い方を期待されている。
「これはこれはシンさん!
今回はまた、素晴らしい物を作って頂いて」
そこへこの施設の所長である、薄い赤色の髪の、
五十代くらいの上品そうな婦人―――
リベラさんが入って来て、
「そうですよね、先生!」
「すっごい楽になりましたもん!
どんどんやっちゃってーって感じで!」
ミリアさんはミレーヌちゃんを、
ルーチェさんはルード君とルフィナちゃんを
それぞれ抱きながら返す。
「それは良かったです。
試作品ですが、大量生産する事はもう
決定していますので……
どんどん使って頂いて大丈夫ですよ」
「婦人会の方々もすごく感謝していましたよ。
なんだか便利になり過ぎて怖いくらい」
文字通り異世界レベルの生活向上だからなあ。
でも自分も楽したいし、慣れてもらうしかない。
「そういえばシンさんは今どんな感じなの?
子供が産まれるまでは、遠出とか避けて
いるって聞いたけど」
リベラさんが心配してか、私に話を振る。
「んー、今でも日帰りで出来る事しかやって
いませんけどね。
よほどの事でも無い限りは。
初めての子供でもありますし、妻だけに
任せないで、なるべく家族と一緒に
いようかなって思っています」
すると妻たちが、シンイチとリュウイチを
それぞれ抱きながら、
「それに何だかんだ言って、ここみたいに
安心して預けられるところもあるしね」
「一段落したから、出掛ける時はよく一緒に
行くようになったぞ」
「ボクはお留守番が多いけどねー」
最後にラッチが不満そうな表情を隠そうともせず
語るが、
「まあラッチちゃんはお姉ちゃんだし」
「それにレムちゃんと一緒で―――
ここの子供たちのお姉さんみたいな
感じだもん」
ミリアさん、ルーチェさんの言葉に、
「そうなんですか?」
そう聞き返すと所長が、
「ドラゴンの姿の時はみんなに可愛がって
もらっていましたけど……
人間の姿ではそれなりの年齢の外見
ですからね。
年下の子たちはみんな懐いていますよ」
「ふふーん。
ボクからすれば、みんな弟妹みたいな
ものだしね!」
ドヤ顔で胸を張るラッチに、みんな暖かく
微笑み―――
そこでしばらく雑談に興じた。
「本日はご参加頂き、大変ありがとう
ございました!」
「今日の事は一生忘れません……っ」
控室で、青みがかった短髪の青年と―――
パープルの長いウェービーヘアーを持つ
花嫁姿の少女は、揃って頭を下げる。
ムサシ君と、アンナ・ミエリツィア伯爵令嬢だ。
トイレットペーパーと紙オムツの作成に成功し、
それから一週間ほどして、
ナルガ辺境伯家経由で、クロム様の開拓地で
ジャイアント・ボーアの群れが畑を荒らすので
困っているという依頼を受け……
クワイ国へと向かう事となったのだが、
それを耳にしたミエリツィア伯爵家から、そこに
向かうのであれば、と―――
ムサシ君とアンナ様の結婚式に出席してもらえ
ないかと打診された。
何でも例の……
ムサシ君がヒミコ女王様の名代として、
ランドルフ帝国へ向かうという話が出た時、
『男1人遠い地に向かい、さらにはワイバーンの
代表として行くのだ。
一人前の男として嫁は必要であろうが』
と、ヒミコ様から言われており、伯爵家では
急いで結婚式の準備を進めたのだという。
もともとアンナ様はミエリツィア伯爵家の
中でも、下から数えた方が早い分家の娘であり、
簡素に身内だけで済ませようとしたところ、
隣国のクワイ国まで私がやって来るという
情報をつかんだので、
『伝手もある事だし、名高い『万能冒険者』に
来てもらえれば―――
結婚式にも箔が付く』
と、ダメ元で私の出席を要請したとの事だった。
「いやでも本当に綺麗だよー。
おめでとう、アンナちゃん!」
「ありがとうございますぅう~!!」
ラッチとアンナ様が抱き合って喜び、
「めでたい席ですし、普通にご連絡下されば
良かったですのに。
特にアンナ様は、留学時代から妻たちも娘も
知っているんですから」
私が少し恥ずかしそうに語ると、
「いやいや、シン。
そうは言ってもねー」
「シンの名前が読み上げられた時、
出席者たちの驚く顔は見物であったぞ」
確かになあ。
『あの万能冒険者が!?』
『どうしてこのような田舎に!?』
ってざわついていたし。
「クロム・ケンダル辺境伯様までご出席頂いて、
ありがとうございます」
そこでムサシ君が、私と共にクワイ国から
やって来た……
赤茶の短髪をした少年と、銀のように輝く長髪を
太ももまで伸ばした女性―――
クロム様と魔狼のユキさんにもあいさつする。
「僕の方こそ、無理を言って出席させて頂いて
申し訳ありません」
「人外と人との結婚式だと聞いて……
そ、その、わたくしたちの時の勉強に
なればと思いまして」
人間の彼と魔狼の彼女は、顔を赤らめながら
正直に話す。
ちなみに、シンイチとリュウイチも顔見せがてら
連れて来ていたのだが、さすがに結婚式に出席
させる事は出来ず、
メイドさんたちに預かってもらったのだが、
奪い合うようにお世話されているらしい。
「でも、あのジャイアント・ボーアを料理に
お出しする事が出来ましたからね。
クワイ国・クロム様の開拓地産のボーア
ですよ、あれは」
「い、いえ。
あれはシン殿やその奥様たちが獲ったような
ものですし―――」
「魔狼であるわたくしどももおりましたのに、
お手数をおかけして申し訳ありませんでした」
そうクワイ国の辺境伯カップルが頭を下げると、
「いえいえ、そんな!
大変美味しかったです!」
「それより、開拓地の方は大丈夫なんですか?
わざわざご出席頂いて何ですけど」
いつの間にかアンナ様も加わり、
「そちらは、ユキさんの兄であるロウさんと、
ノーラさんに任せてありますから」
「あのお二人がいれば、たいていの事は
解決出来るかと」
そういえば開拓地の魔狼の長が、ユキさんの
お兄さんだもんなあ。
で、元女盗賊頭のノーラさんも今はその彼女に
なっているから……
防衛だけならそうそう問題は無いだろう。
「いえいえ、でもお忙しいところを」
「いえいえ、こちらこそシン殿に便乗して
しまって―――」
「いえいえ」
「いえいえいえ」
伯爵夫妻と辺境伯カップルがペコペコと
お互い頭を下げ続け―――
それが収まるまで、私と家族はしばらく
待ち続けた。
「そういえばシン殿。
ドルランという木の魔物から作ったという、
ドルラン紙と紙オムツ……
それまで引き出物として頂いたのですが、
よろしかったのでしょうか」
一段落した後、アンナ様からふと私に質問が
飛んで来て、
「あ、はい。
最近出来たものなんですけどね。
試供品としてお試し頂くのと、
販路拡大のためでもありますから、
願ったり叶ったりと言いますか」
そう―――
せっかく作った物でもあるので、今回は
それも持って来ていたのだ。
「ああ、開拓地の女性も目の色を変えて
いましたからね。
『どうしてあの子が産まれた時に、
これが無かったのー!?』って」
「すごい人気でしたね、確かに。
でも実際に赤ちゃんに着けるのを見た時、
とても便利なものだと思いました」
クロム様とユキさんがしみじみと語る。
「そういえばお母さまも言ってました。
『何コレ便利過ぎる!!』
『いつでも産みなさい、これでお世話
してあげるから!!』って……」
それでアンナ様とムサシ君は赤面し、
「なーに、すぐだってすぐ」
「二人とも美男美女だしのう。
産まれてくる子が楽しみじゃて」
からかうようにメルとアルテリーゼが、
そう話を振るので、
「そういえばお二人のご両親は?」
私があえて助け船を出すように話を変えると、
「今は、来客対応をしているんじゃないで
しょうか」
「僕の方もそうです。
どうも不安があるみたいで、その説明に」
「不安?」
そこで私が首を傾げると、
「ヒミコ様がムサシ君を名代として―――
ランドルフ帝国行きを希望されていますので」
「僕たちワイバーンは、チエゴ国の戦力として
重要視されていますから……
僕が抜けた分は大丈夫なのか、とか―――
家族が、抜けた分は自分たちが穴埋めするから
問題無いと、説明して回っているそうです」
そこで妻たちは『あ~……』という表情になり、
「そうですね。
僕の開拓地でも、ユキさんはもとより、
兄であるロウさんを始めとした魔狼たちは、
かけがえの無い戦力ですし」
「それがワイバーンになりますと―――
例え1体だけでも大問題になるのでしょう」
クロム様とユキさんがうなずきながら語る。
「それってどうなの?
本当に大丈夫ー?」
ラッチがアンナ様に視線を向けると、
「ま、まあそれについてはヒミコ様も同じ
懸念を抱いていたらしく、
いざとなったらあのバ……
もとい、フェンリルのルクレセント様に
相談しろと」
それを聞いた全員が微妙な表情になる。
まあチエゴ国の最強戦力にして、ヒミコ様の
友人みたいなものだからなあ。
確かに彼女に一言何か言ってもらえれば、
反対は出ないに違いない。
「まあまあ、こっちにはシンもいるしさ」
「いざとなったら、我らが旦那様を頼っても
いいのだぞ?
せっかくこうしているのだから」
「あ、あはは」
妻たちの言葉に、思わず私は苦笑で返す。
「そういえば以前シン殿は―――
開拓地を奪われそうになった僕を
助けてくださいました。
その時はケンダル辺境伯家の第一夫人、
キャナル様と……
その嫡男であるヴァッサー様を説得して
くださって」
(■114話
はじめての くわいこくきぞく参照)
クロム様の言葉に、そういうえばそんな事も
あったか、と思い出し、
「おとーさん、時々抜けているけど、
策を考える時もすごいからねー」
「共通しているのは、時々とんでもなく
えげつないって事かな」
「敵には存外、容赦無い時は容赦無いしのう」
おかしいなあ。
家族からの評価が、褒められているのか
貶されているのかわからないぞ。
「ま、まあ―――
相談くらい、いつでも乗りますから。
それに結婚祝いという事で、今なら何でも
答えますよ」
『こんな時どんな顔したらいいかわからないの』
状態の四人を前に、私は場を和ませるために
そう提案すると、
「そう、ですねえ……
では、ミエリツィア伯爵領の発展について
聞いても?」
思ったより重い質問が飛んで来て面喰う。
「あっ、その―――
そ、そういうわけではなくてっ。
何かシンさんから、この領地の発展について
助言を頂けたら……
ムサシ君をランドルフ帝国へ送り出す話も、
上手く進むんじゃないかなって」
慌てて彼女が釈明するように話すと、
「あー、なるほど」
「そういう事ならわかる」
「おとーさん、いろいろなところで、
解決策とか出しているからね」
と、家族も納得した面持ちで返す。
「でもアンナ、ここでもシン殿が作った
作物や品物が流通しているし―――
これ以上発展させる、とは言っても」
ムサシ君がそれとなく妻をたしなめる。
「あー、それならシステム……
もとい体制の方に手を入れる事に
なりますが。
ドーン伯爵領でも導入済みですし、
ウィンベル王国各地でも、それで結構
発展しています。
ですが―――」
「で、ですが?」
不安そうにアンナ様が聞き返して来る。
だが、それはどちらかと言うと私の方の
問題で……
以前もライさんから釘を差された事があるが、
私の知識や技術は、そうおいそれと公表出来なく
なっているのだ。
数学的知識や税体制など、これらは今は
有償で各国に提供されており―――
そうホイホイ簡単に教えると、不公平だと
指摘されかねない。
最恵国待遇国であるライシェ国には情報が
渡っているだろうが、残念ながらチエゴ国と
クワイ国は対象外で……
「私の知識は結構、海の向こうまで有料で
売られているらしくて、許可が必要に
なっているんです。
ウィンベル王国の王都か、チエゴ国の
上層部に連絡がつけばいいんですけど―――
あ、でも事後承諾という手も」
「えっと、出来ますよ?」
両腕を組んで悩んでいた私に、伯爵令嬢が
あっさりと答える。
「……へ?」
「あの、ワイバーンのいる領地へは、すでに
魔力通信機が設置されていますから。
ですので、ウィンベル王国へ連絡したければ、
チエゴ国の王都経由で出来ると思います」
そこで私は魔力通信機を借り、ウィンベル王国の
ライさんに相談する事になった。
『税金関連か―――
まあ、帝国へのヒミコ様名代の派遣が
かかっているからな。
すでに我が国で実施されているものなら、
別に構わんぞ。
他国での実験例として処理しておく』
あっさりとライさんの許可が下りる。
減税による消費刺激で景気を回復させる……
というのを教えようとしたのだが、どうやら
問題は無いようで、
『だがなあ、納得してもらう事の方が大変
だと思うぞ?
税金を減らしたら却って税収が増える―――
俺も聞いた時は意味がわからなかったしよ』
「ま、まあそれは何とか説得してみます」
『おう、頑張れよ』
そこで魔力通信機での会話を終えて、私は再び
彼らの元へと戻った。
「税金を下げれば税収が上がる……
ですか?」
「そういえば、ウィンベル王国ではすでに
人頭税を廃止したと聞きましたが。
しかし、そうは言われましても」
アンナ令嬢とクロム様が、一人の統治者・
貴族階級として疑問の声を上げる。
まあそれはそうだよなあ。
どこまで税金を上げたらいいのか、ギリギリの
ラインを見極めるのが、この時代というか世界の
施政者の悩みの種だし。
ちなみに話についていっているのはこの二人
だけで―――
アルテリーゼもラッチもドラゴン、
ムサシ君はワイバーン、ユキさんは
魔狼と……
そもそも人間の税制に詳しいはずもなく。
メルは平民として取られる側の知識は
あるものの―――
商売人でも無し、理解には限界があるのだろう。
そこで私は、かつてウィンベル王国の経済学者、
経済通の前で説明させられた話をする事にした。
「まず、私の故郷では『経済は循環する』
という説がありまして。
要するにお金を使いやすくする、消費させる、
それで経済を回す、っていう概念があるん
ですね」
「回す、ですか―――」
アンナ様が理解に努めようとうなずき、
「まあ、これは例え話ではありますが。
あるお金持ちが、とある街で高級宿屋に
泊まろうとして……
先払いで金貨を1枚、予約して払って
いきました」
「はい」
クロム様も全身全霊で私の話を聞いている
ようで、少し緊張してしまう。
「そこで金貨1枚を得た宿屋の主人は、
ツケのあった料理店へツケを払いに
行きました。
そしてその料理店の店長は―――
彼もまた馬車のツケがあって、その
持ち主に金貨1枚を払いに行きました」
見ると、いつの間にか全員が私の話に
聞き入っていて、
「その馬車の所有者は、とある飲み屋に
ツケがありました。
そして彼もまた、飲み屋に金貨1枚を
払いに行きました。
ただ、その飲み屋の主人もまた……
宿屋にツケがあったのです。
そして飲み屋の主人は、宿屋に金貨1枚を
払いました」
そこまで言うと、みんながウンウンと
うなずいていて、
「そこは、話の最初に出て来た高級宿屋でした。
宿屋の主人が金貨1枚を受け取ると、今度は
予約していたお金持ちが来て、都合が悪く
なったからと予約を取り消しました。
そこで宿屋の主人は予約代、金貨1枚を
彼に返しました」
そこで私は一息ついて、
「ここまでの話で、誰のお金も減ったり増えたり
していませんよね?
金貨1枚を得たら、すぐにそれでツケを
払って失ったんですから。
でも全員の借金やツケは無くなりました。
まあ、ここまでは極端ではないにしろ、
経済を回す、循環させるという例で―――
こういう例え話が使われています」
すると全員……
特にアンナ令嬢とクロム様が目を丸くして、
「え、ええと―――
要するにちゃんとお金を使いやすくして
いれば、この話のように経済は回ると。
そのためには、減税が一番手っ取り早い
手段で……」
そう私が追加で補足すると、
「経済が回るというのは理解出来ました!」
「ですが、それでどうやって税収は上がるの
ですか!?」
貴族階級の男女が話に食いついて来て、
「ぶっちゃけると、自分の取り分が上がるから、
ですね。
先ほどの話はあくまでも経済循環の
話で―――
例えば税率が5割の時、金貨10枚を
稼ぐと、金貨5枚を納めるでしょう。
でも、税収を3割に下げたら……
それだけ自分の物になるのなら、もっと
稼ごうとするのが人情というもの」
「ふむふむ」
「自分の取り分をもっと稼ごうと、その人が
金貨18枚を稼いだとしましょう。
この時、税率が3割だったとしても、
税で得られる金貨は6枚になります。
つまり、頑張った分自分の取り分に
出来ると稼いだら―――
税率を下げても税収も上がる、という事です」
そしてみんな、自分の説明に集中して
耳を傾け……
しばらくアンナ様とクロム様の質疑応答に
時間を取られる事となった。
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