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ruruha
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上重のあまりにも実用的で色気のないアドバイスに、思わず笑いが漏れる。
「……じゃあな。……あ、やっぱり洗面器用意しとく? トイレに間に合わんかったらあかんから」
「ふふふっ、ありがとうな、上重。お前、優しくてええ男やな」
俺がそう言うと、上重は一瞬目を丸くして動きを止めた。それから、ちょっとはにかんだように嬉しそうに笑って、俺を見つめた。
「……今頃気づいたか」
何かを言いかけた上重やったけど、すぐに諦めたような顔をして、俺の髪をクシャッと撫でた。
「……ほんま、ありがとう。鍵かけたらポストに入れといて」
「あ、立てへんのやったら、やっぱり洗面器に袋をかけて……」
「ふふふっ、ほんま大丈夫やって。気持ち悪くはないから」
最後までカッコつけきれへん上重に、バイバイと手を振る。
あいつ、わざとふざけて俺を笑わせてくれたんやな。ほんま、上重といたら一日中笑顔でおれる気がするわ。
深夜三時。
あまりの寒さに目が覚めた。
上重が鍵を郵便受けに落とした音を聞いた後、布団も被らずに寝落ちしてしもたんやな。
「んっ……シャワーでも浴びよかな」
重い身体を引きずって風呂場へ向かおうとして、ふと玄関を見る。
一応、鍵をいつもの場所に戻しておこう。そう思って手を伸ばした先に、あの「メッセージカード」が置かれていた。
……え?
これ、もしかして、あの日くうちゃんがここに置いていってくれたん?
いや、違う。鍵の上にこのカードがあるってことは……。
「……もしかして、くうちゃん来た?!」
一気に酔いが醒めて、心臓がバクバクと暴れ出す。
二人でおるところ、見られた?
いや、友達が送ってくれただけやし、何一つやましいことなんてしてへん。……っていうか、くうちゃんだって友達なんやから、誰とおろうが関係ないはずやん。
頭ではわかってる。けど、胸のざわつきが止まらへん。
「あ、そや、LINE……」
急いでベッドに戻り、手探りでスマホを探す。どこやねん! 寝ぼけてどこ置いた俺!
「あった……!」
祈るような気持ちで画面を覗き込む。未読通知は二件。
お願いや、平和な内容であってくれ……!
『鍵入れといたからね! 明日はゆっくり休むよーに!』
よし、一件目。上重からのLINEはクリア。
そしてもう一件。……やっぱり、くうちゃんから入ってる。
意を決してそのトーク画面を開いた瞬間、俺の視界は真っ白になった。
『はんちゃん、彼氏できたからもう会えへんな』
「…………嘘やろ」
バレンタインから、まだ一ヶ月しか経ってへんのに。
俺が知らない間に、あの、気になる人と上手くいったん?
逆転ホームラン、打ってしもたん……?
「……返事、なんてしよう」
おめでとう。よかったな。
友達として、そんな簡単な言葉でええんかな。
今はシャワーの冷たい水で頭を冷やして、必死に考える。
俺、どこで間違えたんやろう。
くうちゃんとキスしたあの時。もし「好き」って伝えてたら、くうちゃんは俺のものになってたんかな。
でも、結局。俺が告白せんかったから、こうやってくうちゃんは好きな人と結ばれた。
もし付き合えてたとしても、俺は一ヶ月で振られる運命やったんかもしれん。
短期間で捨てられるより、友達のまま綺麗に終われたんやから、これで良かったんや……。
しゅうたからもらった「大吉」のご利益。
大凶の俺は、あの夜で全てのご利益を使い切ってしもたんやな。
上重との約束を土曜にしておいて、ほんまに良かった。
案の定、あれから一睡もできずに、大して興味もない映画を何本も垂れ流して朝を迎えた。
感動する場面でもないのに涙が溢れて、悲しい場面でもないのにまた涙が流れた。
『それでも俺、くうちゃんが好き』
そんなメッセージを何度も書いては消して、繰り返しているうちに、いつの間にか深い眠りに落ちていた。
夕方。目が覚めてLINEを開くと、誰かからメッセージが届いていた。
『はんちゃん、今日時間あったら会えへん? 話したいことある』
正月早々、くうちゃんから届いたのとそっくりな文面。
これが映画やったなら、ループしてあの日からやり直せるんやろうけどな。
『夜やったら大丈夫。場所と時間、決まったら教えて』
寝ぼけ眼で、相手が誰かもはっきり確認せんまま返信を打つ。
「え、珍しい……ゆうとからか」
「来年の初詣で会おう!」なんて、あの時は本気のトーンで言うてたくせに。意外と早い招集にびっくりした。
まぁ、去年もなんやかんや理由をつけて何度か会う機会はあったんやけど。
♢♢♢
「おつかれ~。はんちゃん、わざわざごめんな?」
「ええよええよ。ゆうとも今日休みやったん?」
「ううん、俺は明日が休み。土日に休むの難しいわ」
なんて、働くお父さんみたいな顔で言うてる。年々増していく、この「お父さん感」。
今ここで「実は結婚してて子供おるねん」ってバラされても、全然驚かへん自信があるわ。
ゆうとは店員から受け取ったビールの大ジョッキを、勢いよく喉に流し込んだ。
すごいな。俺はお酒あんまり飲めへんから、そういう男らしい飲み方にはちょっと憧れる。
「で、どうしたん? 何かあった?」
「そうやねん。はんちゃんにだけは、言うとかなあかん思てな」
「えっ!? 俺だけ!? なんなん、めっちゃ気になる!」
「……実は、恋人ができました」
「はぁ!? 初詣の時は『側に居るだけでええ』って、あんなに消極的やったのに!?」