会場の外。
式典を抜け出したレジーナは、学園の女子寮へ向かう。顔を上げ、真っ直ぐに前を見て歩く。
後ろは振り向けない。未だ背中に突き刺さる視線がある気がして――
――嫉妬に狂うなど、愚かな女だ。
――フォルストが高望みをし過ぎたな。いい様だ。
――リオネル様が解放されて良かったわ。
耳に残る声。
誰も彼もがレジーナの不幸を喜んでいた。
声をかけてくれる者など一人もいなかった。
(……今更だわ)
レジーナは自嘲する。
自業自得。他者を遠ざけ続けた自身のせいだと分かっていた。
(大丈夫よ……)
自分のことを知りもしない有象無象。彼らに何を言われようと、レジーナは傷つかない。
そんな心はとうになくした。
中庭を抜け、人気の無い廊下を過ぎる。辿り着いた女子寮はシンと静まり返っていた。
自身の部屋に逃げ込んで漸く、レジーナは息をつく。
三年間で慣れ親しんだベッド。ドレス姿のまま倒れ込めば、冷たいシーツが頬に触れた。
(分かっていたわ……)
婚約を破棄されることも、彼がエリカを選ぶことも、こうなることは全部。
レジーナはベッドの上で丸くなる。上掛けを被り、込み上げる嗚咽を押し殺した。涙が溢れてしまわぬよう、きつく目を閉じる。
(……でも、もしかしたら、思いとどまってくれるかも、なんて……)
バカみたい――
最後の最後、どうしても捨て切れなかった希望。それが今、レジーナの心をズタズタに切り裂く。
十年だ。
婚約してからの十年を、リオネルと共に歩んで来た。ともに笑い、支え合い、そして、これから先の人生もずっと一緒に生きていくのだとそう信じて疑っていなかった。
彼自身、そう思ってくれていたはずなのに――
(私、バカだ、本当に……!)
我慢しきれなかった嗚咽が漏れる。
リオネルの裏切りが辛かった、苦しかった。
皆の前で貶められたのが悔しかった。
そして、何より、選ばれたのが彼女であることが悲しかった。
(どうしてエリカなのっ!? 彼女なんかより、私の方がずっとずっと、リオネルのこと……!)
愛していたのに――
止めどなく溢れる涙。
人付き合いの苦手なレジーナにとって、リオネルは唯一心を許せる存在だった。家族との折り合いが良くないレジーナを理解し、そして、いずれは彼女の家族になるはずだった人。
だから、レジーナはずっと努力し続けた。
学園の成績では上位を守り、開いた時間で所作の訓練、ダンスレッスンに励む。夜更けまで帳簿を読み解き、領地経営の仕組みを一つずつ理解していった。
それらすべて、プライセル侯爵となるリオネルの隣に立つため。言葉にするのが苦手なレジーナなりの愛し方だった。
だけどもう――
「……疲れた」
暗い部屋の中、心の声がポツリと零れ落ちる。
(だって、もう、分からない……)
これ以上、何をどうすれば良かったと言うのか。
何を頑張っても認められない。必死に紡いだ言葉は伝わらない。
別の女性を愛した婚約者に、レジーナの想いは届かなかった。
比べられ、否定され、虚しさだけが募る日々――
(……だけど、それももうおしまい)
レジーナの口元に微かな自嘲が浮かぶ。
リオネルはエリカを選んだ。
だからもう、虚しい努力はしない。彼のために泣くのも、これが最後。
そう決めたレジーナは――今だけは――、頬を流れる涙を自分に許した。
拭いきれない涙が、静かにシーツへ溶けていく。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!