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『アーロン、また試験で学年トップでしたね! おめでとうございます!』
人気のない廊下でルシンダに声をかけられ、アーロンが嬉しそうに振り返る。
『ありがとうございます。ルシンダも前回よりまた順位が上がってましたね。素晴らしいです』
『アーロンが勉強を見てくれたおかげです。先生にも、これなら魔術師団への推薦もできそうだと言ってもらえて……。本当にありがとうございます』
『いえ、ルシンダが夢を叶えられそうで私も嬉しいです』
『ふふ、魔術師団に入ったら、早く一人前になれるよう頑張りますから、アーロンの警護は任せてくださいね』
『頼もしいですね。でも、ルシンダが危ないときは私が守りますから』
『それじゃ警護にならないじゃないですか』
二人でぷっと噴き出して笑い合う。
ルシンダの屈託のない笑顔に心が満たされていく。
──またこの夢か、とアーロンは思った。
最近よく見る夢。
ルシンダとともに学んでいた学生時代の夢だ。
林間学校に文化祭など、学園のイベントにクラスメイトとして一緒に取り組み、同じ感動を分かち合う。
生徒会の一員として協力し、互いの労をねぎらいあう。
毎日彼女と顔を合わせ、言葉を交わし、手を伸ばせば触れられる距離にいる。
それはとても幸せな夢で、しかし切なさを呼び起こす夢でもあった。
学園の卒業後、アーロンがルシンダに会える機会は一気に減った。
ルシンダは王宮魔術師団に勤めることになったが、アーロンが主に過ごす宮と魔術師団は離れた場所にある。
そしてアーロンも公務に追われる忙しい身となってしまい、以前のように頻繁に会うことは叶わなくなってしまった。
新たに従兄妹という関係になったことを利用して「いとこ会」を主催し、月に一度は会える機会を死守したが、とても満足できるような頻度ではない。
ルシンダと毎日一緒にいたい。
それが当たり前のように叶っていた学生時代は、とうに過ぎ去ってしまった。
従兄になり、ルシンダとの関係が近づいたことを当時は嬉しく思ったが、今では赤の他人のままのほうがよかったのではないかと思ってしまう。
従兄になったことで、ルシンダにとって自分は親類の枠に入れられてしまったのではないか。
「従兄」になって分かったが、彼女は家族に特別な想いを抱いている。「家族」が壊れてしまうことを恐れている。
だから、自分が何か行動を起こすことで、彼女の幸せそうな顔が曇ってしまうかもしれないと思うと、従兄妹という関係に許される範囲を超えるであろうことは何もできなかった。
今なら、彼が──クリス・ランカスターがルシンダの兄という立場を捨てた理由も、それがどんなに喜ばしいことかもよく分かる。
(彼が羨ましい……)
今のクリスには、彼女を手に入れる妨げになるものはない。
魔術師団の特務隊長という、ルシンダに近い立場を得て、あっという間に彼女との心の距離まで縮めてしまった。
あの夜会の日、自分とのダンスを終えた彼女がクリスの手を取ったとき、どうしようもなく胸が騒ついた。
彼女が本当にクリスのものになってしまうのではないかと、嫌な予感がまとわりついて離れなかった。
それから、父である国王陛下が倒れる騒ぎがあって、それどころではなくなってしまったが、父を助けるための捜索で、現実を突きつけられてしまった。
魔獣に狙われていたルシンダを誰よりも早く助けるつもりだった。
それなのに、魔獣が遠くから放ってくる雷撃のせいで、彼女に近づくことができなかった。
……しかし、クリスは違った。
雷撃を浴びるのも構わず、ルシンダのもとへ駆けつけて助けて見せた。
その光景を目の当たりにして、自分のことが恥ずかしくなった。
あのとき、雷撃を前にして何を考えていた?
自分が王位継承者であり、国王陛下が危機に瀕している今、自分にまで何かあってはまずいと躊躇ったのではないか?
それは、王位継承者としての責任感が働いたと言えるかもしれない。
けれど、身を挺してルシンダを守ることができなかったことに、ただただ愕然とした。
ルシンダを守る覚悟において、自分は圧倒的にクリスに負けているのだと思い知らされた。
自分が王子であり、王位継承者であるからこそできることもあるとは分かっている。昔は、そんな自分ができることでルシンダを守っていこうと思っていた。
しかし、ルシンダとの距離が開いていき、広い場所へと羽ばたいていく彼女が戻る場所にはなれないのではないかと気づき始めたとき、そんな綺麗事など投げ捨てたくなってしまった。
自分がもっと違う立場だったら。
せめて王位継承者ではなかったら。
もっと違う行動が取れて、今の状況も変わっていただろうか?
……分かっている。こんなことはただの言い訳だって。
現に、クリスは家族という関係から抜け出して、彼女を手に入れる準備を周到に整えた。
自分は立場のせいでルシンダに手が出せなかったのではない。想いを拒絶されるのが怖くて、立場を体のいい理由にして現状維持を図っていただけだ。
『アーロン、文化祭はみんなで劇を観にいきませんか? ハッピーエンドのラブストーリーらしいですよ』
夢の中のルシンダの愛らしい声が、アーロンの胸を刺す。
(この胸の痛みが和らぐ日は来るのだろうか──……)