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〜誰かの記憶〜
僕たちは、不幸を呪った。
幸せを願った。
ただ、僕たちを置いていった母さんに会いたかっただけなのに。
もう一度、母さんに会いたかっただけなのに。
どうして。
どうして、足が動かないの。
闇で前が見えない。僕たちを照らしてくれる光も見えない。
生きているのかさえ、わからない。
誰か。
僕たちの道を示して。
〜誰かの記憶 終了〜
エーヴェル 〜ビヴォのサーカステント内にて〜
金髪の少女が私と双子の間に割って入ってきた。少女は両腕を広げて立ち塞がる。
「お願い! 二人を傷つけないで、そこの化け物に利用されてるだけなの!」
「そこをどけ! 誰かは知らないが、こいつらはもう」
白目を剥き、立つのがやっとだと伝わるくらいふらついている双子の道化師達。もはや、人間の限界を迎えている。ならば、いっそ楽にしてやった方がいいだろうに。
「げほ、おえぇ……!?」
片割れが突然口から黒い液体を大量に吐き出した。それと同時にもう片方の道化師も黒い液体を口から吐き出した。
「ジャッキー!? ジャックス!?」
「二人から離れろ!」
少女を双子から無理やり引き剥がすと、双子の口だけでなく耳や鼻……穴という穴から黒い液体をどくどくと溢れさせていた。この黒い液体の正体は、紛れもなく黒い血だった。
「なんてことだ……」
双子の足元には黒い血の血溜まりができるほど流れていた。まだ十代くらいの子供に何リットルもありそうな量の黒い血を与えていた。だから、彼らは強力な魔法の攻撃を食らって、黒焦げになっても尚、動き続けることができるのだ。
「あぁ…ろ、る」
双子は黒い血を吐き出しながら、ゆっくりお互いにくっついた。黒い血溜まりが一つになり、双子から黒いオーラが溢れ出した。すると、床に流れ切った黒い血は双子を包むように集合した。
「おお、素晴らしい!」
カールは目を輝かせていた。まるで、美術館にある芸術作品でも見るような目。
「双子に何をした!?」
「何もしていない。寧ろ、お前達がしたことだ!」
「何!?」
黒い血が双子を包み、取り込むと、ビヴォよりも大きな何かに変化していった。黒い液体は獣のような形を取り、鋭いキバを生やした。黒い体で生まれたての赤子のような泣き声をあげ、四足歩行で這いつくばる。目らしきくぼみからは涙の代わりなのだろうか、体よりも更に黒い血が流れている。その化け物からは、子供の苦痛と悲しみの声が聞こえてくる。よく見ると、胴体から無数の手が助けを求めるように蠢いていた。
「なん…だ、こいつは……」
「ぁ、ああ」
金髪の少女は怖がりながら、その場で腰を抜かす。今まで生きてきた中で、遭遇したことのない魔物だ。カールはゆっくりその怪物に歩み寄る。
「素晴らしい……実に、素晴らしいじゃないか! アリスに対する歪んだ愛情と、母親への執着、そして極めつけはビヴォの黒い血! 全てが合わさった時。それは誕生した!」
「さっきから、何をぺらぺらと!」
「ビヴォから聞いていたが、実物はこんなにも素晴らしいなんてな!?」
「くそデブ! こいつは何なのか答えろ!」
人の質問を無視して話し続けるカールに怒鳴る。カールがため息を吐きながらゆっくりこちらに視線を向けた。
「……ビヴォから聞いていた。古代の文明と技術によって生み出された最悪の魔物。生身の人間を依り代にした禁術によって生を受けた生き物! これが、これこそが……ホムンクルスだ」
「ホムン、クルス」
古代、文明……技術。
聞き覚えのある単語に頭痛がした。何か、何かを思い出せそうな気がした。だが、今は考える時ではない。こいつをどうするか。
「じゃ、くす……、じゃっ、き」
私の背後で涙を浮かばせながら怯える少女。この少女が双子と何らかの関係があるのは間違いないだろう。今すぐにでも色々聞き出したいところだった。
「……お前、名前は」
「ぁ……あり、アリス」
「アリス、下がってなさい。あの二人を何とかして見せるから」
私が羽織っていたコートをアリス、という少女に被せると髪を結い、カールとホムンクルスに向かってゆっくり歩いていく。
「そこでしっかり見てろ。クロッカーの弟子、エーヴェルの底力を!」
私は片手に雷を宿し、ホムンクルスに向かっていく。
ホムンクルスと魔具師クロッカーの弟子の戦いの始まりだ。
クロッカー 〜ビヴォのサーカステント内 ステージにて〜
「あれは……ホムンクルスか」
ステージの上から弟子のエーヴェルの様子を見ていた。双子の子供とビヴォが常日頃与え続けていた黒い血によって誕生した魔物。カールの言う通り。ホムンクルスは人体を使った錬金術のため禁忌とされ、いつしか黒魔術の類に括られてしまった。しかし、ホムンクルスの生み出し方は誰も知らない。この儂でさえ。
「お前の入れ知恵にしては、随分と頭が良すぎる。……誰から、教わった?」
「キャキャキャキャ! 魔人には、魔人の情報網ってんのがあるんだよーん!」
「教えろ、誰から教わった?」
「キャキャキャキャ! お前耳悪いのかぁ? 言うわけな」
ビヴォは突然ふっ飛ばされた。いや、儂がふっ飛ばした。木製のステージを魔法で、巨大な木の拳を作り、攻撃した。
「いで、いだいッ!」
どうやら、儂は珍しく怒っているらしい。自分でもわかるくらい腹が立っている。これが怒りというものなのか。長い長い時の中を過ごしているうちに、感情というもの自体を忘れていた。
「……二度は言わん。誰に、教わった? あの禁術を持ったお前たちを野放しにしておくほど、儂は優しくない。だから、もう一度聞こう。誰に、教わった?」
ビヴォは殴られた頬を撫でながら、一歩また一歩と後退りしていく。手首に巻き付けていた小さな砂時計のペンデュラムの紐をゆっくり解いていく。あのホムンクルスという禁術の跡、いや存在そのものを残しておくわけには行かない。
時間はあまりないぞ。エーヴェル。
小さな砂時計の中にある紫色の砂がだんだん減っていく。
物語の決着まで後……。