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いつものように、ゆるっと営業中のあやかし駄菓子屋。
ちょっと変化があったとすれば、かなり暖かくなったことと。
安倍晴明が店の中にいることくらいだろうか。
いや、違うか、と壱花は思う。
『等身大、安倍晴明マスコットのようなもの』が入り口にいるのだ。
ライオンの横に突っ立っている。
新しいこの店の看板人形だ。
生活に疲れたサラリーマンの人が一息つこうと、ふーっと溜息つきながら笑顔で入ってきたが。
お雛様のようなものが入り口に立っているのに気づき、ビクッとする。
「私は安倍晴明である」
「……あ、どうも」
とそのサラリーマンの人は言っていた。
だが、その人形はまた繰り返す。
「私は安倍晴明である」
「あ、ど、どうも」
返事をせねば、なにかの術でやられるっ、と思っているかのように、サラリーマンの人は返事をしている。
「す、すみません。
それ、えーと……新しいうちの看板人形なんですよ。
近づかなければしゃべりませんから~」
と笑顔で誤魔化そうとする壱花の横で、
「客が驚いて帰りそうな看板人形ってどうなんだ」
と倫太郎が呟いている。
その安倍晴明は、この間の京都あやかし地図双六で勝った壱花に、景品として送られてきたものだ。
「いや~、いらっしゃいませ、とか言ってくれるといいんですけどね~」
とその人形を見ながら壱花は呟く。
顔の近くを飛んだオウムに向かい、
「私は安倍晴明である」
とまたその人形はしゃべっていた。
近くをなにかが通ると反応して話し出すようだった。
彼が口をきくたび、店内の客たちが、ビクッとする。
そのサマを見ていた壱花は思わず、呟いていた。
「……安倍晴明って、なにに使えるんでしょうね」
「普通使うものじゃないだろ、安倍晴明」
と倫太郎がなにかごそごそビニール袋の中から出しながら言う。
「なんですか? それ」
「いや、駄菓子屋も結構あるからな。
うちならではの特色ある商品を出して、他との差別化を図らねばと思ってな」
あやかしまみれの駄菓子屋なうえに、まともでない商品が数多くある時点で、相当特色あると思いますが……、と思いながら、壱花はスーパーで買ってきたらしき品々を見る。
パウダーシュガーにクエン酸、重曹などだ。
「なに作るんですか?
クエン酸に重曹とか、お掃除できそうですけど」
「ラムネだ」
「ラムネ、家で作れるんですか?」
そう、と倫太郎は、かき氷のシロップを出して、
「こういうのとか着色料で、独創的な色にして、独創的な形にする」
と言う。
とんでもない色になって、とんでもない形になりそうですよ、と壱花は思っていた。
「それにしても、社長、よくラムネの作り方とか知ってましたね?」
「昔、塾の先生が言ってたのを思い出してな。
重曹やクエン酸が原料になっているから、ラムネを食べると、口の中で化学変化が起きて、しゅわっとなって楽しいという話を」
口の中で化学変化とか言われると、口の中で爆発しそうで怖いんですけど……。
とりあえず、ころんとした普通の可愛いラムネを作ってみるらしい。
形を作るのに使うという丸みのある、ふたつの計量スプーンを見ながら壱花は言った。
「最初、ラムネって言うから、飲む方かと思いましたよ」
「……飲む方でもよかったな」
と呟いた倫太郎は、
「じゃあ、独創的な瓶を作らないとな」
と言い出す。
またとんでもない形の瓶を作りそうだ……と思ったとき、子狸たちが店の片隅の駄菓子を楽しそうに選んでいるのが目に入った。
「ん~?
どれがいいのかな~?」
と高尾が何故か甲斐甲斐しく子狸たちを接客している。
なにか怪しいな、と思いながら、壱花はそれを見ていたが、やってきた冨樫とともに倫太郎が材料を混ぜ始めたので、つい、そっちに参加してしまった。