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練習試合 大谷高校戦 1回表「プレイボール!」
審判の声がグラウンドに響いた瞬間、
翼はメガホンを強く握りしめた。
マウンドに立つ真琴の背中は、まだ小さく見えた。
赤髪が風に揺れ、華奢な肩がわずかに上下している。
アキはミットを構え、低い姿勢で静かに真琴を見つめていた。
初球——
真琴の腕が振られた。
しかし、球は大きく外角高めに外れた。
「ボール!」
2球目も、3球目も。
コントロールがまるで定まらない。
球はミットに届かず、大きく逸れていく。
アキはマスクの中で歯を食いしばったが、
声は出さず、ただ静かにミットを構え直した。
マウンドには絶対に行かない。
昨日、真琴が望まなかったことを、二度と繰り返さない。
真琴の呼吸が荒くなっていく。
頭の中に、中学時代の声が蘇る。
『お前のせいだ!』
『もっとちゃんと投げろよ!』
『弱い投手は要らねえ!』
指先が震え、握る力が抜けそうになる。
ベンチは息を殺していた。
タクはセンターから、みとらはセカンドから、
ただ静かに真琴を見守ることしかできない。
翼は応援席で立ち上がり、
精一杯の声を振り絞った。
「真琴くん!! 大丈夫!!
俺たちがいるから!!
ゆっくりでいいよ!!」
勇人がすぐ横で叫ぶ。
「真琴ー!! お前ならできる!!」
少しずつ、応援席からも声が上がり始めた。
まだぎこちないけれど、確かに真琴に向けられた温かい声。
真琴は一度、目を閉じた。
(……怖い。でも……)
アキの大きな背中が、ミット越しに見える。
昨日、芝生の上で抱きしめてくれた温もり。
「俺がいるから」って言ってくれた声。
真琴は小さく息を吸い、
もう一度、腕を振りかぶった。
4球目——
「ストライク!」
初めて入ったストライクだった。
小さな、けれど確かに、ミットの真ん中に収まった。
アキの目が、わずかに見開かれた。
真琴自身も驚いたように、自分の手を一瞬見下ろした。
5球目、6球目……
まだ少し甘い球もあったけど、
ストライクが入り始めた。
1アウト。
2アウト。
真琴の肩から、少しずつ力が抜けていく。
球に、わずかだけど意志が乗り始めた。
7球目——
低めのストレートが、きれいにミットに吸い込まれた。
「ストライク! バッターアウト!」
1回表、三者凡退。
真琴はマウンドの上で、
小さく、けれど確かに、息を吐いた。
ベンチから拍手が起こった。
アキはマスクを外し、
マウンドに向かって静かに親指を立てた。
真琴はまだ震えていたけど、
その瞳には、昨日までにはなかった光が宿っていた。
翼はメガホンを握ったまま、
涙が零れそうになるのを堪えながら、
心の中で何度も繰り返した。
(真琴くん……よく頑張った……!)
アキはマウンドに近づきすぎない距離で、
小さく、でもはっきりと言った。
「ナイス、真琴。
次も、俺がいるから」
真琴は小さく頷いた。
声はまだ出せなかったけど、
その頷きは、確かに「ありがとう」だった。
チームの心臓が、
ようやく、ゆっくりと、
動き始めた瞬間だった。