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[ 2085年12月24日 現地時刻16時35分 ]
[ 旧アラスカ-ベーリング海峡 南部海域 ]
[ 記録視点: DICE 1-1 りうら ]
凍てつく冬の北極海。広がるはマリンブルーより程遠い真っ黒な水面。その水面を蹴るようにして、3機の人型機体__ヴァリアント・アドバンスト__が高速で滑っていた。
1:「__降ってきたか」
俺は一言、そう呟いた。3機編隊の中央前方、ダークに紅く染め上げた中量機体の狭苦しいコックピットは、高性能の免震制御システムに守られたゆりかごであった。
眼下の波浪とは裏腹に加速度以外の揺れを感じさせないコックピットのディスプレイには、頭部のカメラから受信した映像が映し出されている。
3:「もう雪やろか灰やろか、分からへんわ…」
2:「雪だって灰みたいなもんだし、もう変わんないでしょ」
2番機のほとけとそれに続く3番機、初兎はそう掛け合う。
カメラ映像を直接打ち付ける白い何か。強く前進する3機にそれが大量に降りかかる。こりゃぁ帰ったら洗浄が大変だぞと、一面灰色の空模様も相まってため息の一つも漏れるような気分だ。
1:「司令部に報告、間も無く作戦領域に到達。作戦行動を開始する」
1:「作戦領域到達まで、まもなく10秒__カウント開始」
ディスプレイ左下、レーダー画面を静かに眺めながら状況を伝える。ETA__到着予定時刻の数字は、刻一刻とカウントダウンを刻んでいた。
『ウラルHQよりDICE 1小隊、手筈通り進めてくれ』
1:「5…4…3…2…1…」
1:「ウェポンズ・フリー。DICE 1エンゲージ!」
海上の見えない境界線を越える。設定された作戦エリアに突入。
1:「作戦目標はGD社の洋上プリズム採掘プラットフォーム、およびスタンダード小型艦艇。作戦領域内の敵性目標を破壊し、帰還する。それだけだね」
2:「難しいこと考えずに全部ぶっ壊せばいいんだよね?」
1:「そー言うこと」
2:「了解っ!DICE 1-2、エンゲージ!」
いむ__こと2番機のhotokeは単純明快な理解にて元気よく作戦内容を受容する。右側を等速で飛行する4脚型機体「アスター・ダイアデム」は、パイロットの声色と裏腹に無骨な爆雷投射装置を左手に抱えていた。
3:「__作戦開始」
3:「目標を確認。DICE 1-3『紫電-改』、散開__」
左隣の紫の軽量逆関節機体「紫電-改」は一気に速度を上げ、目標に向けて急速接近を始めた。肩の武装ハンガーに独特なフォルムのレーザースライサーを格納し、代わりにレーザー武装を両手に掴む。
では俺も、奴らに引導を渡してやることにする。
アサルトライフルとマシンガンに持ち替え、セーフティのロック解除。流線型の目立つ俺の機体、軽量フレーム「イグニッション」は、先行する2機を追うようにブースターに火を入れ加速を開始した。
本来なら小隊長として先頭を率いないといけないのだが__せっかちな僚機だ。
『敵機体接近、ヴァリアントが3機!!』
『トラックナンバー割当完了、叩き落とせ!!』
1:「目標は西方にかけて広範囲に展開中。雲と霧で視界は悪めだけど、ミサイルの回避には使えそう」
3:「さっさと終わらせて帰ろうや、大した数もおらんのやろ?」
そういう初兎は、すでに1隻を蜂の巣にしていた。
レーザーライフルの高熱、それを拡散して発射するレーザーショットガンの熱線。最新の防御技術を詰め込んだヴァリアントに対してでさえ効果的なそれは、数発の連射で旧式の艦船を海の藻屑に変えるに十分である。
『6号艦大破、通信途絶!!』
俺は眼前に微かに見える採掘プラットフォームに照準を据える。灰降る空の下、細く天に伸びた管はガスを吐き出し、その先端は絶えず青白く燃え盛っていた。
プリズム__「賽投げ」を経て発生した新資源。俺たちの乗るヴァリアント機体の燃料でもあり、非常に高いエネルギー効率から次世代の新物質として、現在では世界中で採掘がなされている。
黒い水面から伸びる複数本の柱に上部の荷重を委ねる構造。であれば、狙うべきはその柱というのは、少し考えればわかる話だ。
2:「タンカー船も吹き飛ばしちゃっていいんだよね?」
そう軽く問うてくるはいむくん、4脚の形態を変更し高速で飛行し高度600mあたりを浮遊している。
1:「あぁ、作戦領域内の動くものは全部吹っ飛ばせってお達し。漁船もヘリも、全部粉砕してやればいい」
1:「ただプリズムの発火現象には十分気をつけろ、とのことだ。プリズム爆発を直に浴びると装甲がやられる」
2:「了解ぃっ!!」
刹那、どぉぉぉんっという発射音と共に海上が光るのをわずかに視界の隅に捉えた。
ペチペチとこちらに小口径の機関銃を撃ってなけなしの抗戦を試みるプリズム採掘プラットフォームに急接近し、その足元を捉える。右手に握る操縦桿のトリガーを人差し指で強く引き、大口径のバズーカ弾を発射。プラットフォームの荷重を支える柱を一つずつ押し崩していく。
接近してみれば、プラットフォームは存外巨大である。ふと上を見上げれば、何層にも連なった板で構成された無機質な構造物__しかも上に上がるにつれ逆四角錐型に伸びている不安定な構造である__が俺の機体「イグニッション」を見下ろしてくる。
何本目かの柱を、右手に持った大口径バズーカで撃ち抜く。すると一気にバランスを失ったのか、その無機質な逆四角錐は堰を切ったように各所から崩落を始める。
『奴らプラットフォームごとやりやがったのか!?』
『助けてくれ!!!』
どおっ、と白い水柱を上げながら、数秒前まで構造物「だったもの」は水深数千メートルの凍てつく海に吸い込まれていく。
1:「DICE 1-1、洋上プラットフォームを破壊」
2:「どうやったの?」
1:「足元の柱を狙い撃ちしてやればいい、一気にバランスを崩して崩落していく」
2:「その手があったか!?」
ほとけは何かを納得する。いやどう考えてもそれ以外に方法はないだろうけども…。
3:「逆にどうやろうとしてたんや」
2:「んぇ?爆雷とグレネードで全部ぶっ飛ばせばいいかなぁって…」
まぁ、そーいうやり方もあるか。……あるか?
『さっさとタービンに火を入れろ!!対空ミサイル、装填まだか!?』
『よし全速前進!!』
俺の次の目標は、今更になってノロノロと動き出した駆逐艦。思い出したように発射管の口をゆっくりと開きミサイルを1発撃ってくるが、ヴァリアントの機動力を前には一切無力だと言ってもいい。
操縦桿を左に倒し、機体を横に滑らす。急激な速度ベクトルの変化にやや体を持っていかれそうになるが、制御システムが衝撃を相当に和らげてくれている。ぶっちゃけそこらのスタンダード兵器に比べれば、快適そのものだ。
3:「FOX-3!FOX-3!」
初兎は発射コールと共にプラズマミサイルを敵艦艇に向けまっすぐ6連撃。間も無く着弾した弾頭はプラズマ爆発を発生させ、圧倒的な高熱と電磁波の渦を巻き起こす。
旧型艦のブリッジは一瞬にして完全に溶かされ、どろついた金属が海上に流れ出していた。
中の様子は__想像したくない。
3:「船旅はキャンセルや!残念やったな!」
初兎の「紫電-改」は左手に持ったレーザースライサーを構え、刀身は機体との接続部を中心に上下前後に同時展開された。さながら「十字」を描く青白いそれは4本一つ一つが高熱を帯びたブレードであり、中心で高速回転を始める。
紫の逆関節機体はそれを全身で大きく振り回し、目の前の駆逐艦は文字通り「スライス」された。
『イージス艦は2番、7番、8番続けて通信途絶、タンカーも3番と4番がやられました!!』
『動ける艦艇はもう半分以下です!!誰かあの空のやつをなんとかしてくれ!!』
『所詮傭兵のヴァリアントだろうが!?なぜ落とせない!!』
作戦開始から、まだわずか1分。敵の弾幕はまだ薄く、暴れたい放題だ。暗い海の上に浮かぶ灰色の船は、ほぼ無抵抗な良い的であった。
カメラに打ち付けてくる雪__のようなものはさらに勢いと量を増していた。それなりに堅牢な防御システムの中のコックピットだが、パラパラと氷の打ち付ける音がやや控えめにこちらに伝わってくる。
1:「それにしたって酷い雪だな」
3:「嵐雪__冬景色。」
2:「タンカー船の奴ら、ガス欠ならないのかな」
3:「あのご立派なタンクに積んでる燃料があるやろ」
ノロノロとご機嫌に海上を進む燃料タンカーを一瞥…あ、吹き飛んだ。
2:「__船ってプリズムで動くの?」
1:「重油の駆動システムにそのまま放り込んでも使えるって聞いたぞ」
3:「プリズムなんて高級品すぎて使えへんねやろ。あんだけ資源枯渇枯渇いうて、100年経った今もアラブの砂漠掘り起こせば原油もわんさか湧いてるんや」
レーダー画面を確認する。
作戦領域内の白い輝点__つまり敵目標は、すでに半分近くまで殲滅されていた。レーダー上側でちょこまかと暴れ回っているのは軽量逆関節の「紫電-改」、下側で周囲の輝点をまとめて「消去」しているのは「アスター・ダイアデム」である。
2:「白旗上げたって空からじゃ見えないよ〜♪」
空力性能を突き詰めた軽量フレームにややゴツめの逆関節二脚を装備した「紫電-改」はショットガンとライフルの高熱を押し付け、同じ手筈で採掘プラットフォームの柱をまとめて焼き溶かしていた。
上を一瞥、崩落の開始を目視した初兎は次の目標へ向かう。
1:「全目標、うち7割の殲滅を確認。作戦終了予定時刻修正__残り56秒」
俺はこの小さな戦場の実質的な支配者であった。現時点で圧倒的優勢を握っているヴァリアント部隊DICE 1小隊の小隊長__いや、DICE中隊全体の中隊長である俺は、戦闘と共に状況を分析し適宜報告する。
もっとも、多くは機体のシステムに搭載された戦術AIに丸投げであるが。
軽量の4脚機体、いむの「アスター・ダイアデム」は空中を浮遊し、目標を索敵する。
__捕捉。仲良く横に並んだ駆逐艦が2隻。主砲の高射砲が絶え間なくこちらを狙って射撃してくるが、大した脅威ではないと判断。中口径砲弾が絶え間なく偏差射撃を繰り返すが、砲弾は機体が「居た」場所を追い続けている。
さらに高度を取り、左手に持った爆雷投射機を構える。どっ、と剣を振り下ろすように投射するとともにその蓋が開き、中から遠心力に任せて大量の弾薬を下方向__ちょうど2つの船にまとめて覆い被さるように投射した。
『敵機接近!!近接対空射撃!!』
『ダメだ間に合わない!?衝撃に備え__』
広範囲にばら撒かれた爆雷の時限信管が作動。大量の爆発が2隻を巻き込むように発生し、その巨大な爆風は駆逐艦の各所を押し潰し火をつけ、破壊する。
2:「エクスプローージョンっ!!」
1:「何1人で言ってるんだほとけは…」
なんて、口から溢れる。
3:「もうほとんど残ってないんちゃう?」
1:「あとはあのプラットフォームと周りの船だけだね」
2:「さっさと終わらせちゃおっ」
レーダー上の3機が最後のターゲットに集結する。最後の採掘プラットフォーム、周辺にはプリズムタンカーと駆逐艦が1隻。
最初に射撃を開始したのはほとけのレールガンだったらしい。ここまでの被弾は3機共にほぼゼロ、完璧だ。このまま畳み掛けるとしよう。
『3号、1号艦通信途絶!?俺たちだけなのか!?』
『飛翔体、真っ直ぐ向かってきます!!』
1:「逃がさねぇ、っ!!」
捕捉した駆逐艦に右手の大口径グレネードを1発お見舞いしてやる。着弾までの数秒の間に機体をさらに滑らせ、背中のハンガーにグレネードを格納。マシンガンとライフルを取り出し前方のプラットフォームに乱れ打ちする。
2:「どんな感じ?中隊長に昇進した気分は」
1:「あんまし変わんねぇな。やるべきことやってく、てだけ」
2:「ふぅん…ま、りうちゃんらしいか」
発射したグレネードに対空戦闘を仕掛ける余裕もなく、それは前方のちょうど主砲高射砲のあるあたりに突っ込む。高速の運動量が艦首を黒い荒波の中に一瞬押し込み、そして内部から船を吹き飛ばした。
『前方が丸ごと吹き飛びました!!ダメコン不能!!』
『総員退艦、総員退艦!!』
1:「最後の駆逐艦を破壊__残りはタンカーだけか」
と言う間も無く、「紫電-改」のレーザースライサーがプリズムタンカーのタンクをど真ん中から焼き切り叩き割り、光刃のレーザー高熱はとれたてホヤホヤのプリズムに火をつける。
各所から青白い火を吹いたタンカーは最後に大きな爆発を引き起こし、ど真ん中から真っ二つに割れて凍てつく海に姿を消していった。
初兎は逆関節機体自慢の脚力でバックステップ、間一髪爆風を免れる。
2:「わぁ、良く燃えてる…」
1:「今日燃やしたプリズムだけでいくらするんだろな」
3:「俺らの一月分のギャラなんか余裕で超えるだろ」
「イグニッション」を採掘プラントの足元に高速で滑らせる。雪はさらに増していたが、時速500kmそこらで機動するヴァリアントは、もはや降りかかってくるそれを弾き飛ばしていた。
スロットルレバーを最大まで押し込み、射撃してくるマシンガンも、真正面から吹きつけてくる吹雪も、まとめて黒い海に受け流している。
2:「1ヶ月分…ふえぇ……燃やさずに奪っていけばいいのにぃ」
1:「破壊は創造より易し、とは良く言ったもんだ」
3:「この破壊任務の報酬も想像より安し、ってか」
ちょっとうまいのやめろ、と口にするまでもなく、最後のプラントは目前に近づいていた。
ほとけの2番機「アスター・ダイアデム」が空中で浮遊しつつ、プラットフォーム内部をハンドガンで制圧射撃しているのを一瞥。俺も左右の操縦桿のトリガーを思いっきり引き込み、ライフルとマシンガンをばら撒く。
鉄筋コンクリートの柱は巨大なヴァリアントから発射されるマシンガン弾に粉砕され、すでに数本が折れている。
それもただのマシンガンじゃない、1発1発がだいたい人体サイズの、人間が使うSMGやライフルの弾薬とは比べ物にならないサイズの飛翔体が、毎秒8発のレートで雨霰のようにコンクリートを叩きつける。
1:「目標捕捉__これで終わりだ」
武装ハンガーからレーザーブレードを取り出し、ブレードの先端に取り付けられたレーザー発振機から青白い光波が発せられる。根元に付けられた追加ジェネレータがうなり、機体のプリズムジェネレータ出力とともに莫大なエネルギーを発振機に送り出す。
即時に10mほどに伸び切ったブレードを俺はそのまま一気に横に振り、大量に並んだ柱を全て焼き切った。
1:「最後の目標の破壊を確認」
3:「…まぁ、まずまずやない?」
崩れ去る採掘プラットフォームを脇目に機体を反転させ、俺は他の2機と集結。
1:「DICE 1-1よりウラルHQ、ミッション完了。奇襲は成功だ」
『こちらウラルHQ、全目標破壊を確認』
『作戦遂行時間__1分57秒。やるじゃないか』
3:「速達ボーナスってことで。報酬はまた色付けといてや〜」
『…検討しておこう』
2:「頼むよ、こっちも金欠なんだ」
ほとけと初兎、2番機と3番機の無茶振りに苦笑いする。もちろん、そこまで金欠な訳ではない。俺たちはフリーの独立傭兵集団など、命のリスクを冒す代わりにそれなりの金を得ている。
うちのがすいませんって、言おうか迷ったけど。まぁ結果的に俺が何か言うことなく金が増えるならいいかもしれないと、また自らの小心翼々な心理を恥じないわけでもない。