それは、にじさんじ全体が少し落ち着きを取り戻した頃だった。
大きな炎上もなく、誰かが倒れることもなく、
それぞれが「無理しない」という感覚を覚え始めた、ちょうどそのタイミング。
告知は突然だった。
――にじさんじ大型コラボ企画、開催決定。
参加ライバーの名前が並ぶ中で、
りつの名前も、葛葉の名前も、叶の名前も、そこにあった。
当日。
控室代わりの通話は、久しぶりに賑やかだった。
「人数多すぎだろ」
「これ全員喋れる?」
「無理無理」
笑い声が重なり、誰かが被せ、誰かが突っ込む。
それが、不思議と心地いい。
りつは、少し後ろでそのやり取りを聞いていた。
胸に手を当てる必要はない。
呼吸は自然で、頭も冴えている。
「りつ、声出てる?」
健屋花那が確認する。
「問題ないです」
「敬語やめなさいって言ったでしょ」
「……了解」
周囲から笑いが起きる。
葛葉が、ふっと言った。
「なんかさ、今日平和じゃね?」
「フラグ立てるな」
叶が即座に返す。
でも、その言葉通りだった。
誰も、張り詰めていない。
無理にテンションを上げてもいない。
配信が始まる。
画面には、ずらりと並ぶライバーたち。
コメント欄の勢いは凄まじいが、空気は荒れていない。
企画はシンプルな協力型ゲーム。
勝ち負けより、やり取りを楽しむ構成だ。
「そこ左!」
「違う違う、今のは俺」
「りつ、判断早くない?」
「医者だからな」
誰かがそう言って、すぐに別の声が重なる。
「肩書き出すなって」
「今のは褒めてる」
りつは、苦笑しながら答える。
「役割分担がうまくいってるだけです」
それは、今の全体にも言えることだった。
途中、叶が少し静かになる瞬間があった。
ほんの数秒。誰も気づかない程度。
でも、葛葉が自然に話題を振る。
「なあ叶、次どっち行く?」
「ん? 右かな」
それだけで、流れは戻る。
りつは、その様子を見て、何も言わない。
“助けている”という意識すら、もう必要なかった。
終盤。
全員で並んで結果を振り返る時間。
「楽しかったな」
「この人数で荒れなかったの奇跡」
「成長じゃない?」
誰かがそう言って、笑いが起きる。
りつは、マイクに近づいた。
「……こういう場に、普通に立ててるのが、嬉しいです」
一瞬、静かになる。
健屋が言う。
「“普通”って、大事よね」
叶も続ける。
「続けられる普通」
葛葉は、少し照れたように言った。
「ま、全員生きてりゃそれでいいだろ」
コメント欄が、一斉に流れる。
〈それな〉
〈この空気好き〉
〈ずっと続いてほしい〉
配信終了後。
通話は、すぐには切れなかった。
「次いつやる?」
「また集まろうぜ」
「今度はもっとゆるいやつ」
りつは、静かにうなずく。
「……はい。無理のないやつで」
誰も、それを否定しない。
画面の向こうで、
それぞれがそれぞれの場所に戻っていく。
でも、もう孤立してはいない。
繋がりは、ちゃんと残っている。
胸の奥で、鼓動が静かに続く。
守ること。
頼ること。
一緒に笑うこと。
全部が揃って、ようやく“続いていく”。
りつは、配信を閉じながら思った。
――この場所が、やっぱり好きだ。






