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――翌朝。
天気は持ち直したようで、晴れてはいないが出かけるには十分だ。
水も張っており、飲み水は十分確保出来ている。
朝目覚めると、今日はキュルルより早起きだったみたいで、キュルルはまだ
引っ付いて寝たままだった。
マシェリさんは――先に起きているのかな。周囲にはいない。
少し体を動かすと、キュルルを起こしてしまった。
まだ離れるのは嫌なんだろうな。
「キュルルー」
「お腹空いたかい? お水、飲む?」
喉が渇いていたのか、お水を上げると沢山飲んだ。
その後はお下の世話をした後、穴の外に出てみる。
ザザーという、寄せては返す波の音は相変わらず。
綺麗な海だ。でも、酷く物悲しく見える。
遠目に海を眺めていると、マシェリさんが戻って来た。
「起きたか。売れそうな実が成っていてね。袋に詰めて行こう」
「それ、ドリュードですよね。竜の餌になるんですよ」
「ほう? キュルルも食べるのか?」
「いえ。もう少し大きくならないと食べれないです。匂いは凄く好きみたいで
欲しがりはするんですけど」
「それなら売ってしまった方がいいな。そう言えば、昨日飲んでいたのは
雨水だろう? 私は慣れているからいいが、たまにお腹を下す。飲むときは
気をつけろよ」
「本降りの時は大気中の汚染物質を含まないって聞いたので、大丈夫だと
思います。でも、気を付けますね」
「ファウ……それは何処で習ったんだ?」
「ええと……本で……」
「話し言葉でも驚いたが、ファウはもしかして勉強好きか? 計算とかも
出来たりするのか?」
「そうですね……試しに何か聞いてみてください。難しすぎなければ答えられると
思います」
「じゃあ私がこのドリュードを十個持っていたとして、それを同じ数だけ
四回箱に詰めたら?」
「え? 四十個ですけど」
「早すぎる! つ、次だ。もっと数を増やすぞ。ドリュードを百……いや千個
持っていたとして、それを二回箱に詰めた。それをキュルルが二個食べて
しまった。さぁ幾つだ。難しいだろう!」
「千九百九十八個です」
「そ、即答……した? 私は七歳の子供より計算が出来ないのか……ファウ。
私がお前をオードレートに連れて行くのに一つだけ条件を追加したい」
「あの……マシェリさん。条件だなんてそんな……」
「計算を私に教えてくれ……頼む!」
苦手だったのかな……凄く簡単な算数で、前世なら誰でも出来る計算だけど。
これならもしかして、道中難しそうな計算補助で、役に立てるかもしれない。
騙されてたりもしたんじゃないのかな……。
「勿論です。今後難しい計算は任せてください。しっかり勉強してあるので。
一つお尋ねしたいんですけど、僕が喋ってる今の標準語っておかしくない
ですか? この言葉で他の大陸でも通じます?」
「ああ。オードレートの言葉は私にはわからないから、驚いたけどね。
最も西にある大陸までは、その標準語で問題無い。西の地域は一部特殊な
言語が用いられるが、オードレートの言葉も通じる地域はある」
「そうですか……全てを網羅出来るわけ無いか……でも、良かった。
やっておいて無駄じゃなかったんだ」
「勉強をやっておいて損する事などないだろう。大変だっただろうが
良く頑張ったな。私はもう少し計算の勉強を出来ればよかったんだが……」
「そう言えばマシェリさんの出身はどちらに……」
「それはまた追々。そろそろ出発しよう。水質調査を道中行えば、町に着く
のは今から出ても夜だ」
「そうですね……キュルルの餌も詰めたし……行きましょう」
取れたてのドリュードをかじり、水を飲んでから出発する。
この道も往復だから二回目でもう慣れた。
――再びテントもといフェスタを張っていた周辺まで戻って
来ると、マシェリさんの表情が少し険しくなる。
「他の冒険者が居る。私の傍からは離れるな」
「はい……何処ですか?」
「足跡があるだろう? 昨日は雨が降ったから、足跡が残りやすいんだ」
「注意深く見てるんですね」
「当然だ。安全な地域とはいっても、ラギは存在する」
……ラギ? ラギって何だろう? 山羊?
「ラギって……あ」
「ここからは静かに行くぞ。気になる事は町の宿で聞け」
「はい」
池の間近まで来ると、こちらを見ている二人組が見えたので、話すのは
そこまでにした。
池の水は至って普通に見えるけど……いや、ちょっと濁ってはいるかな。
砂浜近辺の海水の方が透き通っていて綺麗だった。
つまりこの池はプランクトンが多いのだろう。
魚も釣れるのかな? 小さい滝のような感じで池に水が流れてる。
その池の水は地中に落ちてるのかな。水が溢れる事は無い。
「……行ったな。あいつらはラギ狙いか。ファウ。水を見てどう思う?」
「そうですね……人の飲み水としては駄目でも、動物としては悪くないかも
しれません。でも、寄生虫や細菌などは多いかも。この水が流れ込んでくる
大本は何処ですか?」
「これを見て直ぐ飲み水として適さないってわかるのか?
気にしなければ普通の水に見えるだろうし、冒険者も飲む奴は飲む」
「そうなんですか……飲み慣れていれば細菌や寄生虫に対して免疫が
出来ますけど……」
「ファウ……お前、本当に本だけで勉強したのか? それは医学の類
じゃないのか」
「僕、竜や動物の医者、獣医に憧れてましたから。だからそっちの勉強
ばかりしてたんです」
本当は前世で……だけど。現世ではそんな本、見た事無い。
早く読んで見たいけど、それよりも前にキュルルと出会ってしまった。
でも、分かってる事がある。
「マシェリさん。一つだけ。読んだ本の中に大変な事が書かれてたの
覚えてるんです。竜は生後から丁度十日で、急な発熱を要する。
ここで命を落とす竜は多い。対処出来ればその生存率は各段に
跳ね上がる」
「何? キュルルが産まれてから何日目だ?」
「今日が五日目。既に丸四日経過してるはずです」
「残り五日で準備しないといけないのか……これは水質調査はまた
今度かな」
「いえ。この滝の上って草とか生えてますよね? 少し周囲を探ってみた
いんです。雑草の類だから見つけられるかもしれない」
「わかった。行ってみよう」