「未回答の部屋」
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※この話はnmmnです。界隈のマナーやルールに則った閲覧をお願いいたします。
※ありとあらゆるものを捏造しているのでヤバいと思ったら逃げてください。薄目で見ていただけると幸いです。
3:日々
それからは能力制御の訓練をしてもらう日々だった。
らっだぁは自称教えるのが上手いとか言ってたけど、実際まぁ上手かった。精神論から実践まで、思ったよりも手慣れていた。まぁ感覚派で言葉がそこそこ足りないのがアレだけど、そこは俺が理解力をフルにぶん回して汲み取った。
「自分の意志で棘を撃てるようになるのも重要だけど、なんでもないのに勝手に出ちゃうのを制御できるようにならないと生活困るでしょ」とらっだぁは言っていた。確かに今の俺はちょっとビビるだけでなんでも刺す動くサボテンだ。だから刺しても絶対死なない人間と一緒に同じ部屋で普通の生活を送り、徐々に慣れていくことこそが最高の訓練だった。
らっだぁは昼間はどこかに出かけていって、夕方になると食材を買って帰ってくる。それを俺が料理して、食べるのをあいつはニコニコしながら見てる。
それから一緒に能力制御の練習だ。どこまでだったら触れても大丈夫なのか、逆に触れられても平気なのか、少しずつ学んでる途中だ。
夜はらっだぁも家で寝てくれる。家の周りを魔物が通ったこともあるけど、恐ろしい唸り声を聞いてもらっだぁが側にいてくれたからなんとかなった。一人だったらビビって大暴発してたんじゃないか?考えるだけでも怖い。
二人でいるときは他愛のない話をした。らっだぁは変なことに詳しいと思えば全然知らなかったり極端だ。なんで食べられるキノコの見分け方は完璧なのに調理方法を知らないんだよ。料理しないにも程がある。
たまたま風呂上がりに歌ってるところを見られてから俺の歌を気に入ったみたいで、機嫌がいい時にノリで歌うといつも爆笑してくれる。
もう言ってもいいかって魔物ハンターの話をしたら、無能力でやってたことをすごい驚かれた。
魔物の手配書はD~Sのランクに分かれてて、Aまでなら俺でも一人で倒せる。でもSは十数人がかりになるし、公には存在しないことになってるその上のSSは災害級で、まだ討伐されたことがない。でも人を集めて、物資を整え、作戦さえ立てればいつかは討伐できるはずだ。個人的にも、国のリーダーとしてもそれが俺の夢だった。そんな絵に描いたような夢の話でもなんでもらっだぁは興味深く聞いてくれた。
らっだぁはあまり自分の話をしないけど、たまに今日外で見つけたものとか、好きなものの話なんかをしてくれるようになった。でも「とんでもない殺され方をしたけど不死だから助かった」みたいな笑いどころの難しいノンデリ不死ジョークには未だに慣れない。あいつそういうところ空気読めないんだよな。
暇つぶしに買ってきてくれた本やカードゲームが棚を少しずつ埋め、殺風景だった部屋もだんだん賑やかになった。
最初に入ったときは夜だから気づかなかったけど、この小屋は廃屋だからか窓に板が打ち付けられていて、外の光を見るには天窓しかない。時計を買ってきてもらうまでは時間の流れすら曖昧だった。
外に出てみようかと思ったこともある。賑やかになったとしてもやっぱり狭い部屋で、あいつがいないと息が詰まる。
でももし人に会って能力が暴発したら、という怖さがあった。俺はまだ許されるべきじゃない。
……なにより扉を開けてしまったら、らっだぁとの約束を破ってしまう。
この狭い世界で俺を生かしてくれるのはらっだぁだけだ。ここにいさえすればらっだぁは俺を絶対に守ってくれるだろう。
だから俺はここから出ることを次第に考えなくなった。
「……そろそろ帰ってくるかな」
とっくに読み終わってた本をテーブルに置き、俺はソファーに座って毛布を抱きしめていた。見慣れた壁の、木の節を繋いで星座を作るのも何回目だろう。形はともかく名前のネタが尽きてきた。今度は野菜の名前縛りとかにするか。
俺は無意識に毛布をぎゅっと引き寄せた。これはいつもらっだぁがソファーで寝るときに使っている毛布だ。……恥ずかしいけど、最近はあいつの匂いがするとすごく落ち着くんだよな。本人にはぜってぇ言えないけど。
遠くで落ち葉を踏む足音がかすかに聞こえた。俺は慌てて毛布を畳んでソファーの背にかけて、読み終わった本をひったくって適当にページを開いた。
「ただいまぁ」
「おかえりー」
重たい音を立ててドアが開き、荷物を片手にらっだぁが帰ってきた。
この一瞬だけ外が見える。俺が来た頃よりずっと吹き込む外気は冷たくて、木々はほとんど葉を落としている。ああ冬が来るんだな、と俺は他人事のように思った。
「今日はねぇ、前に言ってた本見つけたよ」
「本当か?!絶版なのに?」
「うん、持ってた人に譲ってもらったんだよね」
らっだぁが差し出したのはまさに俺がずっと探してた戦術論の本だった。俺も街の頑固そうな古書店で一度見たっきりだったのに、よく見つけてきたな。
すぐ読みたかったけどこれは明日、らっだぁが留守の間のお楽しみだ。本棚に丁重にしまって、買ってきてくれた食材を然るべき場所に片付けて、俺はソワソワしながららっだぁの前に立った。
「今日は行けるぜ、間違いない」
「本当に?はいどーぞ」
らっだぁが両手を差し出した。俺は高鳴る心臓を押さえつけ、深呼吸をしてからその手に手を重ねた。
しっとりとした冷たさが手のひらから伝わる。らっだぁの冷たい指先を温めるようにぎゅっと握りしめた。……大丈夫そうだ。
徐々に指に指を絡めてみる。深く握っても俺に変化はなく、最終的にわざと恋人みたいな繋ぎ方にしてやった。それでも棘は出なかった。
「お、えらいね、全く棘が出ないのは初めてじゃない?」
「だろ?!あ~やっとクリアだ!」
俺は嬉しくなってらっだぁの手を握ったまま振り回した。
一緒に日々を過ごすうちに、単純な驚きで棘が出ることは少なくなってきた。通りすがりに肩がぶつかっても、醤油を取る手が重なっても平気だ。でもちゃんと手を握る、それだけのことがずっとできなかった。
「なんで手を握るのがずっとダメだったの?」
「その、は、恥ずかしいだろ!手なんて」
「ええなんで?手が?!」
不思議そうに握ったままの手をぐいっと引き寄せられた。らっだぁの顔が近づいた途端に心臓がバクバク鳴った。
直後、太い棘がらっだぁの腹に刺さった。久しぶりの一発だった。らっだぁはうぇ〜とか呻きながら棘を引っこ抜いてる。
前までは驚いただけで出ていたのに、いまは恥ずかしくなると出ることが多くて、それがマジで恥ずかしい。多分顔も赤いのに勘弁してほしい。
「ぐちつぼくんて相当にピュアなんだね……」
「う、うるせぇ」
呆れたように言われて俺は頬をふくらませるしかなかった。
俺だってわからない、なんでらっだぁに触れるのがこんなに恥ずかしいんだろう。触れられるとドキッとして棘が出るし、俺が触れてもドキドキして棘が出る。
出会ったばかりは不安と不信感が強かったけど、ずっと一緒にいるうちに慣れるどころか余計ひどくなった気さえする。恥ずかしがっていることがバレてしまうので本当に嫌だ。
「次はどうする?肩でも揉んでやろうか?膝枕でもいいぜ」
ノルマを達成して調子に乗った俺の前でらっだぁはなにか考え込んでいる。
「……ぐちつぼ、ちょっと怖いことしていい?」
真面目な顔だった。底の知れない青い目が俺を見ていた。
「な、なんだよ」
「怖かったら言ってね」
俺がなにか言うよりも早く、らっだぁの白い指が俺の首に絡みついた。
背中が壁に押し付けられる。ぐっ、と首を強く絞められて目の前が白く明滅する。酸素を求めて喉が悲鳴を上げ、頭がズキズキと痛む。
「っく、あ、う゛ッ…!!」
思わず掴んだらっだぁの手首に爪が食い込む。意識が遠のきかけた瞬間、大きな棘がらっだぁの右腕を切り飛ばした。腕が床に転がるドサッという音で意識が引き戻され、俺は首を押さえて咳き込みながら激しく息を吸った。
「よかった、自分を守るための棘は出せないとね」
自分の腕を拾い上げたらっだぁが、なぜかホッとしたような安心した顔で俺に言った。
「っく、さ、先に言えよ、本当に……ッ、怖かったぞ!」
「へへ、ごめんね。でもこういうのはいきなりやらないと駄目やん」
「そうだけどさ!?」
たしかにこのまま刺激に慣れて、命に危険が及んでも棘が出ないのは困る。だとしてもスパルタすぎるだろ。
らっだぁはくっついた腕を曲げて動きの調子を見ている。切れたはずの袖もついでにくっついている。破れても直る魔法がかかっている服らしい。まぁこいつの場合、破れるたびにいちいち着替えてたらきりがないよな。
ふと初めて会ったときのことを思い出した。初めてらっだぁを殺したあの夜のことを。
あのときらっだぁはすぐに起き上がらなかった。俺が気絶するまでの数十秒だけど、身体が全く治っていなかったように思える。
……多分、俺には”あれ”ができる。どんな傷でも一瞬で治るこいつをの再生力を、おそらく少し上回った攻撃が。
あれをどうやったのかがわからないから怖い。今みたいにいきなり迫られて、もし暴発したら?急にらっだぁの傷が治らなくなって、倒れたまま起き上がらなくなったら?
俺は世界に一人きりだ。
早く、制御できるようにならないと。
*
今日も俺が料理するのをらっだぁがソファーに座ってニコニコしながら見てる。冷蔵庫から食材を出しながら、俺は気になっていたことを聞いてみた。
「なぁ、らっだぁって好き嫌いが多いのか?」
「ん?なにが?」
「その、俺の飯見てるだけで食わないじゃん、いつも」
その言葉が心底理解できないような顔をして、かなり長い間考えたあとにらっだぁは驚愕したまま言った。
「……え、俺も食べていいって言ってるの?」
「1人も2人も手間は変わんないよ」
「そういうもんなの?」
「切るのがちょっとめんどくさいだけで、煮るも焼くもやることは同じだぜ」
らっだぁは口をぽかんと開けたまま複雑そうな顔で俺を見ている。もしかしてずっと遠慮させてたのか?俺のために色々買ってきてくれるのに、らっだぁ自身がそれを食べてるところは見たことない。
「そんな……え、どうしよう。困ったな、ぐちつぼの分は本当に足りるの?」
「大丈夫だって!それくらいしか出来ないから、俺には」
「そんなことないよ、だってぐちつぼは、……」
「いいから俺に感謝されろ!」
ずっと考え込んだような顔をしたままのらっだぁに背を向けて、俺は腕まくりして冷蔵庫を開けた。
なんでもっと早く聞かなかったんだろう。確かに食べたいとは言ってこなかったけど、一緒に暮らすなら聞いて当然だったのに。いつも俺のことを考えてくれて、欲しかった本も買ってもらって、初めて恩返しらしい恩返しができるんだ。今の俺にできることはこれくらいしかない。
俺はなにを作ろうか迷って冷蔵庫の食材とにらめっこし、ハンバーグにした。嫌いな人は少ないだろう。
らっだぁに見られながら料理するなんていつものことなのに、なぜか緊張してきた。熱したフライパンに丸く形作ったタネをそっと入れる。2つ並んだそれの色が変わったらひっくり返し、蓋をして蒸し焼きにする。しばらくして蓋を開けたらジュウジュウと脂の焦げるいい匂いが広がった。ちょっと焦げたけどいいんじゃないか?!
らっだぁの好き嫌いがわからないけどにんじんのグラッセと、じゃがいもも茹でた。もし駄目でも俺が食ってやる。
二枚の皿にそれぞれ盛り付けて、テーブルに持っていく。一つは俺の席、もう一つはらっだぁの前に。
「出来たぞ、口に合うかわかんないけど」
初めて出してきたナイフとフォークをらっだぁに手渡した。それでも戸惑ったように食べようとしないので、台所の片付けはあとにして俺も向かいの椅子に座った。
「なんだよ、毒とか入ってないよ」
「うん……」
「大丈夫だって、ほら」
俺は自分の分をナイフで小さく切り分け、フォークに刺してらっだぁの顔の前に差し出した。眉間にシワを刻みながら、やっと口を開けてくれたのでひょいと突っ込んだ。なんとも言えない顔をしながら咀嚼している。
「……おいしい」
声が少し震えていた。ハッとなって顔を見ると、青い目から涙がぽろりとこぼれていた。
「へ?!いやそんな、泣くほどか?」
「うん、俺舌が終わってるから、飲み込めないくらい不味かったら気まずいなぁって」
「オイなんだよそれ、そんな理由かよ」
「だってさ、せっかくぐちつぼがさ、俺のために作ってくれたんだから。……美味しくてよかった、本当に」
スンスン鼻を鳴らしながららっだぁはわざとらしく大げさに涙を拭っている。その仕草に胸がキュッと痛くなった。
いつも俺のことを茶化したり、笑ってるばかりで本音を見せないのに、どうしてかこれは本心のように思えた。なんでか知らないけど味覚が終わってるから料理をしないし、食べられなかったら悪いからって俺の飯も欲しがらなかったんだな。それなのに頑張って食べてくれて俺も嬉しくなった。
「こんなんで良ければいくらでも作るって」
「本当に?」
「本当だよ、これで泣かれたら困るぜ」
正直ちょっと焦げたし、ソースがしょっぱかったし、自己採点なら70点だ。これで泣かれるのはさすがにハードルが低すぎる。
「次はもっと美味しいの作るからな」
「これもすごく美味しかったよ?」
「あぁ?舐めてもらっちゃ困るな、俺の腕前を」
「嬉しいなぁ。じゃあぐちつぼくんの腕前拝見させてもらうよ。これからは材料は倍買ってくるね」
「えーっと、そういうわけでもなくって……」
俺はらっだぁに買ってほしい分量について細かく説明する羽目になった。2人分だからって単純にキャベツ2玉とか買われたら困るし、こいつならやる、絶対やる。
この日から俺はらっだぁと2人で食卓を囲むようになった。棚には料理本が増えた。自分の分だけなら適当でもいいけど、せっかくならちゃんと料理したい。
最初のうちは俺が作ったものをなんでもパクパク食べてたけど、らっだぁも本を見てこれが食べたいとか言うようになった。でも包丁を持たせてみたら恐ろしすぎた。どうせ再生するからって食材と一緒に指が切れても気にしないのはマジで困る。当面は買い物と片付け担当だな。
俺がこの先能力を制御できるようになっても、多分こいつは料理できないままなんだろうな。
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