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わたしと専務のナイショの話

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わたしと専務のナイショの話

28 - イチコロなハートマークが入れられません4

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2024年09月23日

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「あー、もうっ。

ぼちぼち点、取れちゃったじゃないですかー。


ブービー賞が欲しかったのに~。


御堂さんが私のフォーム直してくれて、びっくりするほど、上手くなっちゃったからですよ~。

ありがとうございますーっ」


「それは、愚痴ってんのか?

礼言ってんのか?」


どっちなんだ、と二次会のカラオケでマイクを持ったまま、そんなことを言い出すのぞみに、祐人が言う。


人数が多過ぎたので、何部屋かに別れていた。


此処は仲間内しか居ないので、かなり気楽な感じに呑めていた。


きっちり愚痴り終わったところで、曲が始まり、歌い出したのぞみに、

「演歌のナレーションみたいだな……」

と祐人の同期らしい男が感心して呟く。


歌い終わったのぞみは祐人の横に戻ると、

「御堂さんのお陰で、飛躍的に上手くなった気がします。

ありがとうございました」

と改めて、礼を言い、頭を下げた。


「飛躍的に上手くなったっていうか。

前が、飛躍的に下手だったというか」


いや、飛躍的の使い方がおかしいです、と思いながら、のぞみは甘過ぎるワインを呑んでいた。


カラオケなんだからしょうがないが、安いワインだ。


悪酔いしそうだなーと思いながら、

「これでもう二度と、私がブービー賞を取ることはないでしょう」

と呟くと、


「……そんなに取りたかったのか。


しかし、何故、ブービー賞だ。

どうせなら、万美子みたいに、優勝狙えよ」

と祐人が言うと、ちょうどマイクを握っていた万美子の耳にもそれが届いたらしく、歌いながら、ほほほほ、と一万円分の商品券を振り始めた。


しっとり歌い出しそうな雰囲気なのに、アイドル系の曲を新人の子たちと軽く踊りながら歌い始めてびっくりする。


「人の十八番って、聞いてみないとわからないものですね。

御堂さんは、演歌ですか」


「どんな決めつけだ……」


安いワインを呑みながら、のぞみは万美子の手にある商品券を見つめていた。


あれじゃなくて、ブービー賞が欲しかったんだ。


ブービー賞は、プラネタリウムもある天文観測所のペアチケットだったのだ。


……専務にあげたら喜ぶかなと思ったわけではないのですが。


いや、ほんとうに……。


そもそもあの人、地学の教師なのに、一時間、勝海舟について語ってた人だからな。


勝海舟記念館にでも連れていってあげた方が喜びそうだ、と思っていると、

「なんだお前、せっかく投げ方、教えてやったのに、溜息なんぞつきやがって、生意気だな。

ほら」

と祐人は大きなチョコを一本くれる。


三位の祐人は金色の円柱の箱に入った、巨大なチョコ棒詰め合わせだった。


「一位との差がひでえ」

とこの季節にダンボール一箱分の使い捨てカイロをもらった、二位の営業の男の人と二人で文句を言っていた。


「……ありがとうございます」


金色のそのチョコを手に、のぞみが頭を下げたとき、

「あっ、しまった」

と祐人が叫ぶ。


「お前、専務室の方の書類金庫の鍵かけたか?」

と訊いてくる。


「えっ?

いえ、いつも御堂さんがかけられるので、確認してませんが」


しまった、と祐人は顔をしめかる。


「タクシーもう来てるから早くって急かされたんで、三度目の確認してないんだよな」


なんなんですか、三度目の確認って……。


「いや、俺は、戸締りが気になりすぎて、秘書室から出られなくなったりする人なんだ。

実生活では結構ズボラなんだが、仕事だとな」


まあ、そのくらいでないと、機密事項の多い文書を取り扱えないか、と思っていると、祐人は立ち上がり、

「ちょっと見てこよう」

と言い出す。


「えっ? 今からですか?」


「此処、会社から近いから確認してくる。

すぐ戻るよ」


「えー。

じゃあ、ついて行きますよ」

とのぞみも立ち上がる。


同じ仕事をしているのに、祐人だけを確認に行かせるわけにはいかない。


本来は、自分も確認しなければならない立場だからだ。


まあ、新人なので、まだ任せてはもらえないのだが。


「そうか。

じゃあ、ついて来い」

とあっさり言われ、のぞみは眉をひそめた。


その顔を見た祐人が言ってくる。


「お前……、言ってみただけだな」

「バレましたか」


「お前、男なら夜の会社が怖くないとでも思ってるのか、ついて来い」


えーっ、と今度は声に出して言うと、

「ほれ、行け」

とのぞみの背を金の棒チョコでつついてくる。


廊下に出た祐人は、

「ついて来いよ、子分」

と言って先を歩いていく。


思わず、へい、とか言いそうになってしまったではないですか。


この人も悪い酒だな~と思いながらも、仕方なく、ついて行った。



「ついて来てるか、子分」


へい。


カラオケボックスから歩いていける場所にあった暗い社屋の前で、祐人が言う。


こうして見上げると、圧倒されるくらい大きなビルだ。


ひとりくらい自己主張のないトロくさい奴も居るかな~というしょうもない理由で雇われたのだとしても、ありがたい話だなと、のぞみは思ってしまう。


仕事に慣れてきても、サボることなど覚えず頑張ろうっ。


……うん。

できるだけ頑張ろう。


決意がショボく縮んで行きながらも、改めて此処に就職できたことに感謝しつつ、のぞみは祐人の後に続いた。


警備員さんに挨拶し、ロビーに入ったが、もう灯りはほとんど落としてあって、薄暗い。


エレベーターに向かおうとした祐人が、おっと、と足を止める。


「この辺、夜間はセキュリティがあるんだよ」

「えっ、そうなんですか?」


「お前、こんな時間まで残業したことないから知らないだろ」


はあ、まだ幸い、と思っていると、

「赤外線が通ってるんだ。

当たらないように行け。


切ってもらってないから」

と祐人は言ってくる。


「俺に続け」

と言われ、はいっ、とのぞみは身構える。


「いろいろやってみたんだが、こうやって行くのが、一番センサーにかかりにくいようだ」

と言う祐人は、まるで、エジプトの壁画のようなポーズで手を差し上げた。


「壁際を歩けよ。

ちょっとでも手を下げると、センサーに当たるかもしれん」


はいっ、とのぞみは祐人のポーズを真似、一緒に壁際を歩いていく。


非常口の明かりで二人の影が白い壁に浮かび、此処は本当に会社だろうか、と酔った頭で思ってしまう。


エレベーターの前に着くと、

「よしっ、解除だ」

と言われ、はいっ、とのぞみは手を下ろした。


明るいエレベーターの中は、特にセキュリティもないらしく、普通に乗れた。


「あのー、御堂さん」


「なんだ」

と階数ボタンを見ながら、祐人は言ってくる。


「あの手はなんの意味があったんでしょうか?」

とのぞみは、さっきまで二人でしていた壁画のポーズの真似をして見せた。


「身体の部分が赤外線に触れないのなら、手は身体に添わせておくだけでよかったんじゃないですか?」


「もちろんだ」

と腕を組んだ祐人は重々しく頷き、言ってくる。


「そもそも、警備員がウロウロしてるのに、ロビー中に赤外線が張り巡らされてるわけがない」


「……御堂さん、騙しましたね?」


「いや、赤外線が何処かにあるのは確かだ。

俺も何処かは知らないが」

と祐人はトボケたことを言ってくる。


騙された。

いや、正気だったら、最初からおかしいと思ったはずなのだが、自分も酔っていたので、つい、騙されてしまった。


だが、こちらが正気だったところで、祐人のあの口調で言われたら、仕事のときのくせで、反射的に従ってしまいそうな気もするのだが。


「ところで、御堂さん。

このエレベーター、先ほどから動いていないようなんですが」


「そうか。

なんでだろうな」

と言って、祐人は上の階数表示を見上げている。


「御堂さん、押してないですよねえっ? ボタンッ!

御堂さんっ、酔ってますよねっ?」

とのぞみが叫んだとき、祐人が反省の言葉もなく、いきなりボタンを押したので、エレベーターは動き出した。


うう。

タチが悪いぞ、この酔っ払いっ。


顔も口調も普段と変わりなく真面目だから、何処まで本気なのか、境目がわからないっ!

とのぞみが頭を抱えているうちに、役員室のある階に着いた。


「よし、行くぞ、坂下!」

と仕事を命じるときの口調そのままに祐人は言い、


へい、親分……と思いながら、のぞみも後について降りた。


クリーム色の古い絨毯の敷かれた廊下も人気がなく、薄暗い。


「暗いと怖いな。

なにか歌え、坂下」

と祐人が言い出す。


「なにかってなんですか?」


「なんでもいいから歌え」

と言われたので、視界に入った自分の靴を見ながら歌ってみた。


「赤い靴~♪」


暗い廊下にブルーになりそうな短調の曲が低く響く。


なにかの呪いが始まりそうだ、と思ったのだが、一度歌い出したものは止められない。


「履~いてた~、お、ん、な、の、子~♪」


「今すぐその口閉じないと、張っ倒すぞ、このチョコで」


いや……御堂さんが歌えって言ったんですよね、と思っているうちに、専務室の前に着いていた。


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