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R-18『『風邪がうつるから来ないで』と言ったのに、看病に来た恋人が甘すぎて別の熱まで出ました』~f×s~
side佐久間
目を開けると視界がぐらりと大きく揺れた。
全身を覆う鉛のような重さと喉の奥を焼くようなひどい痛みに自分がただごとではない状態にあることを悟った。
シーツを握りしめる手は不自然なほどに熱くじわりと滲んだ汗がパジャマに張り付いてひどく不快だった。
部屋のカーテンは閉め切ったままで薄暗い空間の中時計の赤いデジタル文字だけがぼんやりと光って午前十時を告げている。
昨日の夜から少し体がだるいとは思っていたけれどまさかここまで本格的な風邪を引くなんて思ってもみなかった。
息を吐くたびに熱い空気が唇から漏れ出し自分の体温が異常なほどに上がっているのがはっきりとわかる。
関節という関節が軋むように痛み寝返りを打つことすら億劫でただ天井の木目をぼんやりと見つめることしかできなかった。
頭の中には霞がかかったようにモヤモヤとしていて思考がうまくまとまらない。
それでも真っ先に脳裏に浮かんだのは今日会う約束をしていた深澤の顔だった。
楽しみにしていたデート深澤もきっと色々と予定を考えてくれていたはずだ。
それなのにこんな無様な姿を晒すわけにはいかないし何よりこのひどい風邪を大切な深澤にうつすわけには絶対にいかない。
重い腕をどうにか持ち上げサイドテーブルに置いてあったスマホを手探りで引き寄せた。
画面の眩しい光が熱を持った瞳をちかちかと刺激して思わず顔をしかめてしまう。
震える指先でメッセージアプリを開き深澤の名前のトーク画面をタップした。
「深澤、ごめん。今日熱が出ちゃって……デート行けないよ」
「俺の風邪深澤にうつったらいけないから……今日は絶対に来ないでね」
「本当にごめんね。また今度絶対埋め合わせするから」
送信ボタンを押す指がほんの少しだけ躊躇って震えた。
本当は今すぐにでも飛んできてほしい。
熱で火照った体を深澤のあの大きくて少しひんやりとした優しい手で包み込んでほしい。
心細くて苦しくて一人でこの暗い部屋にいると押し潰されてしまいそうだった。
でも深澤は最近仕事が立て込んでいてただでさえ疲れているのを知っている。
俺のせいで深澤まで体調を崩してしまったらそれこそ一生後悔してもしきれない。
だからこれでいいんだと自分に言い聞かせスマホの画面を伏せて布団を頭まで被った。
静まり返った部屋の中には自分の荒い呼吸の音と時計の秒針が刻む無機質な音だけが響いている。
いつもなら深澤が隣で笑ってくれているはずの休日の朝がこんなにも冷たくて孤独なものだなんて思いもしなかった。
深澤の優しい声が聞きたい深澤の温かい腕の中にすっぽりと収まりたい。
熱のせいなのかそれとも強烈な寂しさのせいなのかじわりと瞳の奥が熱くなって閉じた目尻から一筋の涙が枕へと吸い込まれていった。
強がって「来ないで」なんて言ってしまったけれど心の奥底では深澤がドアを開けて入ってきてくれる奇跡をどこかで期待してしまっている自分がいてそんな自分がひどく身勝手で嫌になる。
深澤は優しいから俺が来ないでと言っても心配して無理をしてしまうかもしれない。
いや俺の言葉を尊重して今日はゆっくり休んでねと優しい言葉だけをかけてくれるかもしれない。
どちらにせよ、深澤に負担をかけていることには変わりなくて胸の奥がぎゅっと締め付けられるように痛んだ。
ぐるぐると巡る思考は熱に浮かされたようにまとまらずやがて俺は深い微睡みの中へと引きずり込まれていった。
夢を見た、深澤と一緒にいつものソファでくっついて映画を見ている夢だった。
深澤の肩に頭を乗せるとふわりとあの落ち着く香りがして俺は安心して目を閉じる。
けれどふと目を開けると隣に深澤の姿はなく冷たい風が吹き抜ける真っ暗な部屋に俺だけが一人取り残されていた。
深澤の名前を何度呼んでも返事はなくただ自分の声が虚しく響き渡るだけ。
そのどうしようもない孤独感と恐怖に耐えきれずハッと息を呑んで目を覚ました。
全身は寝汗でぐっしょりと濡れていてパジャマが冷たく肌に張り付いている。
喉は砂漠のようにカラカラに乾ききっていて唾を飲み込むことすら激痛を伴った。
水を飲まなければと思いふらつく足に力を込めてベッドからゆっくりと立ち上がる。
けれど立ち上がった瞬間に強烈な眩暈が襲い足から力が抜けてその場に崩れ落ちてしまった。
床の冷たさがパジャマ越しに伝わってきて自分の無力さと情けなさに自然と涙が溢れ出した。
どうして俺はいつもこうなんだろう肝心な時に熱を出して深澤に迷惑ばかりかけて。
誰もいない部屋で声を殺して泣いていると不意に玄関の方からガチャリと鍵が開く音が聞こえた。
泥棒かと思ってビクッと肩を震わせたが聞き慣れた足音が廊下をこちらに向かって近づいてくるのがわかる。
嘘でしょ、と思いながらも期待で跳ね上がる心臓を抑えきれなかった。
寝室のドアが静かに開きそこには両手いっぱいにビニール袋を下げた深澤の姿があった。
息を少し切らしていて俺からのメッセージを見て急いで駆けつけてくれたことが一目でわかった。
「佐久間、入るよ」
「え……?深澤……?」
「具合、どう?辛いよね。急いでポカリとかゼリーとか冷えピタとか色々買ってきたよ」
「なんで……来ないでって言ったでしょ。深澤にうつったらいけないって……」
「佐久間が一人で苦しんでるのに俺が放っておけるわけないでしょ。こんなに熱い……うつったって構わないよ俺がずっと看病するから」
「うん……ごめん、深澤……」
「謝らないでよ。佐久間は何も悪くないんだから。ほら床に座り込んでたら冷えちゃうよベッドに戻ろう」
「うん……ありがと……」
「ベッド汗かいちゃったね。着替えとシーツ新しいのにしよっか。俺が手伝うからゆっくりでいいよ」
「うん……でも本当にうつったら……」
「俺は風邪なんてうつらないよ。それよりも佐久間が苦しんでるのに傍にいない方が俺は辛い。だから今日は俺に思いっきり甘えて?」
「……うんっ……っ」
「泣かないの。熱上がっちゃうよ。佐久間の傍には俺がいるからね。もう寂しくないよ安心して休んでいいから」
深澤は床にへたり込んでいた俺の体を軽々と抱き上げるとそっとベッドの端に座らせてくれた。
深澤の体温が熱で冷え切っていた心にじんわりと染み渡っていくのを感じる。
怒られるかと思ったけれど深澤の瞳はどこまでも優しくて俺を心配する愛情で満ち溢れていた。
ビニール袋からテキパキと買ってきたものを出し俺のパジャマのボタンを不器用ながらも丁寧に外してくれる。
深澤の指先が肌に触れるたびそこから安心感が全身に広がっていくようだった。
着替えを終えて新しいシーツに寝転がると深澤は冷えピタを俺のおでこにそっと貼ってくれた。
ひんやりとした感覚が熱を持った頭を心地よく冷やしてくれて思わずふぅっと安堵の息が漏れる。
深澤はベッドの脇に座り込み俺の熱い手を両手で包み込むようにしっかりと握ってくれた。
その手の温もりが今まで感じていた孤独や不安をすべて溶かしてくれるように優しくて。
強がって突き放そうとした俺をこうして見捨てずに強く抱きしめてくれる深澤の存在が何よりも大きな特効薬のように感じられた。
深澤の大きな手が俺の髪を優しく撫でるたび張り詰めていた緊張の糸がゆっくりと解れていく。
まだ熱は高くて体はだるいけれど深澤が傍にいてくれるという事実だけでこんなにも心が満たされていく。
閉じた瞼の裏にはもう怖い夢なんて浮かばず深澤の優しい匂いと温もりだけが俺を包み込んでくれていた。
―――深く深くあたたかい海の底に沈んでいくような心地よい眠りだった。
夢とも現実ともつかない薄暗い意識の底で俺はずっと確かな熱を感じていた。
右手をすっぽりと包み込む少しゴツゴツとした大きな手のひら。
それは俺自身の熱で火照った体とは違う優しくて安心できる深澤の体温だった。
高熱にうなされて息をするのも苦しくて関節がギシギシと悲鳴を上げていたはずなのにその温もりが繋がっているというだけで恐怖も不安も嘘のように消えていったのだ。
深澤はずっと俺の手を握ってくれていた。
時折汗を拭ってくれたり氷枕を変えてくれたりする気配が微睡みの中でわかった。
「深澤……」と掠れた声で呼ぶと「ここにいるよ、佐久間」と低くて優しい声がすぐ耳元で応えてくれる。
その声を聞くたびに俺は安心してまた深い眠りへと落ちていくことができた。
うつったらいけないってあんなに突き放すように言ったのに。
深澤は仕事で疲れているはずなのに俺のためにずっと側にいてくれたんだな。
閉じた瞼の裏に深澤の心配そうな顔が浮かんで胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じる。
俺は深澤に甘えっぱなしだ。
いつもいつも深澤の優しさに救われて深澤の大きな愛に包まれて生きている。
こんな俺でいいのかなもっとしっかりして深澤を支えられるようになりたいのに。
そんなぐるぐるとした思考さえも深澤の手のひらから伝わる安心感に溶かされてやがて静かな寝息へと変わっていった。
そしてふたたびゆっくりと意識が浮上してきた時俺は真っ先に自分の体が驚くほど軽くなっていることに気がついた。
目を開けるとさっきまで霞がかかっていた視界が嘘のようにクリアになっている。
部屋のカーテンの隙間から夕暮れ時のオレンジ色の光が細く差し込んでいて床に長い影を落としていた。
どうやら半日以上も眠りこけていたらしい。
喉の奥を焼くような痛みは和らぎ関節の軋みも消え息を吸い込むのもずいぶんと楽になっていた。
額に貼られた冷えピタはすっかりぬるくなっているけれどもう新しいものに変えなくても大丈夫そうだった。
ゆっくりと体を動かしてみるとまだ少しだけ気怠さは残っているものの起き上がることはできそうだった。
ふと右手に視線を移すとそこにはまだ俺の手をしっかりと握りしめている深澤の大きな手があった。
ベッドの端に座り込んだまま深澤はシーツに突っ伏すようにして眠っていた。
長い睫毛が静かな寝息に合わせて微かに揺れ少し開いた唇からは規則正しい吐息が漏れている。
窮屈そうな姿勢で寝ているせいで首や肩が痛くならないか心配になった。
こんな体勢でずっと俺の手を握り続けてくれていたんだな。
俺の風邪を看病するために深澤は自分の休日を全部潰してしまった。
それどころか睡眠もろくにとらずにずっと俺の変化を見守ってくれていたんだ。
繋がれた手から伝わってくる深澤の体温が俺の心の一番柔らかい場所をきゅうっと締め付ける。
うれしくて申し訳なくてそして何よりも愛おしくて視界がじんわりと滲んでいくのがわかった。
深澤はいつもそうだ。
俺がどんなに強がってもどんなに迷惑をかけまいと距離を置こうとしてもそんなものは軽々と飛び越えて俺の心の中に真っ直ぐに入ってくる。
「俺がバカだから風邪なんてうつらない」だなんてあんな優しい嘘をついて。
本当は深澤だって仕事でクタクタに疲れているはずなのに。
俺のせいで深澤まで倒れてしまったらどうしようという不安はまだあるけれど今はただこの目の前で無防備な寝顔を見せている深澤をどうしようもなく抱きしめたい衝動に駆られていた。
そっと握られていない方の左手を伸ばす。
深澤のサラサラとした黒髪に指先が触れると深澤は微かに身じろぎをして俺の手を握る力を少しだけ強めた。
その無意識の行動がたまらなく愛おしくて俺はこぼれ落ちそうになる涙を必死に堪えながら深澤の髪を優しく撫でた。
「……ありがと」
掠れた声で誰に聞かせるわけでもない呟きが部屋に溶けていく。
熱が下がって楽になった安堵感と深澤への溢れんばかりの愛情が混ざり合って俺の心はパンパンに膨れ上がっていた。
深澤がいてくれるから俺は生きていける。
深澤が俺の手を引いてくれるからどんな時でも前を向ける。
この手をずっと離したくない。
いつか俺も深澤が弱っている時にはこうしてずっと手を握って安心させてあげられるようなそんな存在になりたい。
深澤の髪を梳くように撫で続けながら俺はただ静かに深澤の寝顔を見つめていた。
夕日が少しずつ沈んでいき部屋の中が徐々に薄暗くなっていく。
このまま時間が止まってしまえばいいのにと本気でそう思った。
「……どういたしまして」
突然静寂を破って響いたのは寝ていたはずの深澤の低く甘い声だった。
「えっ……?深澤……起きてたの?」
「佐久間がモゾモゾ動いてたから少し前にね。でも佐久間が気持ちよさそうに俺の髪撫でてくれるからもうちょっとそのままにしてほしくて寝たふりしちゃった」
続きは、pixivとnoteにて同タイトルで公開中です。
よかったらR-18『『風邪がうつるから来ないで』と言ったのに、看病に来た恋人が甘すぎて別の熱まで出ました』で検索してみてください。
※最初から最後まで甘く、濃く、容赦なく。読み応えたっぷりのR-18作品となっております。
コメント
1件
え〜待ってめっちゃ良かった!!!😭💕 佐久間くんが「来ないで」って強がるのに、深澤さんが「うつったって構わない」って来てくれるの最高すぎん??? 看病しながら寝落ちしちゃう深澤さんとか、起きてるのに撫でられてるの気持ちよくて寝たふり続けるところとか…もう尊すぎて胸がギュッてなった…!!! この後の展開も気になるし、続き絶対読みに行くね!!🌸