『僕と女神』
テーマ : 朝 (TELLER文芸部)
「おはよう。今日は良い天気だった?」
白いベッドの上で今しがた目を覚ました彼女は、まだ眠たそうな目を擦りながら僕に訊ねる。
「おはよう。今日は晴れていたよ」
僕は閉じてあったカーテンを引いて、窓に映る景色を彼女に見せてあげると、彼女は「わあっ」と小さな声を上げた。
外の薄く白みがかった光は、今日が晴れていたことを主張するように、満天にキラキラ煌めいている。
「窓も開けて欲しいなぁ」
「え…? 冬だから寒いよ?」
「寒くても良いからお願い!」
彼女は上目遣いで僕に注文をする。世界一大好きな彼女からの要望であれば、僕はそれを断ることなんて出来ない。
僕は観念して、小さな締め金具を捻りカラカラと窓を開けてやる。途端に、室内に篭った生暖かい空気は、外の冷えた空気と入れ替わっていく。
まるで、僕たちの部屋と外の世界が一つに繋がったような感じだ。肌が凍ってしまうくらいに寒いけれど、どこか悪い心地はしない。
むしろ、清々しい気分になる。
「空気が澄んでて気持ち良い…」
それは彼女にとっても同意見だったようだ。白い息を吐きながら彼女は笑みを浮かべる。
やっぱり寒いねと僕が言うと、彼女はピンク色の毛布を手に取って僕の方に持ってきてくれた。
二人でそれを羽織ると、彼女の微かな熱が僕の肌に伝わる。少しずつ、心臓の鼓動が融合していく。
ふと彼女の方を向くと、パチリと視線が交じり合った。彼女も少し意識しているのだろうか。
僕は咄嗟に恥ずかしくなって、さっと目を離して、空を見上げた。
それに続いて、彼女も外を覗く。
「凄い綺麗だね」
「田舎じゃなきゃ見れない景色だからね。地方に引っ越して正解だった」
「うん、だね!」
元々は彼女の病気療養のためにとある田舎町に越してきたのだが、今となっては僕も彼女も、この田舎町の風情に心奪われている。
彼女の体調が良くなっても、多分僕たちは不思議な魅力を纏ったこの街に住み続けるのだろう。
都会でせかせか生きるより、のんびり過ぎる時間の中に居た方が、些細な幸せに気付けるような気がする。感情が敏感になるような気がする。
僕らはどちらかと言えば、そっちの方が性に合っているんだと思う。
「ちゃんと眠れた? 仕事は行けそう?」
窓を閉めながら僕はそう訊くと、彼女は親指と人差し指で輪っかを作って
「問題なし!」
と、元気いっぱいの声を出した。
僕がネクタイを緩ますと、目玉焼きとウインナーのいい匂いがふわりと漂ってきた。
「私これ食べたら仕事行くね」
机の上に並べられたご飯は、僕の分と、彼女の分の、二人分の小さな幸せを運んでくれる。
「食器洗いは任せて」と僕が言うと、
「ありがとう」と彼女は微笑んでから、そっと僕の頬の辺りにキスをした。
彼女の不意打ちのキスは、部屋の寒さを忘れるくらい心地よかった。
「いってきます!」
「いってらっしゃい」
いつも通りを知らせる挨拶。
挨拶が存在する世界で良かったと、挨拶をしているといつもそんなことを考えてしまう。
“もし、この世界に挨拶がなかったら”
そんな世界で生きるなら、いっそ死んだ方がマシだろう。
それか、僕なら。目の前の笑顔を守るために、挨拶という文化を創るのだろうか。
分からないけれど、僕は彼女を不幸せにはしたくない気持ちは、世界が変わったとしても変わらない。
毎回こういう結論に至って、僕の無駄な禅問答は終わるのだ。
彼女はヒールの靴を履き終えると、改めて僕の方に顔を向けた。
「じゃあ、ゆっくり休んでてね」
「ありがとう」
「おやすみ」
時刻は夜の八時。
彼女の仕事はここから始まる。
玄関を開けると、外の薄く白みがかった光が、彼女を夜の帳の中へ誘うように一つ一つ輝きを放って手招く。
「おやすみ」
僕は彼女の背中に声を掛けてやると、彼女は振り返ってバイバイと手を振って、暗い闇の中へ溶け込んでいく。
暗い世界でしか生きられない彼女。
太陽の光に当たることができない彼女は、もしかしたら、夜の女神なのかもしれない。
と、僕はそんなことを思いながら、女神の残り香が漂う部屋へと引き返した。
『僕と女神』
テーマ : 夜 (TELLER文芸部)
fin
コメント
4件
夜明けでなく夕焼けだったり、読み返すと気がつく点が多く、また描写も美しくてよかったです! 改めて、文芸部の活動お疲れ様でした!
彼女はXP、色素性乾皮症なのでしょうか? 最初読んだだけでは朝の風景とばかり思っていた(後から読み返すと、ん?と引っかかるところもある)ので、すっかり叙述トリックにしてやられてしまいました…
生活のリズムが違っても、この2人なら楽しく仲良く過ごせそうですね。相性の良い土地に住めて、よかったです( *´︶`*)