リオンとバッシュの試合。
その二人の間に割って入り、バッシュの攻撃を止めるロゼッタ。
その表情からは怒りが感じられる。
「審判!この大会は『人間』しか出場できないはずだが?」
「え?えっと…はい、そうですよ」
「なら何故こいつは出場しているんだ?答えろ!」
それを見たバッシュは大きく笑い出した。
そしてその姿を変え始める。全身が黒い毛に覆われ、口元には牙が見える。
その姿はまさに二足歩行の牛、といった感じだ。
バッシュの正体は獣人だったのだ。
それも巨大な、牛の化け物だ。
『これがオレ様のもう一つの姿よ!』
「嘘…でしょう?バッシュが…」
試合を見ていたメリーランが、言葉にならない声をあげる。
これまで共に生活していた者が、魔物の変身した姿だったのだから。
しかしもっともショックを受けたのはガ―レットだろう。
「俺はあんなやつと…ベッドで…うッ…ぉぉぉぉ…」
「…」
その場に崩れ落ちるガ―レット。
そしてそれを横目で見るメリーラン。
しかしそんなことは、今は問題では無い。
もう一つの姿を現した魔獣バッシュの姿を見て、慌てふためく観客たち。
無理も無い、王都のど真ん中に魔物が現れるなど前代未聞のことだからだ。
「ま、魔物だ!」
「うああああああ!」
「逃げろぉ!」
阿鼻叫喚の観客席。
この数百年にわたり、王都は平和を保ち続けてきた。
それが崩れようとしている。
その事実を突きつけるかのように、魔獣バッシュが叫ぶ。
『ガ―レットのヤツは取り入るには最高だった!いくらでもやりようがあったからな!』
高笑いを上げながら叫ぶ魔獣バッシュ。
逃げ惑う観客たち。
「嘘だろ…バッシュ…」
「早く逃げましょう!ガ―レットさん、ここにいちゃだめ!」
放心状態のガ―レットを連れてその場を離れようとするメリーラン。
しかしガ―レットはなかなか動こうとはしない。
よほどショックだったのだろうか。
半ば無理矢理に彼を絶たせるメリーラン。
「行きましょう!」
「くそ、あの女ぁ…」
そんな二人のことなど知ってか知らずか。
リオンと魔獣バッシュの戦いは続く。
『さあ、覚悟しろッ!!』
驚愕するリオンを尻目に、魔獣バッシュは襲い掛かってきた。
魔獣バッシュは二本足で立ち上がり、こちらに向かって突進してくる。
その速度は今までとは比べ物にならなかった。
「うわぁ!?」
なんとか回避するが、かすってしまったようで服が破れている。
そのまま勢いよく壁に激突し、土煙が上がる。
「大丈夫かい?」
「はい、なんとか…」
心配したロゼッタが駆け寄ってくる。
魔獣バッシュはこれまでにリオンが戦ってきた魔物とは違う。
知能を持ち、考えながら戦うことのできる魔物だ。
『もう試合なんか関係ない!全部壊してやる!』
魔獣バッシュが観客席に目をやる。
逃げ惑う人々。
しかし混乱によりスムーズに逃げることができないでいる。
それを見逃す魔獣バッシュではない。
口に魔力を溜め、攻撃に移る。
『だあああッ!』
勢いよく火炎を吐く魔獣バッシュ。
逃げ惑う人々に向けて…
「なに!?」
「しまッ…」
リオンとロゼッタが叫ぶ。
咄嗟の攻撃に完全に反応が遅れた。
意識外からの攻撃、それも観客に向けて。
「あ、あ…ッ!?ああああーーー!」
「おいっ!?メリー!?」
メリーランが叫び声と共にガ―レットを突き飛ばした。
咄嗟の判断だった。
魔獣バッシュの吐いた火炎の前に立ち、全力の障壁を展開した。
炎はメリーランの障壁に弾かれた。
観客は無傷だ。
「私は…私は…うぅ…」
咄嗟に放った全力の障壁だった。
魔力をすべて使い果たしてしまい、メリーランはその場に倒れてしまった。
それを見たガ―レットは…
「ああ…うわあああああああ!」
叫び声を上げて逃げて行ってしまった。
観客を押しのけ、我先にと。
メリーランをその場に置いて。
それを見たシルヴィが怒りを露わにする。
「あいつ…!」
「それより、あの子を助けないと!」
「あ、ああ。そうだな!」
アリスが倒れたメリーランを抱えて、安全な物陰に寝かせる。
そして試合場のリオンと魔獣バッシュを見てシルヴィが呟く。
「どうする、リオン…!」
試合場で向かい合うリオンと魔獣バッシュ。
バッシュのルール違反が判明し、暴れた時点でもはやこれは試合では無い。
なんでもありの『殺し合い』となった。
それを見て他の参加者たちも集まってきた。
「好き勝手やりやがって…」
「どうする、ゴルド?」
「あいつに加勢してやろうぜ」
先ほどリオンに負けた二刀流派の男。
シルヴィを倒したゴルド。
その二人がリオンに加勢しようと現れた。
「ルリ、僕たちも!」
「うん!」
観客席にいたルリとケルカも飛び出す。
それをみて、ロゼッタも加勢しようとするが…
「いや、俺がやります」
「キミにできるのか?相手はかなり強いぞ」
「それでもやらなきゃいけないんです」
「だけど…うッ…」
ロゼッタが腹を押さえ、その場に崩れる。
ガ―レットの魅了を打ち消す際に自刃した際の傷。
それが先ほどのバッシュの攻撃で開いてしまったのだ。
「大丈夫です。俺に任せてください」
「分かった、では任せるよ…」
「ありがとうございます!」
礼を言いつつ、構える。
ロゼッタは傷を押さえながら試合場を降りる。
そしてアリスの肩を借りながら歩き、人のいなくなった観客席に座る。
魔獣バッシュは余裕そうな笑みを浮かべていた。
それを見たリオンが言う。
「俺との試合、まだ終わってないだろう?」
『ああ?試合ぃ~?』
まだそんなことを言っているのか?
そう思う魔獣バッシュ。
とはいえ、そんなに試合を続けたいのであれば望みどおりにしてやろう。
どうせ自分が勝つのだから。
そう考え、魔獣バッシュはリオンの言葉を了承した。
『ふん、変わったヤツだ』
「よくいわれるよ」
そう言いつつ、リオンは他の者達にアイコンタクトを送る。
『試合をしてる間に観客を逃がしてくれ』
そう言った意味を込めて。
他の者達はそれを察したのか、黙って頷いた。
そしてすぐに行動に移す。
『どうした?仲間同士でのお話はもうおしまいか?』
「ああ、お前はここで倒す!」
『じゃあさっさとかかってきな!すぐに終わらせてやる!!』
叫びながら再び突っ込んでくる。
先ほどよりも速い。だが、負けられない。
必ず勝つ。その気持ちを胸に抱き、リオンも走り出す。
互いの距離が一気に縮まり、ぶつかる寸前…
リオンは一瞬だけ動きを止め、拳を突きだす。
攻撃のリズムを敢えてずらすことで、魔獣バッシュの攻撃を避ける。
そしてカウンターを放った。
『ガッ!?』
カウンターでまともに攻撃を受けてしまう魔獣バッシュ。
しかしそれで怯むことなく、今度は蹴りを入れてくる。
それを腕でガードしながら、後ろに下がるリオン。
ガードすると共に受け流すことで、なんとか威力を殺すことができた。
『今のを避けるなんてなかなかやるな』
「…そっちこそ」
互いに睨みあい、再び距離をとるリオン。
魔獣バッシュが雄たけびを上げながら襲い掛かる。
その速度は今までとは比べ物にならなかった。
「クッ!?」
なんとか受け身をとるリオン。
こうなっては服が邪魔だ、そう考え、上を脱ぎ捨てる。
そして改めて構え直す。
一方、魔獣バッシュも同じように構え直していた。
どちらも次の一撃で決めるつもりらしい。
二人の目つきが変わる。
『行くぞ!』
「ああ」
バッシュとリオン、二人が同時に地面を蹴って飛び出した。
魔獣バッシュの方が先に攻撃を仕掛けてくる。
振り下ろされる拳をかわし、カウンターを決めるリオン。
しかしそれは読まれており、魔獣バッシュのもう片方の手で防がれてしまう。
さらに連続でパンチを放ってきた。
一発目は避けたが、二発目が当たってしまう。
「うげッ…」
人間の攻撃よりも遥かに重い一撃。
直撃でこそないものの、かなりの衝撃だ。
こんなものが直撃してしまったら…
『まだまだ!』
休む間もなく三発目を放とうとする魔獣バッシュ。
リオンは逆に懐に入り込み、強烈なアッパーをくらわせる。
よろける魔獣バッシュに追撃をかけようとするリオン。
だが、そうはさせまいと、魔獣バッシュは両手を組んでハンマーのように振るってきた。
咄嵯に避けるリオンだったが、威力が強く衝撃波だけで身体を吹き飛ばされてしまった。
「うあッ…」
衝撃波で吹き飛ばされるリオン。
地面に叩きく付けられ背中をぶつけるが、なんとか踏みとどまる。
魔獣バッシュはニヤリと笑い、ゆっくりと近づいてくる。
『どうした?もう終わりか?』
「そ、そんなわけないだろ…」
強気に返すが、状況は良くない。
このままでは押し切られると悟った。
しかし、だからといって諦める訳にはいかない。
なにか策は無いかと考える。
(どうすれば…)
考えている間にも魔獣バッシュが近づき、ついに目の前まで来た。
魔獣バッシュが飛び上がり、上から殴り掛かってくる。
「くッ!」
横に転がり、ギリギリのところで攻撃をかわす。
起き上がると同時に、魔獣バッシュの顔面に向けて拳を放つ。
『甘いんだよ!』
魔獣バッシュは片手で受け止め、そのまま握り潰そうとしてきた。
「ぐあぁ…まずい…! 」
さらに反対の腕を振り上げ、止めの一撃を加えようとしてくる。
『これで終いだ!』
魔獣バッシュがそう思った瞬間だった。
突然、横から飛んできた何かが、魔獣バッシュの顔にぶつかった。
『がッ!?なんだこれは!?』
飛んできたと感じたのは、リオンの蹴りだった。
拳にばかり気をとられ、リオンの脚にまで意識が回らなかったのだ。
顔に蹴りを受け、思わず握っていた手を離してしまう。
『こいつ!!』
怒りを露わにし、再び掴みかかろうとする魔獣バッシュ。
しかしリオンはそれを避け、足払いを仕掛ける。
『なッ!?』
足を払われ、バランスを崩し倒れる魔獣バッシュ。
リオンはその隙を見逃さず、魔獣バッシュの腹に全力でキックを入れた。
「はああああ!!」
『グウゥ!!』
勢いよく吹っ飛ぶ魔獣バッシュ。
だが体勢を立て直すと、着地して再び向かってくる。
だがダメージは大きいようで、動きが先ほどより鈍い。
それを見たリオンは勝負に出る。
先ほどと同じように距離を詰め、攻撃しようとするリオン。
だが今度は魔獣バッシュも警戒しており、簡単には近づけさせてくれない。
『そう何度もやらせると思うか!』
拳を突き出しながら突進する魔獣バッシュ。
それをリオンはしゃがみこんで回避する。
そしてカウンターで思い切り殴ろうとした。
しかしそれは罠だった。
拳が届く寸前、魔獣バッシュは口を大きく開けて噛みついてきた。
「なッ!?」
予想外の行動に驚きつつも、なんとか避けるリオン。
だが完全には避けきれず、肩を噛まれてしまう。
「うッ…があぁ…!」
激痛が走る。
なんとか引き剥がそうとするが、なかなか離れない。
『ハハハハハハハハ!』
このまま噛み千切ってやろうか?
そうとでも言いたげに笑う魔獣バッシュ。
それを察したのか、あるいは偶然か。
リオンは噛みつかれたまま、バッシュを地面に叩きつけた!
『グアァ!?』
背中に強い衝撃を受ける魔獣バッシュ。
さすがに耐えられず口を離してしまった。
そしてそれと共に、すかさず魔獣バッシュの顔に拳を叩きこんだ。
牙が砕け、口から血を吐く魔獣バッシュ。
「どうだ…!」
『ぐッ…お前…!』
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