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「ここってあれでしょ? 昔ギャングがどうのって」
「詳しいねクズ」
「あー、教科書にも載ってるよ」
この町を語る上で、避けては通れない逸話がある。
その昔、広野を荒らし回った無法者の集団がいた。
行いは残虐非道。 町を見れば焼き払い、銀行を見れば略奪し、汽車を見ればたちまちの内に襲いかかる。
誰もが恐れをなし、とてつもない嫌悪感をもって奴らを呪った。
そんなある日のこと、その集団から溢(あぶ)れた男がひとり、流れ流れてこの地へやって来た。
自分はもう、殺して奪う恐ろしい生活に嫌気が差した。 どうか静かに暮らせる場所を提供して欲しい。
奇特にも願いを聞き届けた町長は、彼に家と仕事を与え、こころよく歓迎した。
それからというもの、彼は生まれ変わったように働いた。 時には町のために奔走し、積極的に住民と交流をはかり、そして保安官のひとり娘と恋に落ちた。
時が経ち、男は初めて家庭を得た。 愛する妻にかわいい子どもたち。
彼もいまや、立派な保安官代理になっていた。
ただ、彼には誰にも言えない秘密があった。
町の外れにある小さな洞窟に、かつて古巣から持ち逃げした金銀財貨を隠していたのだ。
「さよならテキサス……。 完全に西部劇じゃん。 ここ日本よね、一応」
「だよねー!」
「……続きは?」
「んぉ? お、気になる?虎石(とらい)っさん」
「べつに……」
ある日、彼の弟分を名乗る男が、傷ついた体を押して町に転がり込んできた。
兄貴に伝えてくれ、とうとうボスに居所がバレちまった。
そう言い残し、彼は息を引き取った。
事態を知った男は苦悩した。 この幸せな生活を捨てて、再び荒野に駆けるか。 それとも命を懸けてボスと決着をつけるか。
そんな彼に、住民たちは一丸になって闘おうと力強く持ち掛けた。
君はもう昔の君じゃない。 自分たちの仲間だ。 家族なんだと。
この思いに胸を打たれた男は、町のために、みんなのために立ち上がろうと決意した。
彼はすぐさま住民たちに戦い方を教えた。 みんなで生き残るため、自分の身は自分で守れるようにと。
銃を扱える者は銃を持て。 農具だって立派な武器だ。 子どもたちはベッドの下から決して出るな。
そして、その時が来た。
荒野を埋め尽くすような騎馬の群れ。 その先頭をゆく髭面は、執念の炎をあかあかと燃やす悪漢どもの親玉だ。
武器を携えた住民たちが息を潜めて見守る中、ひとり 町の通りへ歩み出た男の胸には、バッジが誇らしげに輝いていた。
──久しぶりじゃねえかジョニー。 今までなにをしていやがった?
──あんたの妹とよろしくやっていたさ。
──グハハハハハハハ! おい? うまくなったのはジョークだけか?
──来いよ。 すぐに分かることだ。
身を切るような夜風を浴びながら、彼らは対峙した。
住民たちが固唾をのむ。
蝋燭の灯りがぼんやりと点る自宅の窓辺、彼の妻が悲壮な表情で十字を切った。
男の生涯をかけた決斗が、いま始まろうとしていた。
「結局それってさ、どうなったんだっけ? 結末」
「分かんない。 メリーバッドエンドっていうのかな?」
「好きなように解釈しろってことかー」
それ以来、この町では自警の名目による武道や格闘技の修習が、盛んに奨励されるようになったのだという。
その伝統が、今でも住民たちの間にひろく息づいているとの事だったが。
「それにしても、あれだよね」と、片方の耳たぶをふにふにと弄びつつ、リースが小難しい表情で言った。
「なんだっけ、誇張……? っていうのかな」
「尾ヒレって言いなさい。 被害者ヅラできるから、そのほうが」
「Rumors are……、たくさん付けられちゃったよーって感じ?」
「そうそう」
物事の発端として据えるには、いささかクセの強い逸話ではあるが、伝説の発祥とは得てしてそういうものだろう。
ともあれ、奔放に家屋が配された通りを歩み、町の中ほどへ進む。 次第に人々の姿も数多く目に留まるようになった。
いずれも忙しそうに立ち回り、中には大きな荷物を抱えて右往左往する者も何人か確認できる。
どうやら皆、明日に迫った祭りの準備に追われているようだった。