肌を撫でる朝の光に、俺はゆっくりと意識を取り戻した。瞼を開くと、まず目に飛び込んできたのは見慣れた天蓋ではなく、隣で穏やかに眠るmfくんの顔だった。
「…っ」
昨夜、演武場で眠りに落ちたところまでは覚えている。けれど、ここへはどうやって? 記憶を辿り、自分がmfくんに抱えられて運ばれたのだと結論に至ると、途端に頬が熱を帯びるのを感じた。
(う、嘘……完全に寝てた……)
恥ずかしさで布団に潜り込みたくなる衝動を抑え、そっと隣のmfくんを見る。まだ深い眠りの中だ。昨夜は疲れていたようだし、起こすのは忍びない。音を立てないようにそっと体を起こし、身支度を整えた。
自室を出て廊下を歩きながら、数日前に瑞からもらった包みを思い出す。彼女が焼いたという一口大のクッキーだ。瑞の気の利く振る舞いにも、昨夜mfくんが見せた嫉妬にも、少しだけ胸が温かくなった。
「私も、なにか作ってみようかな」
しっかり、言葉遣いを正す。ここでは女性だ。
ふと思い立ち、厨房へと足を向けた。
厨房に着き、食材を確認していると、後ろから静かな足音が近づいてきた。振り返ると、そこには目を覚ましたmfくんが立っていた。
「おはよう、后」
「あ、お、おはよう。もう起きたの?」
「ええ。あなたが隣にいなかったので」
彼は少しだけ不満げな表情を浮かべた。その様子に、dnは昨日運ばれたことを思い出し、再び顔が赤くなる。
「え、ええと…昨日は、ありがとう。重くなかった?」
「いや、全く。それより、ここで何を?」
「この前瑞にもらったクッキー、美味しかったでしょう? 私も作ってみようと思って」
mfくんは少し驚いた顔をした後、微かに笑みを浮かべた。
「私も手伝いましょうか」
「え?」
「瑞には敵いませんが、少しは」
思いがけない申し出に、俺は目を丸くする。いつもは書類仕事に明け暮れている彼が、約束を覚えていてくれたことに胸がときめく。
「じゃ、じゃあ、お願いしようかな」
二人で厨房に並び立つ。不思議な光景だが、悪い気はしない。俺は以前食べたクッキーの味を思い出しながら、必要な材料を並べ始めた。小麦粉、バター、砂糖、卵、そして少しのシナモン。
「まずは、バターを柔らかく練るんだって」
俺が言うと、mfくんは無言でボウルとヘラを手に取った。彼の大きな手で器用にバターを練り始める。普段の剣さばきとは違う、繊細な手つきだった。
「上手…!すごいmfくんっ!!」
「ちょっと、」
口を塞がれてしまった。
「んぐぐっ…ふっ‥」
「ここはあくまでも厨房だからっ…!」
「あ…」
バターが滑らかになったところで、砂糖を加え、混ぜ合わせる。次に卵を少しずつ加えていく。その間、二人の間に流れる時間は穏やかで、宮廷の喧騒とは無縁のようだった。
小麦粉を振るい入れ、生地をこねる段階になった時、事件は起きた。
「あ」
mfくんがヘラを動かした拍子に、小麦粉がふわりと舞い上がり、俺の鼻先に付着した。
「んわっ…っ」
「ごめっ…」
付着した小麦粉をべろり、とmfくんが舐めた。
「っ…//」
彼は謝りながらも、楽しそうに笑っているように見えた。俺は仕返しとばかりに、自分の指先に付いた生地を彼の頬にちょんと付けた。
「!」
「ふふ、おあいこだね」
mfくんは目を丸くした後、諦めたように笑い、生地作りを再開した。
生地がまとまったところで、ラップに包んで少し冷蔵庫で休ませる。休憩がてら、二人は窓の外の庭園を眺めた。
「瑞、本当に器用だよね。お菓子も作れるなんて」
「……」
何気なく瑞の話を出すと、mfくんは少しだけ口を閉ざした。その反応を見て、俺は昨日と同じように悪戯っぽく尋ねる。
「まだ妬いてるの?」
「妬いてなどっ…。ただ……」
「ただ?」
「貴方があまりにも瑞を褒めるから…、私の出る幕がないかと」
彼は少し拗ねたような口調で言った。その素直な感情表現が嬉しくて、俺は笑みをこぼす。
「ふふ、沐宇様が一番だよ。昨日運んでくれたのも、今一緒に作ってるのも、沐宇様なんだから」
その言葉に、mfくんの頬が僅かに赤くなった。
「…やっぱmfってよんで…」
「んえぇ…mfくん?」
「っ‥//」
生地を冷蔵庫から取り出し、伸ばして型抜きをする作業に移る。星型や丸型など、様々な形に抜かれたクッキー生地が天板に並んでいく。
オーブンで焼き上げている間、甘い香りが厨房を満たした。焼き上がったクッキーは、少し不格好かもしれないけれど、二人で作った特別なものだ。
「瑞のよりは、少し硬いかもしれない」
「いいの。気持ちが大事だって」
俺は焼き上がったばかりのクッキーを一つ手に取り、mfくんに差し出した。彼はそれを受け取り、一口食べる。
「……美味しい」
「本当?」
俺も自分の分を食べながら、満面の笑みを浮かべた。瑞がくれたクッキーも美味しかったけれど、mfくんと一緒に作ったこのクッキーは、比べ物にならないくらい甘く感じられた。
しばらくすると、dnは俺にもたれかかり、何故か寝てしまった。…いや嘘寝だろうか。力が入っている。そんな姿も可愛らしい。
結局、瑞の器用さに敵うかと言えばそうではないかもしれない。けれど、俺にとっては、この穏やかな時間が何よりも満たされたものだった。自分のdnが、自分のために、自分と一緒に、こうして楽しそうに笑っている。その揺るぎない事実に、俺は深く満足していた。
「今度は、何を作ってみる?」
「……あなたが望むなら、何でも」
端で見守っていて料理長や侍女、みんながこちらを向いて楽しそうに笑っている。もちろん気づかないふりだ。
窓の外には、朝日の光が差し込み、二人の姿を優しく照らしていた。
コメント
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ほのぼのしていて最高です! クッキー作りでやり返しちゃうdnちゃんいたずらっ子みたいで可愛すぎます! 二人の幸せそうなやりとりをみてるとホントに癒されます!
穏やかな時間が流れていて、とっても幸せですねぇ♡ 短編の方では感涙で、こちらではとても幸せな気持ちになりました! 感情のジェットコースターですw
mfくんイケメンらぶです🫶🫶 ほっこり2人のやりとりが癒されます❣️ dnちゃんやり返すの流石に可愛すぎませんか🫠