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これはきっと夢を見ているに違いない。
仕事の疲れもあって、そんな現実逃避をしながらベッドにダイブすれば、意識はすぐにまどろみの中へと落ちていった。
そして翌朝。
目覚まし時計に起こされて、いつも通り朝食を作って食べる。
シャコシャコと歯を磨く。
さあ、スーツに着替えて出社だ。
「……うん、だぼだぼすぎて着れたもんじゃない」
身長202cmだった僕が……今や137cm以下のロリ巨乳だと……。
「うん、夢じゃなかった」
さて現実逃避はもうやめよう。
どこからどう見ても幼女になってしまった僕。
これからどうすればいいのかと悩み、動揺し、そして何とか落ち着こうとする。
とりあえず病院や市役所に相談しに行こう。
そうなると部長に本日は休むと連絡を入れないといけないわけで。
『あ、部長。早朝から申し訳ありません』
『どうしたんだね、河合くん? なんだその声は。河合くんなのかね?』
『あ、あの、女の子になっちゃったみたいで……』
『ふざけているのかな? 今日はエイプリルフールかね?』
『いえ、えっと、女の子の日みたいです……』
『は? 私が女性だったら立派なセクハラだぞ』
『あ……いやっ、女体化……?』
『……ふざけているのかなお嬢さん。河合くんに変わりたまえ。それとも河合くんをクビにしたいのかね?』
あっあっ、落ち着いていたつもりだったけど、僕はすっかり動揺しまくっていた。
それからどうにかこうにか会社の休みをとりつけて、病院や市役所に行った。
結果、僕は1000万人に一人が発症するトランス・セクシャル病、通称『TS病』だと判明した。
ある日を境に身体が突然変異して一生もとには戻らない。そんな病気らしい。
過去の症例によると、症状が悪化する場合もあって、僕の場合だと幼児退行が懸念されているようだった。
『ですので河合真央さん。戸籍上は25歳ですが、脳や記憶に関して、幼児退行がいつ起きても不思議ではないので……身体的年齢に見合った身分、しかるべき機関に帰属する必要が出てきます』
市役所のお姉さんが、同情の眼差しで説明してくれた内容を思い出す。
『ひとまずは中学校への転入手続きをさせていただきます。もちろん市の補助員も派遣させますのでご安心ください』
『えっと、今更……中学生からやりなおしってことですか?』
『考えてもみてください。出勤中に突然、11歳相当の記憶のみになってしまった場合……事故に発展するリスクだって生じます』
確かにリスクについて考えだしたらキリがない。
電車通勤なら迷子になりかねないし、この見た目だ……痴漢や人さらいに遭遇する危険もある。
社用車を運転中だったら交通事故にだって。
先方との商談取引中だったら、破談になって会社に損失を出しかねない。
そもそも突然、小学校四年~五年の記憶のみになったら、僕自身が大混乱してしまう。
周りにだって迷惑をかけてしまうだろう。
そうなっても大丈夫なように、身体に合った環境下で過ごしてもらう。
国の法律や方針には納得できる。
できるけど……。
「はあああああ……一カ月は経過観察で、その後に転入かあ」
ちなみに会社の方は退職する運びになった。
そして中学校に在学する3年間のみ、国から月々3万円が給付される。
とはいえ、東京一人暮らしで月3万円は……ハッキリ言って厳しすぎた。
実家に戻るか?
いやでも、こんな姿で戻ってもなあ……両親も芽瑠も凄く驚いて、心配かけてしまうだろう。それにアパートの賃貸契約で、あと8カ月は住まないと違約金が発生するしなあ。
それはなんかもったいない気もする。
「あー……あっ、【転生オンライン:パンドラ】で稼ぐか」
中学校への転入まであと1カ月。
仮想金貨を稼ぎまくれば、どうにかなるんじゃないかな?
そんな現実逃避にも似た思考で、とりあえずの目標を決める。
「コツコツ、そう……コツコツ積み重ねれば、きっといいことがある」
元カノの金尾暮美に尽くそうとして、美味しい料理を勉強した日々も。
一番食べてほしかった彼女はいないけど……。
「今は自分の朝食や夕飯に活きている」
なるべく出世したくて、コツコツ積み上げた業績も。
会社を退職するはめになって無意味になったけど……仕事で学んだ切り替えスキルと根性は、『TS病』になった僕の精神を支えている。
「ステイタスが会社員から中学生になったからって、なんだっていうんだ」
悲しくてやるせない、そんな折れそうな心を僕は奮い立たせる。
「うん、うん……がんばろう……仕事から解放されて、ゲームだってできて、ワクワクするんだ……」
僕は自分にそう言い聞かせながら、目から溢れる涙を無視して——
パンドラの世界へとログインした。
◇
僕はメルに習った通り、背の高い草を避けながら【白き千剣の大葬原】を横断していた。
というか一向に【亡者】たちが僕を見かけても襲ってこないのは、【身分/幼女魔王】と何らかの関係がありそうな気がする。
「ん? あの子って角が生えてるから、【身分/魔人】か?」
「うわ、珍しいな! しかもすごく可愛い……」
「っていうか……幼いのにめっちゃエロい体つきしてね!?」
そんな折、魔物よりも怖い者に遭遇してしまった。
「確かに……あんなキャラクリできる身分ってあるんか?」
「レア身分だろうなーいいなあー、あーやばい。俺、ブチおか〇たい」
「おまえロリコンだもんなー」
「まあアレはロリコンじゃなくても反応するだろ」
まとわりつくような視線を送ってきたのは、3人の転生人。
なんだか物騒な雰囲気だなあ……早々に転生人と揉めるつもりはないから、ここは穏便に離脱するべきかな?
「よっ、お嬢ちゃん」
「一人で何してんの?」
「俺らと遊ばない?」
しかし、三人の転生人は思った以上に素早い動きで僕の進行方向を塞いできた。
「この辺はわりと治安がよくないよ? もう日も沈んだしなあ?」
「夜に一人でいるより、俺らといた方がいいんじゃないか?」
「【亡者】も転生人も気性が荒い奴ばっかりだから」
昨夜、メルから聞いたように【転生オンライン:パンドラ】はPvPもできる。
闘技場であれば勝利した側が、敗者より何かを得る。そして闘技場以外の場では、戦利品はないものの、キルされた側はレベルが半分前後での身分転生になる。
さて、彼らのレベルは……ヤマシタLv2、モロハLv3、力男くんLv4か。身分の方は、んん……ここからの距離じゃまだ見えない。
「あの、僕はゲームを始めたばかりの初心者で……一緒に遊ぶと、ご迷惑をおかけするかもなので……」
「うっひょ……声も可愛いな」
「いや、俺らも始めたばっかりの初心者でさ?」
「もう迷惑ならかかってる。股間がイラつく。」
「そんなわけでー」
「ちょーっとこっち来て遊ばない?」
「もういいからこっちこい!」
「ひっ!?」
僕を強引に捕まえようとダッシュしてきた輩たち。
驚いた僕は身体がとっさに反応し、高く伸びた白草地帯に飛び込んだ。
「お嬢ちゃーん、隠れても無駄だぞー?」
「こんな所に飛び込んでもすぐ見つけちゃうよ」
「茂みに隠れてのプレイを御所望かな? エロいスクショを撮りまくろうね~!」
彼らはわざと恐怖を煽るようにゆっくりと迫ってくる。
僕をキルするのが目的なのか、悪ふざけなのか定かじゃない。
ただ、男の人にこんな風に襲われそうになるなんて、ちょっと恐怖でしかない。
『カタッ』
さらにビクビクしている僕に追い打ちをかけるように、頭の横で何かが動いた。
そちらに視線を向けると、心臓が飛び出そうになるも、どうにか口元を両手で塞いで悲鳴を抑えた。
「ひぐっ」
『カタカタッ』
地面からぽっこりと出た屍の顔が、僕を覗いていたのだ。
見た目がすごくグロテスクすぎて、ちょっとチビりそうになった。
ただ不思議なことに、その屍からは敵意は感じられない。
むしろなんてゆうか……友愛? いや、崇敬? の念を飛ばされているようだ。
よくよく屍さんを凝視してみると、彼についての情報がずらーッと出てきたりする。
ひとまずそれらを流し読みして、極小の声で『助けて』とお願いしてみる。
するとやっぱり屍さんは『カタカタッ』と顎を鳴らしながら、コクコクと頷いて地中に潜っていった。
なんだかちょっとだけ可愛らしく思えてしまう。
「あっ、見っけ~! そんなところに隠れても無駄だぞー!」
「あー、もうめんどいわ! さっさとその装備脱げや!」
「俺らと一緒にSS撮って遊ぶかーキルされるかー選ばせてやるよー?」
ついに男たちに見つかってしまった。
けれど草むらの影に乗じて蠢く存在が、彼らを横合いから襲う。
うわっ!?
かじった!?
「さーってお嬢ちゃんのきょにゅッヴッ!?」
「ギャッ!? な、なんだ!? 【亡者】だと!?」
「どっどうしてこんな大量に出て来やがった!?」
それからは一方的な蹂躙劇だった。
人間三人が間近で大量の屍にかじり尽くされる光景は、かなりホラーすぎた。
あまりの凄惨さんに、グロテスク表現をOFにしようか迷ってしまう。
「あっ……だずげ……で……」
「じ、じにだぐないっ……がっ……」
「だめ込んだ金貨がっ……いっ……うぅ……」
彼らは助けを求めながらも、血だらけになってくぐもった悲鳴を散らす。そして数秒後には物言わぬ死骸となり、屍たちの仲間入りしてしまった。
臓物をまき散らしてピクリとも動かない彼らだった物を見て————
:ヤマシタLv2 キル → Lv1で転生 金貨20枚を取得:
:モロハLv3 キル → Lv1で転生 金貨55枚を取得:
:力男くんLv4 キル → Lv2で転生 金貨85枚を取得:
金貨160枚もゲットできてしまったから、僕は少しだけ笑みを浮かべてしまう。
これで自販機のジュースが買える!
「やっぱりコツコツが、一番なのかな……?」
スキル『星に願いを』は一気に稼げるけど、リキャストが30日間と非常に長い。
その点、魔物たちとの共闘だったら、何回でもできそうだ。
「亡者さんたち、ありがとう」
「「「ヴォヴォ~」」」
助けてくれた【亡者】たちにお礼を言って、僕はホクホク顔で歩き進める。
すると、前方に巨大な湖に浮かぶ古めかしい都市が見えてきた。
どうやら無事、【剣闘市オールドナイン】に到着できそうだ。