テラーノベル
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それは、少しずつだった。
最初は、配信中に急に涙が出ただけ。
笑い話の途中で、声が詰まり、言葉が続かなくなる。
「……ごめん」
理由を聞かれても、りつ自身が分からない。
悲しいわけでも、辛い話をしていたわけでもなかった。
次は、過呼吸。
前触れもなく、呼吸が浅くなり、配信を切る。
そして、ある日は――
目が覚めたとき、すでに配信予定時刻を過ぎていた。
スマートフォンには、通知が溜まっている。
〈大丈夫?〉
〈寝坊?〉
〈体調悪いなら言って〉
りつは、布団の中で天井を見つめた。
「……なんで?」
寝不足でもない。
無理なスケジュールも組んでいない。
薬も、指示通り。
食事も、睡眠も、以前より気をつけている。
“原因”が、見当たらなかった。
次のコラボ前、通話で葛葉が切り出した。
「最近さ……」
言葉を選んでいるのが分かる。
「無理してんじゃね?」
叶も続く。
「体調、明らかに波がある。
理由、何か思い当たらない?」
りつは、即座に首を振った。
「……本当に、ないです」
嘘ではない。
言い訳でもない。
「配信も、仕事も、前よりセーブしてます。
楽しいですし……怖いほど、普通で」
沈黙が落ちる。
葛葉が、低い声で言った。
「それが、一番怖ぇな」
健屋花那の前でも、同じだった。
「ストレスは?」
「自覚できる不安は?」
「何か、我慢してることは?」
りつは、何度も考えて、何度も答える。
「……ありません」
検査結果も、大きな異常は出ない。
数値は、許容範囲。
心臓も、落ち着いている。
「じゃあ、なんで」
その疑問だけが、積み重なっていく。
原因が分からないまま、不調は続いた。
配信前になると、胸がざわつく。
理由もなく、涙が出そうになる。
「今日は……やめます」
その判断をするたび、
“正しい選択”のはずなのに、自己嫌悪が残る。
〈また?〉
〈無理しないでって言ったでしょ〉
優しい言葉ですら、
りつの中では刃のように響いた。
「……ちゃんとしてるのに」
誰にも聞こえない声で、呟く。
ある夜。
三人だけの通話。
「りつ」
叶が、はっきり言う。
「これ以上続くなら、一回ちゃんと止まろう」
「……止まる?」
「活動じゃなくてもいい。
原因探すのを」
葛葉も言った。
「今のお前、ずっと“考え続けてる”」
りつは、初めて強く否定した。
「でも……分からないままは、嫌です」
声が震える。
「医者なのに、
自分のことだけ、説明できないのが」
その瞬間、涙が溢れた。
「ちゃんとしてるのに……
サボってないのに……」
言葉にならなかった感情が、
ようやく形を持って溢れ出す。
叶は、すぐには何も言わなかった。
葛葉も、茶化さない。
少しして、葛葉が言う。
「“原因不明”ってのはさ」
間を置いて。
「お前が悪いって意味じゃねえ」
だが、その夜を境に、
りつの状態は、少し悪化した。
眠れない。
眠っても、浅い。
目覚めるたび、理由のない不安が胸に残る。
“何か見落としている”
“気づいていない無理がある”
その考えが、頭から離れない。
考えれば考えるほど、
呼吸が浅くなる。
「……違う、違う」
自分に言い聞かせても、
体は、言うことを聞かない。
原因不明の不調は、
“分からないこと”そのものが、
新しい負荷になっていく。
りつは、気づかないうちに、
また一人で戦い始めていた。
今度は、
「無理をしている自分」を
必死で否定しながら。
胸の奥で、鼓動が早まる。
――まだ、何かが足りない。
それだけは、はっきりしていた。